三枚のコイン。
コロッセオを出て近くのカフェに入ると、サチの希望でテラス席に座る。
テラス席からコロッセオの外壁を眺めての食事というのは、男が言うのも何だけどロマンチックな光景だった。
「はぁー、何かあれだね。カフェでパスタを食べながらコロッセオを眺めるってのは、もうこりゃ完全にローマっ子だね」
「わかり易いローマっ子だね」
「ほんと来てよかったなぁーって思う」
その言葉で、ふと思い出し、サチに訊ねる。
「そう言えばトレヴィの泉でコイン投げんの忘れたな」
「私投げたよ。また来れますようにって景気よく十セント玉ぽーんと三枚」
「え?」
「ん?」
「三枚?」
「三枚」
「さっちゃん。ローマの再来を願うのは一枚だけでいいんだよ」
「あ、そうなの?」
「そうなの。で、二枚だと大切な人との永遠」
「三枚だと?」
「……愛する人と別れることができる」
「おっぷす。あとで拾ってくるわ」
「もうどのコインかわかんないし、絶対怒られるから」
「ああ、あれだね。三人分だよ。私と雅也君と杏。三人でまた来れますようにって」
「さっちゃん、ほんと何かと娘を便利に使ってくるよね?」
コロッセオからホテルまではすぐそこなので、暗くなる前に歩いて戻ることにした。
昨日が昨日だったので、二日目にして今更ホテルのベッドの寝心地のよさに気付く。
隣りで丸まってる妻の髪を撫でながら、今日一日切りだせなかったことを、今更だけどと謝る。
「ごめん昨日は。ひどいこと言った」
しばらく経っても隣からの返事がないので確認する。
「寝てないよね?」
「今考えてるの」
「考えてる?」
「許すか許さないかを」
「今日あんだけ一緒に楽しんだじゃん」
「それはそれ。許してもらえる前提で謝ったの?」
そう言うもすぐに、なんつってねとサチは切り返した。
「私の方が悪いから。雅也君に病院にもついてこさせなかったし、治療のことも詳しく教えてこなかったから。ちゃんと相談してればこんなところにまで来てあんなことにはならなかったんだし。だから気まずくて朝から髪切りにいったんだよ」
「何それ。頭丸めて責任取りますみたいなこと?」
「髪の毛短くしたら、雅也君も怒るに怒れないだろうと」
「かわいすぎるなそれ」
でしょ? と嬉しそうにするサチにたまらない気持になる。
抱き寄せると長めのキスをして、やわらかい腹に手のひらを這わせる。
その日の夜は多くの恋人同士が旅先でそうするように、お互いを求め合った。