プリンセス小夏。
驚いたことに小夏に着せたプリンセスドレスは繕ったようにぴったりだった。
サチに髪を梳いてもらった小夏は箱に載っている写真の女の子よりもよく似合っていた。
「いいねぇ小夏。そこでくるんと回ってみようか」
デジカメで写真を撮り始めると小夏も満更でもないようでリクエストに応えてくれる。
「やっぱりもう一着ぐらいドレス買っとけばよかったかなぁ」
「さっちゃん、今更それはないよ……」
「よし、私もちょっくら着替えるか」
「なにに?」
「プリンセスドレス」
そう言うとサチはクローゼットからクリーニング済みの洋服をいくつか取り出し始める。
「あ、着替えるから、のぞいちゃダメだよ」
そう言い残して、取り出した服を抱えて隣りの部屋へと駆けていった。
しばらく小夏と二人で撮影会を続行するが、ふと、この勢いでもう一歩小夏に近付いてみようと試みる。
「そうだ、小夏。預かってもらってたプリキュアのサイン出してくれないか?」
「え?」
「ん?」
「あ、うん……」
そう返事をすると小夏は自分のカバンの中から、
のろのろとサイン入りパンフを出してきて俺に手渡す。
「小夏はこれ本当にいらないんだよな?」
「い、いらないわよ。あたりまえじゃない」
「そっか。もし小夏が欲しいならあげてもいいかなとか思ったんだけど」
「え?」
食いついた。
「いや、やっぱり俺が持ってるとサチにバカにされちゃうし、誰かがもらってくれるならなぁと思って」
「じゃ、じゃぁ仕方ない――」
「あぁ、いや、無理にってのも悪いからさ。小夏がいらないなら近所で誰か欲しいって子にでもあげるし」
何とかしてこのこましゃくれの口から素直な言葉を聞いてみたい。
ツンデレもかわいいが、やっぱり欲しいものは欲しい。
好きなものは好きと自分の意見をはっきり言えるようになってもらいたい と願う叔父心なのだ。
「もうこのプリキュアのサインをもらえる機会ってそうないかも知れないから、なかなかレアだと思うんだけど」
……ぃ。
俯いた小夏から、母音だけが聞こえてくる。
「え、何?」
……しぃ。
今度は空気の漏れる音が聞こえた。
もうひと押し。がんばれ小夏。
「あ、ごめん聞こえなかった。もう一回お願い」
……っぐ。ひっぐ。う、うぅぅぅ~。
「え、お、いや、ちょっ、何で? 何で泣くんだよ小夏!」
わけがわからん。
「ほらサインはあげるから。な?」
無理矢理小夏の手にパンフを握らせる。
「何してんの?」
振り返ると部屋の入口には、
白っぽいベージュのパーティドレスにボレロを合わせた姿でサチが立っていた。
肩口を大きく露出したその姿に我が妻ながら、
「かわいい」
「ありがと。でも今はそっちのかわいこちゃんが泣いてる理由が知りたいんだけど」
「何もしてない。何か。泣いた」
「何かって……」
「こんなのいらない!」
小夏の手から離れたパンフがスルスルとフローリングの床を滑っていく。
「ああ……何かだいたいわかったわ」
「何が?」
「土下座」
「へ?」
「土下座して」
「いや、俺何もしてないし。だいたい何が悲しくて小四に土下座を」
「小四だろうが九十四だろうが女の子泣かしたんだから、男が出来るのなんて土下座ぐらいしかないでしょ」
「そんな理屈……」
「何?」
「いえ」
その場で膝を折り、「すみませんでした」とフローリングに額を擦りつけると、ひんやりしてて案外心地よかった。
しかし小夏は相変わらず泣いたままで、俺の土下座はほとんど効果がなかった。
「よし。じゃあケーキ買ってきて」とサチが言う。
「え?」
「ねぇ、さっきから何で『へ?』とか『え?』とか聞き返すの? それ意味ある?」
「いえ、ない。と思います。ケーキ買いに行ってきます」
「コンビニのじゃダメだからね」
「へ……はい。でも、もうこんな時間なんで」
「大丈夫。駅前の不二家、九時まで開いてるから」
壁の時計を見上げると、もうすぐ八時半になろうとしていた。
「えっと、じゃぁ姉ちゃんも食べるだろうから四個でいいよな」
「何の確認か、私いまいちわかんないんだけど?」
いよいよ本格的に面倒くさい。
リビングを出ていこうとする背中に「雅也君のセンス期待してるから」と 追加のプレッシャーをもらうと、自転車に跨り駅前まで急ぐ。
閉店間際なのもあってショーケースには何もない空間がいくつかできていた。
かろうじてモンブランが残ってるのを見つけて、ひとまず安心する。
サチに関してはこれさえ与えておけば間違いない。
小夏の好みはわからんが、小学生はイチゴのショートとチョコを押さえておけば問題ないだろう。
そう思ったところで、ショーケースの端に残った最後のホールケーキが目に入る。
そのホールケーキが、俺に何かを主張してくるような気がしてしばらくガラス越しに睨み合う。
その隙が命取りだった。
ショーケースからモンブランが姿を消した。