人生ゲーム。
「ねぇ、あの女優何て名前だっけ?」
テーブルの向こう側で箸をくわえながら妻が質問してくる。
「あの女優ってどの女優だよ」
「ほらほら、あれだよ。あのきれいな女優さん」
石橋を叩いておきながら渡らないような俺とは違い、
妻はものすごく本能的と言うか感覚的に生きている。
この超難問ウルトラクイズなんかがまさにそれだ。
「あのね、女優ってのは大半がきれいなの。どんなドラマに出てたとか映画出てたとか、もっとヒントちょうだい」
「そんなこと言ったら答えわかっちゃうじゃん」
「じゃあ訊くなよ」
「雅也君ダメだよ? 妻の考えてることぐらい直感でわからないようじゃ」
「その宇宙人脳を理解できる人間なんていないよ」
「あぁ、もうここまで出かかってるんだけどなぁ」
そう言って、鼻の下をトントンと叩くサチ。
「その位置、もう口通り過ぎてんだろ」
「何言ってんのよ。考えてるのは脳味噌なんだから、上から降りてくるのが道理でしょ」
「でも声は喉からでしょ」
「ほらほらっ、あのーアンジェリーナジョリーじゃなくって、ミラジョボビッチじゃなくて……ほらっ、ほれっ、もうひと息だ。頑張れ雅也」
「俺が頑張んのかよ。えー……ナタリーポートマンとか?」
「全然違う。遠くなった」
「知らんよ」
「ああ、ほらっ、あれ」
そう言って、今度は首の後ろをトントンし出す。鼻血か。
「ねぇ、とりあえず先にごはん食べたら?」
「あ、うん。そうだね」
俺に言われて味噌汁に口をつけた妻が、んんっ! と声をあげる。
思い出したようだ。
「小雪だ!」
「わかんねぇよ! どんだけ遠まわりすんだよ!」
「まだまだだなぁ雅也君は。常に敵の裏をかいていかないと」
「さっちゃんは敵なの?」
大学を出て七年。
結婚してからは四年。
昔と比べて長くなった髪とレーシックで眼鏡いらずになった以外は相変わらずのこの面倒くさい妻に、相変わらず俺はベタ惚れだったりする。
食事を終えて、テーブルの上を片付けると、二人向き合って人生ゲームを始める。
車に自分の分身であるピンを挿しこんでゲームスタート。
まず最初の人生の分かれ道、ビジネスマンコースか専門職コースか。
「さっちゃんはそっちしか選ばないよね」
サチが専門職コースを選んだのを見て俺がそう言うと、
「雅也君もそっちばっかりじゃない」と返ってきた。
「だって俺芸能コース進むと、ろくな人生歩まないから」
「確かに。雅也君は子供もできず、借金まみれで終わることが多いね」と笑う。
「いかに俺がサラリーマン人生が向いてるかってことだよ。これをやると自分のリアル人生の選択は間違ってないって思えるね」
「ボードゲームで人生再確認って何かちょっとしょっぱいよ」
専門職コースを選んだサチはタレントになるも早々に借金を背負いまくり、
芸能人というより夢追い人のような人生を歩み始める。
「なすすべがない」とサチは嘆いた。
一方俺の方はと言うと可もなく不可もない人生をそれなりに。
何だこのリアルな安定感は。
そのまましばらく進めると、サチより先に結婚イベントのマスに止まる。
「おし、結婚だ」
「別れて」
「え?」
「私と結婚しよう」
「意味わかんない」
サチは結婚したばかりの俺の妻を車の助手席から引っこ抜くと、
自分のピンをそこにに差し込んだ。
ピンの色自体は全部同じなので、ピンクからピンクと見た目には何も変わらない。
「何これ?」
「略奪婚」
「昼ドラみたいな人生だな……。で、これから先俺は誰と競うの?」
「競争ばかりが社会じゃないよ。ちなみに夫婦になったんだから私の借金も精算してね」
「え、金目当て?」
「こんなにかわいい奥さんもらったんだから、借金ぐらい肩代わりしてあげてもいいじゃない。さぁ、共に人生を歩んで行こう。病める時も健やかなる時もだよ」
しばらく進むと事故に遭い、『生命保険に入っていれば半額』というコマに止まった。
俺は生命保険に入っていなかったが、サチが入っていた。
毎度、自動車保険も火災保険も入らない妻は、生命保険だけはきっちり入る。
本人曰く、
「火災や自動車は可能性の問題だけど、命だけは百パーなくなるからね」とのことだ。
まあ人生ゲームにおいては全てにおいてリスクは高めなので、入れる保険は入るべきだけど。
その後も数々の困難に直面しつつも、夫婦で力を合わせた結果、平々凡々とゴールする事が出来た。
「何か二人でやると、大概の災難は回避できるからつまんないね」
「そもそも二人で協力してやるゲームじゃないからね」
「こう、もっと生死を分かつような、荒波を二人で乗り越えるぜ、みたいな展開欲しかったね。離婚とかオレオレ詐欺とか生活保護とか。不治の病とか」
「そんな生々しいゲーム楽しめないだろ」
そうかなぁと首を傾げるサチを尻目に人生ゲームを片付け、
俺は明日のリアル人生に備えることにする。