◇3
ケンさんとの話しを終え、私達はまた静かな廊下へと出た。
『では、沙也架…私はまだbusinessがありますから、また夕食の時に‥それと十字架は絶対に手の届く所に置いておく事!いいですね?』
『はい!…でも…何だかケンさんと離れるの怖いです……』
さぁ!言って下さいまし!『大丈夫です、私のボディーガードが沙也架を守ります!』って~♪
『心配入りません!沙也架には十字架があります!…ゆっくり部屋でくつろいでいて下さい、洋服も遠慮なく注文しておいて下さいね‥』
『………ですよね………ありがとうございます!……』
とりあえず私とケンさんは1Fのロビーに戻る。
『それでは沙也架、また夕食時に部屋まで迎えの者をよこしますので、ゆっくりしておいて下さい!フロントにはあなたの名前を言えばすぐにキーを渡してくれますからね‥では、失礼!』
いきなりケンさんの周りにどこからともなく現れた数人の男性が取り囲み、さっきの高級外車までケンさんを見送ると、すぐ後ろに待機していたバンに乗り込み、ケンさんの車の後を追った。
(凄いな~…ほんとにボディーガード居てたんだ……)
なんか私…気楽にケンさん!って、魚屋の大将みたいに呼んでるけど……本当はそんな事言えるような身分の方じゃないかも知れない……もし、私が男だったらさっきのボディーガードにボッコボッコにされたかもね……
(あっ!?いけない!いけない!フロントに行ってルームキーをもらわないとねっ♪)
私は二回大きく深呼吸して三回生唾を飲み込んで、世界のVIPも肘をついたフロントのカウンターに向かった。
えっと……背筋を伸ばして歩き方は踵からゆっくりと下ろして優雅にウォーキング!…あそれっ、ワ~~ン!ツ~~!ワ~ン!…………あれ?………これって健康ウォーキングだった………
(ええい!私は私よ!ノーマルが一番よ!)
『あの~~すみません!』
『はい、いらっしゃいませ!……本日は当ホテルに御来館下さり誠にありがとうございます、ご予約のお客様でしょうか?』
おぉ~~っ!?さすが高級ホテル!いきなりの丁重なお出迎え、あっぱれ!あっぱれ!
『あ……あの~…わ…私……』
何緊張してるの私!高級ホテルに萎縮してどおすんの!さっきの吸血鬼との熱いバトルを思い出しなさい!………………水かけて吐いただけなんだけど……
『私……十文字沙也架といいます……』
ほんとにこれだけでルームキーくれるのかな?……だんだん疑わしくなってくる……
『十文字様ですね!…ハーバーランド様より承っております…では、こちら37階の貴賓室のキーで御座います、ごゆっくりおくつろぎ下さいませ…』
フロントマンの方が私に手渡したルームキーは私の人生の中で見たことないような気品と輝きのあるキーだった!
(れ…冷静に…冷静な態度をするのよ!沙也架!…)
『こっ……こっ……こっ…これっ…』
ニワトリか!私は!!!!
『こっ…これは恐れいります…で…ではでは…ご免!……』
また変な言葉になったかな?……まっいっか……
ショルダーバッグを肩にかけて広いロビーをエレベーターホールに向かって歩く、足元の大理石が私の歩く姿を映すほど綺麗に磨き上げられていた。
おしとやかにエレベーターに乗り込み37階のボタンを押す、エレベーター内には心を落ち着かせるようなフルーティーな香水の香りがしていた。
(やっぱり高級ホテルはエレベーター内もサービスが行き届いているわね~)
どうせエレベーター内は私1人だし、この際だから香りを忘れない為に思いっきり犬のように鼻をクンクンさせて素敵な香りを楽しんでいた、このエレベーターに防犯カメラが設置されているのに気が付いたのは、37階に到着した時だった。
頭をかきながらルームキーの部屋ナンバーを確かめようとしたが、それは無駄な作業となった‥目の前にいかにも貴賓室です!と言わんばかりの重厚な木製の扉がどっしりと私の到着を待ち構えていた。
(ふぇ~~~凄いドア……)
私は恐る恐るキーを差し込みドアを開ける……
『何これ!凄~~~~~~い!』
部屋の中はバロック調の家具で統一され、豪華なテーブルにはお約束のフルーツの盛り合わせ!純白の本革ソファーにでっかいテレビ…窓から都会の街並みが遥か向こうまで眺望出来る!
(これって夢……夢ならどうか覚めないで下さいまし!……ずっと私を眠らしていて!)
