表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/37

ヴァチカン美術館。

お気に入りに登録してくださった方…ありがとうございます。

この話を投稿するために、一年ぶりになろうを始めたのですが、

もう、本当に全っっっ然閑古鳥な感じだったので嬉しいです。

どうしてもそれが言いたくって(笑)


ローマが終わったら、ようやく話が最後に向かっていく感じなので、

我慢できるところまでお付き合いいただければ幸いです。

 

 ローマに来て三日目の朝は、予定より少し遅めに起きた。


 今日のスケジュールを気にしつつも、昨日食べられなかった恨みを晴らすかのようにビュッフェスタイルの朝食に目をギラつかせる妻を抑えきれず。

 そして案の定食べきれない残飯処理を俺が引き受ける。


 テルミニ駅からバスに乗って目的のヴァチカン美術館に着いたのは十一時を回ってからで、

 団体はもちろん個人の入場口からも伸びる行列を最後尾目指して辿っていくと、大きくワンブロック離れたリソルジメント広場まで伸びていた。


「やっぱもう少し早く来なきゃだめだったな」

「私が悪いのか」

 微塵も悪気のない顔で朝食に一時間以上もかけた妻がそう言ってくる。


「悪くないとは言えないよね」

「悪くない」

「朝ごはんにあんなに時間かけることなかったじゃない」

「だって寝る前にあんなにいっぱいするから、お腹空いてたんだもん」

 たしかに昨日の夜は初日の分を取り戻すかのように愛し合ったが、

「それは俺だけのせいじゃないでしょ? さっちゃんも合意だったでしょ?」

「最初だけだよ。あとのはレイプだレイプ」

「ちょっと何言ってんのこの子」

 俺の中ではそんな一方的な展開ではなかったと記憶しているんだけど。


 はるか遠くに思えた入口も、オフシーズンのせいか一時間ほど並ぶと行列の先頭が見えてきた。


「例のローマパス使えなかったの?」

「だって、ここローマじゃないし」

「何言ってんの?」

「さっちゃんこそ、今更何言ってんの?」


 入口に辿りつく間に、すでに国境を越えていることや世界最小の国土について説明する。

 それでもサチは、「私を騙そうとしてるな」となかなか信じようとしなかった。


 入口で財布にユーロがほとんど入ってなく、クレジットも使えないということでサチに少し出してもらう。

 入口には両替所もあったが、銀行以外で迂闊に両替すると手数料をぼられる。

 街の両替屋なんかに行くと二十パーセントの手数料を取るようなところもあるという。

 まぁ、それをなしにしてもローマの両替手数料は高い。

 その理由は銀行強盗が多く、警備員の配置に費用がかかるかららしいのだが、

 それを、「だったら観光客から回収しよう」というのだから逞しい国だ。


 ヴァチカン美術館は元々美術館として造られたものではなく、

 法王の住居や礼拝堂のあるヴァチカン宮殿の中にあり、

 ときの法王が思いのままに増改築を行ったためその内部が迷路のようになっている。


 ガイドブックのマップを見ると、子供のころにやったRPGの攻略本を思い出した。

 行ったり戻ったりしながら全部の展示品を一度に見ようと思うと最低五時間はかかるらしい。

 全長七キロもあるというのだから、観る方にも気合いが必要だ。


 さすがに五時間も観て歩く体力も気力もないので、多くの観光客がそうするように、俺たちもラファエッロの間とシスティーナ礼拝堂を目指して最短コースで進む。


 それでも初っ端の大燭台のギャラリーの天井画の美しさからすでにぽかんと口を開けて見上げてしまう。

 普通に美術館と違うのは、多くの展示品が建物と一体になっているというところで、

 それはここでしか見ることができないというのはもちろん、

 この建物を含めた全てが芸術品なのだと悟らされる。

 窓から外の明りを直接取り入れているのもここならではだろう。


 そんなことにいちいち感心しながら観て回るので予定よりゆっくり歩くことになったのだが、その歩みをさらに遅くさせるのが、


「雅也君、あれ何?」

「ねぇ、さっちゃん。何で入口でオーディオガイド借りなかったの?」

「だって何かそれ使い方難しそうだし。雅也君が説明してくれたら済む話しだし」

「難しくないよ。作品番号を入力してプレイボタンを押す。以上だよ。さっちゃんに俺が説明してたら全然前に進めないよ……」

「じゃあ、私にそれ貸してよ。私が雅也君に説明したげるから」

「ええ……」

 釈然としないまま半ば無理やり取りあげられると、そのあとは予想通りで、


「さっちゃん、あれなに?」

「ごめん、私今あっちのやつ聞いてるから」

 そう言われて、渋々サチの耳元まで腰を折り、ヘッドホンから漏れ聞こえるわずかな音でサチの見ている作品を何となく把握する。

 その非常に足腰に優しくない観賞に先の行程が思いやられたが、

 しばらく進むと途中にもレンタルカウンターがちゃんと設けられてあったので助かった。


 たっぷり時間をかけてようやくラファエッロの間に辿り着く。


 ……圧巻の一言。

 四つある部屋のうち、特に「ヘリオドロスの間」の天井画などは、写真にはおさまらない美しさというものを体感させられる。

 自分のような芸術オンチでも肌で感じる、人間が持って生まれた感性に直接呼びかけてくるものに、心底敬服する。


 そしてそのあとのシスティーナ礼拝堂。

 ヴァチカン美術館の最高傑作。

 ローマ教皇を選出するコンクラーベが行われる場所でも知られている。

 あとは映画で言うと「天使と悪魔」といったところか。

 最高の混雑ぶりの中、礼拝堂に入って上を見上げると、そこにあるのは「天地創造」。


 天才ミケランジェロが四年もの間、部屋に鍵をかけ、法王さえ入室させずにひとりで天井に向き合って描き上げた作品。

 そんな天才をうちの妻がぼっち呼ばわりしたのは世間には内緒だ。


 天井画は見上げているせいもあるだろうが、向こうから迫ってくるような、

 こちらが連れて行かれるようなそんな迫力がある。

 用意していたオペラグラスで観ると今度はその繊細さに舌を巻く。


「ちょっとぐらいさぼってもバレなかったのに」

 という妻の言葉に少し納得してしまうところもあったが、そこはミケランジェロの天才さと異常なまでの作品への探求心ゆえだろう。

 これほどのものをつくるミケランジェロが人としてはかなり偏屈だったというのも頷ける。

 なのでぼっち説もまんざら間違いではないのだが、やはり世界が認める天才にぼっちというのはあまりに気が引ける。


 そしてここのもうひとつの見どころが名前では知らない人はいないだろう「最後の審判」。


 ミケランジェロが六十歳を過ぎてから取りかかった横13メートル、縦14.5メートルのまさに大作。

 腐敗堕落した当時の教会の権威に怒りを込めて描いたこの作品には鬼気迫る迫力がある。

 中央にマリアと聖人を従えたキリストが死者に裁きを下しており、

 向かって左側には選ばれた者が天へと昇り、右側には罪深い者が地獄へと堕ちていく。


 その絵を真剣に見つめるサチ。

 もし、サチに「自分はどっちに行くのか」と訊かれたらどうはぐらかしたらいいのか、そんなことを心配しながら俺はその横顔を眺めた。


 そのあとは出口に向かうだけで、その手前にあるレストランで食事を取る。

 時計を見たら四時前で隣りのサンピエトロ教会も観て回れそうだったが、 サチにどうするか訊ねると、「……さんぴぇ?」という状態だったのでそのままホテルに帰ることにした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