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真実の口~コロッセオ。


 食事を終えるとヴェネツィア広場まで出る。

 広場から大きな通りを南の方へ進むと、ここも観光名所のひとつマルケルス劇場が目の前に現れる。

 そのまさに古代ローマという風格も、横を通り過ぎて裏から見ると新しい造りの住居になっていて少し惜しいような気がしてしまう。

 それでも紀元前11年ごろの建築物がこれだけしっかりした形で残っているというのはすごいことだと感心する。


「あっ、あれかな?」

 サチが指差す先に視線を向けると遠くに鐘楼が見える。

 ローマの休日ファンなら必ず行きたい、真実の口で有名なサンタ・マリア・イン・コスメディン教会だ。

 近くまで行くとどこが入口かなんて探すまでもなく長い行列ができていた。


 列に並び始めてしばらく進むと脇のテーブルで真実の口のレプリカやら、ボールペンやら、ストラップやらが売られていた。

 正直、旅行先のテンションじゃないと手を出そうと思わない。

 自分用のお土産としてもあとで何で買ってしまったのか首を傾げるであろう品ばかりで――

「これ、お土産に」

「やめとこ。ね?」

 躊躇なくボールペンを握りしめて、買い物について来た子供のように俺に見せてくる妻の手をそっと押し戻す。


 随分並んでるように見えた行列も十五分ほどで自分達の順番になった。

 真実の口の直前には寄付箱があり、各国の言葉で感謝の気持ちが書かれている。

 中国語とハングル語の書かれた箱の隣りに、

 『ありがとう 有り難う アリガトウ 0.50¢』と書かれた、

 ずいぶんとぐいぐい来る感じの箱がある。


 お金を入れてない観光客も多かったが、お賽銭やお布施を身近に育ってきた日本人としては二人で一ユーロぐらいは入れなければバチが当たるような気がしてしまう。


 写真は自分達の後ろの順番の人に撮ってもらうのが通例なようだったが、 寄付箱にお金を入れると、近くで列の整理をしていた係りのおばさんが、カメラを寄こすように言ってくる。

 おばさんは通常一組に一枚ずつのところを二枚も写真を撮ってくれたが、後に並んでいる人のことが気になり、何だかぎこちない笑顔になってしまった。


 そのまま教会の中を見て、裏へ出るとこちらもローマの休日と同じウィリアム・ワイラー監督の傑作中の傑作、『ベン・ハー』の戦車レースで有名なチルコ・マッシモに出る。

 大昔は円形競技場だったという、その細長い広場をパラティーノの丘を左手に眺めながら東へ進む。大きな通りにぶつかったところで北へ。

 そして、緩いカーブの先に見えてくるのが、ローマと言えばの――

「コロッセオ!」

「想像以上にでかいなぁ」

「東京ドーム何個分?」

「いや、さすがに何個分もないだろうけど。同じぐらいはあるんじゃないか?」

「じゃあ、花やしき何個分?」

「じゃあの意味がわかんない」


 コロッセオもローマの休日のロケ地ではあるが、それよりももっとピンと来るのが、映画『グラディエーター』だろう。

 ローマ自体が丸ごと史跡のようなロマンのある街なので、関係する映画をあげていくときりがない。


「すごいよなぁ、これが2000年も前にあったんだって」

「その頃って日本人何してた?」

「弥生土器とか?」

「泣けてくるね。弥生土器何個分だよこれ」


 コロッセオの円周に沿うように行列ができているが、それはチケットを買うために並んでいる行列なので、予め空港の駅で買っておいたローマパスを見せればすんなりと中に入れた。

 こういうのもネット情報様々だ。


 階段を上りコロッセオの中へ入ると、その迫力に思わず叫び出したい気持ちに駆られる。

「おぉー! グラディエーター!!」

 自由な妻のことが時々羨ましく思う。


「oh~~! Gladiator~~!!」

 サチじゃない低い声の方にびっくりして振り向くと、よその国の観光客のおじさんが叫んでいた。

 叫び終わると笑顔でにょきっと親指を出してサムズアップ。

 サチもそれに親指で応える。


 おじさんの隣りでは、おそらく奥さんであろう人がこめかみの辺りを押さえて頭をふるふると振っていた。

 国は違えど通じるものを感じる。


 コロッセオの中は競技場の床部分がなくなっており、地下の構造がはっきりと見えるようになっている。

 ここで映画のグラディエーターを見ているのと見ていないのとでは感慨が全然違うだろうと思う。

 最新技術を駆使して再現された映像を予め見ていると、映画のロケ地巡りとはまた違って色々と想像する楽しさがある。

 コロッセオはその見た目の大きさや建築物としての豪華さだけでなく、日本が弥生時代のときには、すでに猛獣用の檻、セットや人間を移動させるためのせりなどの大がかりな舞台装置まであったというのだから、その文明の凄まじさには圧倒されるばかりだ。


「すっごいねぇー」

 自分と同じものを見ての声かと思い、隣りに目をやると、手で庇を作って空を仰ぐ妻がいた。

 それに倣って俺も見上げる。

 周りの観光客を視界から外し、コロッセオの高い壁越しに真っ青な空を見上げると、古代ローマと繋がっているという幻想に浸らせてくれる。

 ローマでは気が付いた時に空を見上げると必ずそこに何かしらがある。

 路地裏で上を見ればたくさんの花で彩られた窓やテラスが、広場などで見上げれば建物の上で天使が見降ろしている。

 そんな空の青さに思いを馳せていると、ぐぅーっと腹の音が隣から聞こえた。


「黙って」

「何も言ってないだろ」

「こんな素晴らしい史跡を前に腹を鳴らすなんて、情緒もへったくれもない女だなぁと思ってんだろ」

「思ってないよ」

「杏と二人分だから仕方ないんだ。すぐお腹減るんだよ」

「わかってるって」

「私はちゃんとわきまえてるけど杏はまだ胎児だから、お腹が空いたらすぐにぐぅーって呼ぶんだよ」

「そうだよね。そう思うよ。仕方ないって」

「何だ、その『はいはい』みたいな言い方は」

「そんなことないって。俺も小腹減って来たし、ここも見るところはこれっきりだからごはん食べに行こう」

「それって我慢できないの?」

「え?」

「がまんできないの?」

 言いなおしたその目が、もう余計なこと言うなよ、わかってるな、と訴えかけてくる。

「あ、うん。我慢できないな」

「じゃあ仕方ないね。杏も雅也君も我慢できないんじゃ、多勢に無勢だよ。ここは私が折れるしかないね」

「ねぇ、何でそんなに面倒くさいの?」


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