「い」。
サチが病院にセカンドオピニオンの希望を伝えたところ、
次の診察までに必要な資料を用意してくれることになった。
診察当日、仕事を休んだのでサチの診察に付き添おうとしたらしきりに抵抗し始めた。
「何で? もうそのために会社休んでるし」
「うん。ありがとう。じゃあ今日のところは病院のロビーまででいいよ」
「いや、それじゃ意味ないだろ?」
「意味あるある。心強い味方だよ」
「でも俺も一応先生に会っといた方がいいだろ? 今まで会ってなかったんだし」
「だからだよ」
「だから?」
「いや、だから……だから私ひとりでも話できるっしょ」
しょ?
「いいからいいから、外で待っててよ。スタバあるよスタバ」
「……さっちゃん。何か隠してる?」
「隠して――」
「あとでウソついてるのわかったら怒るけどいい?」
「い、い、いいじょ」
じょ。
「本当の本当に怒るけど大丈夫?」
そう言うと、今度はへらへら笑ってごまかそうとする。
「今から十秒以内だったら許すけど」
「え、何?」
「八、七、六……」
「へへへっ、いやだな、雅也君。何それ」
「三、二……」
――――!
残り数秒のところで口を手でふさがれる。
「やだなぁーやだなぁーどうしちゃったのかなぁー雅也君」
「で、何?」
「そ、そんな隠してるってほどのことじゃないよ」
「ほどのことじゃないなら教えてよ」
「絶対怒らない?」
「…………」
「いや、返事してよ」
「怒ら……」
「ない?」
「な……」
「い?」
「……ひ」
「『ひ』じゃない。『い』!」
サチがここまで俺のご機嫌を窺うんだからよっぽどのことなんだろうと、
ひとまず「い」と言い切る。