私は部屋の中を探検する、私のワンルームと同じくらいの広さでテレビとジャグジー完備のお風呂…どっちで寝たらいいか解らない寝室が2部屋…総大理石のトイレ…シャンプーやバスバブといった物もめったに使えない高級品ばかり…
(ここに…1人で宿泊するの?…どうしよ?…めちゃめちゃ緊張するわ…)
緊張を隠せないまま私はソファーに座った、何とも言えない快適な座り心地だ。
ちょうど前のテーブルを見ると数冊のカタログが置いてあった。
『あっ!?ケンさんが言っていたカタログね………げっ!…ブランドばっか!……どうしよう~……』
♪ピンポーン
カタログのページを捲りながら頭を抱えていると呼び出しの音が部屋に響いた。
『はい~!』
私はケンさんだと思い慌ててドアを開けた、しかしドアの前にはこのホテルの制服を着たいかにも清潔そうな女性が笑顔で立っていた。
『あの?‥‥何か?』
『本日は当ホテルをご利用いただき誠にありがとうございます!‥私は今日1日十文字様のお世話をさせていただく観月と申します‥いたらぬ点もあると思いますが、誠心誠意尽くさせていただきます』
ラッキー♪ちょうど良かったわ♪堅苦しい挨拶は抜き抜き!この人と相談しよっと♪
『ちょうど良かったわ♪‥さっ、入って!入って!……』
まるで自宅に招くように私は観月さんを部屋に入れた。
『かしこまりました……』
う~ん…真面目なのはいいんだけど、なんかテンポがずれちゃうのよね~
『あまり固くならないで下さい…ちょっと相談したい事があってね~』
『当方に何か不手際がございましたか?……』
違う!違う!…そんな大袈裟な事じゃないのよ~…すんごく畏まらないで~!お願い…
『そんなに丁寧な応対しなくていいですよ~…実はこのカタログの中から何着か服を選ばないといけないんだけど…どれがいいか相談したくて……えへへ…』
観月さんは優しい笑顔で私の説明を聞いてくれている、とても落ち着いた大人の女性だ…私も後一年もすれば…………無理か………。
『そうですか…私で答えられる範囲でよろしければ……まずはどのような場所で装いされますか?』
へっ?…………装い?って…どこだろ?どこに着ていけばいいの?……これからの私は……たぶん……ヴァンパイアのお城?
『お……お城かな?………はは…』
『ならば………』
観月さんはゆっくりとカタログのページを捲って洋服を探してくれる。
『こちらのデザイナーはパーティードレスを専門とされおりますので、十文字様の年齢にフィットしたドレスもございますよ‥』
おぉ~っ!?可愛いピンクのドレス♪特にレースのポイントが超イケてる~!
『観月さん?‥これってどうですか?』
早速、私はピンクのドレスの写真を指差した♪
『とってもキュートで十文字様にお似合いだと思いますよ!明るい十文字様のイメージにピッタリです』
『そ…そうかな?…はははっ♪じゃ、これ!』
観月さん……ホテルの仕事辞めてもブティックで働けるわね!なかなか勧め上手じゃない!…単細胞の私ならイチコロだわ……
『はい、畏まりました…ではパーティードレスの次はどのような物を?……』
(えっ!?……ほ……他って……吸血鬼って墓にも居てるのかな?……あれってゾンビだったっけ?)
