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初孫。


 そんなにぎやかな病室にノックの音が響く。


 個室のドアが開かれると、小夏を除いた大人全員が固まる。

 それはドアの向こうに立つウチの両親も同じだった。


 急に険しくなった自分の母親の表情に小夏が不安な顔を見せる。


「ああ……えっと、今日も来てくれたんだ?」


「ちょっとね。こっちに用事があったから、せっかくなんでサチさんと杏ちゃんの顔を見ていこうって」


 そう母が言うと、

 隣りの親父が、「また出直す」と言って帰ろうとする。


「いいよ」親父の背中に向かって姉ちゃんはそう言うと、

「私が帰るから」と杏をサチの腕に戻すと小夏の手を引っ張る。


 少し前ならそのまま見送っていたと思うが、

 杏が産まれた今はその光景がひどく寂しく思えて、俺は堪らない気持ちになった。


「どっちも帰らなくていい。杏が産まれたからにはこんな関係は終わりにしよう」


「いいのよ。その人達にとっては杏ちゃんが初孫なんだから」


 目線を俺に向けたまま、両親に当てつけるように姉がそう言った。


「そんな僻んだものこっちに投げられても困るんだよ」


「別に僻んでなんかないわよ」


 サチが杏を抱いたままベッドから降りると、小声で小夏に何かを話しかける。

 いいよ、と小夏が頷くとそのまま一緒に部屋から出ていった。


 サチのことだから、おそらく小夏に何かを手伝ってもらう形で外に連れ出してくれたのだろう。

 その有難くも申し訳ない気遣いに、心の中で手を合わせる。


 十年振りに揃った家族の間に流れる空気は、病室を狭く感じさせた。

「なあ」と沈黙に切りこみを入れる。「姉ちゃんさ、小夏に申し訳ないと思わない? あんな大きくなるまで小夏にお爺ちゃんもお婆ちゃんもいないって教えて」


「私もそっちの二人もそう思ってるんだから、それが事実でしょ」


「あのさ、そんなセリフ吐き続けてもう十年だよ? 他人から見たらバカみたいだよ」


 そう言ったあとに、ほじくり返すのはここじゃないなと一旦息を整える。 そんなことは姉にも両親にも散々言ってきた。


「もう五年生になったんだろ? 小夏は頭いいから、もう色々わかってくると思うよ。自分にはちゃんとお爺ちゃんお婆ちゃんがいてさ、なのに孫として可愛がってもらえなかったって知ったらどんな気持ちになると思う? 杏が初孫だなんてそんなひどいこと小夏の前でよく言えたよな。くだらない意地で自分を縛るのは勝手だけど、それを娘にまで引き継がせんなよ。小夏には関係ないだろ」


 そこで親父が言葉を挟んでくる。


「まったく雅也の言う通りだ。そもそもはお前の身勝手が原因だったっていうのに、未だにそこがわかってない。こっちだってな――」


「勘違いすんなよ。誰も親父の味方してるわけじゃないんだよ。母さんも親父も杏を抱いた時に思わなかったか? 小夏にもあんな小さい時があったんだよ。その時に抱けなかったのは何でだ? 誰が意地張ったせいだ? もう取り返しがつかんだろ。なのにまだ同じようなこと続けんのか? 小夏も杏もあんたら夫婦の孫なんだよ」


 言い返して来るかと思ったが、親父は黙って何もない壁を見つめた。


「ひとつ頭をさげれば済むことを、いつまでも繰り返すなんてバカらしい。世の中もっとどうにもなんないことがあるんだよ。わずかな可能性でもすがっていかなきゃなんないことだってあるんだよ。あんたらは何だ? 何してんだ? 手伸ばして取れる幸せなら取ってくれよ。頼むからさ」


 気が付けば喉がつまり、涙がこぼれていた。

 自分が泣いていることに気付くとまた次の涙が溢れてきて、

 何だかわからなくなってしまった。


 姉と両親の中を取りなして涙のドキュメンタリーを見るはずが、

 自分が泣いてしまって、何とも恰好がつかなくなった。


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