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ホールオブケイク。

 

 玄関に入るなり、リビングから二人の笑い声が聞こえてきた。


 そこにはバラエティ番組を見ながらソファですっかりくつろいでいる二人の姿があった。

 もうほとぼりも冷めたかと思ったが、おかえりと言ってくれたのはサチだけで、小夏はテレビの画面を見つめたまま見向きもしてくれない。


 テーブルの上に置いたホールケーキの箱に、サチが、ほほぅと近寄ってくる。

「大きい箱だね。これ絶対モンブランじゃないよね? 大丈夫かな? 妻の好みを大胆に無視して大丈夫かなこれ?」

「モンブランは売り切れてたんだよ」

 正確には「売り切れた」が正しいんだけど。


「それにメインはさっちゃんじゃないだろ」

 そうだけどさ、とサチは少し不満そうにすると、

「ってことは、これはもうこなちゃんを心底マックス全開に喜ばせるほどの代物ってことなんだろうねぇ」とサチは腹いせに大変な圧力をかけてきた。

「不二家のケーキにどこまでのスペックを求めるのですか?」

「とりあえず、小学生だからイチゴショートとチョコを押さえてりゃいいやって判断じゃなかったところは褒めてあげるよ」

 危ないところだった……。


 怒った顔すらこちらに見せてくれない小夏を、サチが「こなちゃんが開けてくれないと、お姉ちゃんもケーキ食べられないから、お願い」と説得して、何とかテーブル前に連れてくる。


 想像以上にふて腐れてしまった顔のお姫様。

 ここで何としても挽回したいところだ。


 小夏は俺と目線を合わせないように器用に箱のサイドを開け、中からホールケーキを引っ張り出す。


 ふへっ。と笑った。

 唇を噛んで、うっかり笑ってしまったことを悔いる小夏の顔に、俺はニヤニヤしそうになるのを堪えて、「小夏、ごめんな」と謝ると、「別にもう怒ってないよ」とまだ怒った声で返してくれた。


 ちなみに、チョコプレートには『小夏さんごめんなさい!!』と書いてもらった。


「いいよ、雅也君。必死さがよく出てて」

 そう言って、サチが噴き出しそうな顔で俺をニヤニヤ見てくる。


 ちょうどケーキを切り分けたタイミングで、インターホンが鳴る。

「グッドタイミング!」

 と言って、ドアホンのモニターも確認もせずにサチが子供のように玄関に走っていく。

 一方、子供の小夏は何事もないかのように小皿に載ったケーキにフォークを添えている。


「ママだぞ」

「ん? あぁ、案外早かったね」

 そうやって素っ気ない返事をする小夏だが、膝を忙しくすり合わせて落ち着かないのが丸わかりだ。


 間もなくしてサチに続いて、姉が、ただいまとリビングに姿を現す。

 小夏の姿を見るなり、「わあ、かっわいい! ってかこれ、マサの趣味だな」と一発で見抜かれた。


「遅くなってごめんね。こな」

「別に」

「ほらっ、おいで」

 姉はリビングの入口で荷物を下ろすと、少し屈んで両手を広げた。

「な、なに?」

「何恥ずかしがってんの? いつもみたいにぎゅってしてあげるからおいで」

 みるみる小夏の顔が赤くなる。

「いつもそんなことしてないし!」

「寂しくなかった?」

「全っ然」

「そっか。ママは寂しかったぞ」

「……」

「ママはこなと会えなくて寂しかった。だからギュッとしたいんだけどなぁ」

 姉にそう言われて、目を床に伏せたまま一歩ずつ近寄っていく小夏。

 ポリエステルのプリンセス靴がぺたぺたと床を鳴らす。

 時間をかけて姉の目の前まで来ると、小夏は自分から姉の首に抱きついて、顔をこすりつけながら、んーんーとぐずった。


 すっかり打ちとけたつもりでいたが、俺たちの前でもそれなりに気を張っていたのだろう。

 俺なんかが小夏のこましゃくれを心配する必要はなく、小夏は安心できる場所でちゃんと大事な気持ちを育んでいた。

 今更ながら思いあがったことしたなと反省する。


 姉にはケーキの理由を訊かれ、たらふく笑われた。

 コーヒーを飲んでひと息つくと、そろそろと言って姉が席を立つ。

 出張のお土産と交換する形で、余ったケーキの箱を小夏に持たせる。


 玄関先まで見送り、「こなちゃん、またね」とサチが手を振ると、小夏も手を振り返す。

 俺も言ってみたが、聞こえないふりをされた。

 ただ、去り際の「あれ。ありがとう」という無愛想なお礼に気持ちがほどける。


 

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