カルーセルエルドラド。
園内のレストランで昼食を取り、
ゲームコーナーで男子チーム対女子チームのエアホッケーをしたり、
ミラーハウスで酔ったり、
お化け屋敷で小夏が半泣きになったりしてる内に日が暮れ始める。
実はプリキュアに関しては小夏が未だに好きなのは姉から聞いていたので、
最初から喜んでもらえると確信していた。
ここに連れて来たのには、それともうひとつ小夏に見せたいものがあったからで、
それが最も美しく見えるのが、この夕暮れから夜にかけての時間だった。
『カルーセルエルドラド』
世界でも最古級のメリーゴーラウンド。
「きれー……」
目を輝かせてそう言った小夏を見て、サチと笑顔で頷く。
色んな国を回ってここに辿りついたこのメリーゴーラウンドは、
作られてから一世紀以上の時を超えて来ている。
昼間に見せるレトロな趣に加えて、
夜になり電球に明りが灯ると幻想的な美しさへと昇華する。
その光景は記憶の奥底に直接呼びかけてくるような、
何とも言えないノスタルジックな気持ちを味わわせてくれる。
柵の外で待ってる間にどれに乗りたいか訊くと、
小夏は「絶対あれ!」と言って、赤いシートの馬車を指差した。
「だよね」とサチも頷く。
いわゆるお子様向けではなく、
アール・ヌーヴォー様式の装飾が施された馬車は、
やはり女の子心を鷲掴みにするらしい。
俺はその馬車の前まで来ると、
後ろを歩く二人に振り返って恭しく一礼してから、手を差し伸べる。
先にサチの方が自分の手を重ねてきたので、馬車へとエスコートする。
ここでのお約束のおふざけだ。
その様子を見ていた小夏が、
なにそれと首を傾げるので同じ様に手を差し伸べる。
「どうぞお姫様。お手を」
大仰にそう言ってやると小夏も理解したらしく、
それがお姫様のイメージなのかツンと鼻先を持ち上げ、手を重ねてくる。
最後に俺も乗りこみ、三人顔を見合わせたところで同時に吹き出した。
座席は電車などと同じ、モケット地のシートで、
それがまた気持ちを盛り上げてくれる。
「小夏、上見てみ」
ドーム状になった天井の内側にもアール・ヌーヴォー様式の天使や女神などの絵が描かれている。
「あ……うん」
小夏は一瞬だけ上を仰ぎ見たが、すぐに俯いた。
「どうした?」
「セクハラですな」
「はっ?」
サチに言われてもう一度天井を仰ぎ見る。
ああ……。
確かに女神達は皆おっぱい丸出しだった。
係員の合図があり、ごうんという音とともに床が動き出す。
摩擦駆動で回転する振動が尻に心地良く響く。
今時のメリーゴーラウンドのように木馬が上下するような気の利いた動きはなく、
木馬や馬車がはりついた床がただ回る素朴なつくりだ。
周りに過度な照明がないせいでここだけがぽっかり明るく、
程良く冷めた夜風が柔らかく肌をなぞっていく。
いつの間にか辺りが暗くなっていたことに気付き、
魔法だな、なんていうメルヘンなことを頭に浮かべる。
このメリーゴーラウンドは様々な事情の中、
小夏が大人になる頃には乗れないかも知れない。
そう思うと、ぜひ幼い記憶にこの美しいものを残しておきたいと思った。
言っても、俺もサチに誘われて知った口だし、今日の提案もサチだ。
小夏の美しい思い出に残って、そしていつか彼氏が出来たときには一緒に来て欲しい。
そんな事を思いながら小夏からその隣に視線を移すと、
サチがこっちを見ていた。
なに? と眉を持ち上げて促すと、幸せだね、とサチが言った。
「どうした?」
「ううん。今、心底そう思ったから、言っただけ」
「そっか」
なんとなく照れ臭くて、再び小夏の方に視線を戻した。
三分ほどして回転が止まると、小夏がもう一回乗ると言いだしたので、
今度はサチと二人だけを乗せて、俺は外から写真を撮ることにした。
乗りながら内側から見える風景もいいが、
外から眺めるその姿はエルドラド――『黄金郷』の名を冠するにふさわしく、
手に触れることのできない、幻のような美しさを放っている。
馬車から手を振る二人を見ながら、さっきのサチの言葉を思い出す。
――幸せだね。
本当にそう思う。
ぐるぐると同じ風景でも構わない。
ぐるぐると同じ幸せが続いてくれれば。