橋のたもとで。
美術館から出るころには外はすっかり夜になっていた。
中にいる間に少し雨が降ったらしく、地面が濡れている。
そのままバスに乗り場に行こうとしたところ、サチが少し歩こうと言うのでそこから近くのサンタンジェロ城の方に向かって歩く。
ローマの夜は景観を損なわないために過度な照明は禁止されている。
建物などを照らし出す柔らかな明りが漏れる中、歴史ある街並みを歩くのは日本では味わえない贅沢だった。
そんな中、サチが急に足を止めて俺にデジカメを出すように催促してくるので渡してやると、水溜りにレンズを向けた。
横からそれを覗きこんで、よく見つけたなと感心する。
水溜りの中には柔らかな明りが灯るローマの街並みが鏡映しになっていた。
こういうところには現地人も気付かないのか興味がないのか、
水溜りを熱心に撮る日本人を不思議そうに見ながらも横を通り過ぎて行く。
ローマの休日といえば、サンタンジェロ橋のたもとでの船上のダンスパーティーが有名だが、そこから少し下流に向かったところにあるエマヌエーレ二世橋のたもとに二人で降りる。
ここもこの時間は橋がライトアップされていて夢に見るほどにロマンチックで美しい。
「ここって、二人が初めてキスをしたとこだよね」
「そうそう」
ローマの休日でのキスシーンはサンタンジェロ橋だと思われがちだが、実際は川の中に飛び込んで泳ぎ着いたこっちの橋のたもとなのだ。
「二人が初めて。キスをしたとこだよね」
サチがもう一度言う。
「うん」
「二人が――」
求められていることはわかるが、
「結構人いるし」
「告白したその日に人が集まる公園で舌入れてきたのは誰だ」
「そんな昔のことよく覚えてるね」
「忘れんよ。純情可憐な私にあんながっつくようなベロチュー忘れんよ」
そう言って、壁に背中を預けるとサチが目を閉じる。
その顔を見ていると出会って間もないころの青臭い自分が蘇ってくる。
ゆっくり唇を重ねると不思議と周りはどうでもよくなり、映画のように求めあうような激しいキスをして、やがてお互い息を継ぐように唇を離す。
「あのさ」
「したくなっちゃった?」
「何でわかったの?」
「私もそうだからじゃない?」
そう言われてまた唇を合わせる。
もう何ならここでしてしまいたいぐらいに脳がバカになっていた。
早くホテルに戻って続きをしたくて、バスの中でつないだ手はどちらのものかわからないほどに汗ばんでいた。
翌朝、帰りの飛行機の時間に遅れそうになった理由は、とても人には言えない二人だけの笑い話だ。