『お………お墓………』
『お墓参りですね!…ではこちらのデザイナーなんかはいかがです?』
本当の事が言えない私の心にすきま風がビューーッと吹いていた……
『あの……観月さん……少々ハードに動けるというか…丈夫な素材というか……えっと……あっ!私……ロックバンドしてるんですのよ~!』
『そうなんですか?バンドをされてるなんて素敵ですね~‥では、こちらのイギリス・リバプールのデザインはいかがですか?少々着こなすのは難しいかも知れませんが‥コーディネートで素敵になりますよ』
観月さんはちょっとイギリスロック調のカタログを見せてくれた。
‥‥へぇ~、さすがにロックの国ね~!舞台衣装のような物からちょっとエッチっポイのまで色々あるのね~‥‥やはりヴァンパイアハンターになるんなら、見た目も格好よくなきゃね!‥‥まぁ‥‥見かけ倒しで終わる事もあるけどさ‥‥
『あっ!?観月さん?これと、これを合わせて‥あとレザーのホットパンツなんてどうですか?』
『コーディネートとしては素敵ですが、これだと上から下まで黒一色になりますよ‥』
いいの!いいの!どうせ暗闇か夜しかこの衣装は着ないから~♪私にとっては戦闘服なんだし~
『ならば黒ではなく白で統一されてはいかがです?聖女のようにとても清楚に見えますよ』
私が選んだ衣装は首からみぞおちにかけてヒラヒラのフリルがある貴族が着ているようなブラウスに、それを強調するように胸元が広がっていて、右側の腰部はミニスカみたいに短い丈だけど、徐々に左側へと長く丈が伸びていくアシンメトリータイプのコート!‥で!露わになっているセクシーな右足を強調するようにホットパンツを履いている……
(で、全身が白か……可愛いけど…バトルとなると汚れが目立つかな?…そっか!一着にこだわるから悩むんだ!三着ほど買えば替えもできるし、白でもいいのよね♪)
『じゃ、このコートとブラウス、パンツの三種類をセットで3つお願いします♪』
『畏まりました、ではすぐに御注文いたしますので、最後に十文字様のサイズを測らせていただいてよろしいですか?』
『どうぞ♪どうぞ~』
『では注文を記入する用紙とメジャーをお持ちしますので、しばらくお待ち下さいませ』
そう言って観月さんは一礼をして部屋から出て行った。
(ホテルの仕事って色々大変なのね~‥‥‥私だったら面接で不合格確定ね!)
観月さんが戻ってくる間、私は窓から街の景色を眺める、都会によくある高層ビルからの景色だが、この街にもヴァンパイアが潜んでいるかも知れないと考えると正直ゾッとする。
(一体、どれだけの数が居るんだろ…)
飽きることのない風景を私はしばらく眺望していた。
♪ピンポーン
呼び出しのチャイムが部屋に響く、観月さんが戻って来たようだ、まだこの部屋の広さに慣れていない私はいそいそと観月さんを迎えに行く。
『どうぞ~』
扉の前で声をかけると観月さんが書類とメジャーを持って入ってくる。
『失礼いたします、大変お待たせいたしました、それではまずお洋服のサイズから測らせていただきます』
観月さんはリビングのテーブルに置いてある一台のリモコンを手にするとカーテンに向けてスイッチを押した。
あれ?あのリモコンってテレビのじゃないんだ‥‥‥おぉ!凄い!‥窓のカーテンが勝手に閉まっていく!
『では、今からサイズを測らせていただきますので上着だけ脱いでいただけますか?』
小学校時代の身体測定を私は思い出しながら観月さんに身を委ねる。
『………はい、結構ですよ、お手間を取らせて申し訳ございませんでした、どうぞ上着を着て下さい』
なるほど、なるほど!現在の私のスリーサイズはこうなってるのか…おっ♪バストはC→Dに昇格したかも♪…でもヒップも昇格したみたいね………
『それでは最後にこの書類にサインをお願い致します、商品のお届け時間のご希望はございますか?』
希望時間?…この後ケンさんと夕食だし、はっきりと解んないわ……
『あの、夕食後フロントに取りにいっていいですか?』
『畏まりました、だいたい四時間後には全て仕立ても終わっておりますので、フロントに声をかけていただければお渡しいたします』
観月さんは書類をまとめると、一礼をして部屋から出ようとしたが、私は彼女を呼び止めた。
『あの!観月さん…大事な事を聞くの忘れてました………で、全部合わせておいくらですか?……』
観月さんは涼しい笑顔を私に向けて、サラッと答えてくれました。
『278万9500円で御座います』
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!…はい?…二百………ど…どうしよ!どうしよ!どうしよ!どうしよーーーー!カタログに値段書いてなかったから、調子に乗って好き放題選んだけど、そんなにするなんてーーー!!あ~~ん、初対面のケンさんに銀の銃弾撃ち込まれるかも~……
『うふふっ♪十文字様は素直なお方ですね、御心配されなくても結構ですよ、先にハーバーランド様より貴賓室のレディに洋服をチョイスして下さいと500万円をお預かりしていましたから』
『えっ!?ケンさんが??‥‥』
『はい、本当は秘密にしなければならない事ですが、十文字様の姿を見るとすぐにでもキャンセルされそうな雰囲気だったものでつい‥』
満面の笑顔を私にふりまき観月さんは部屋から出て行った。
(ケンさん‥どうしてそこまで私に‥‥私がヴァンパイアハンターになった事で罪の意識か‥それとも後ろめたさがあるのかな‥‥)
窓から見える都会のビルの窓にキラキラと熱い太陽の眩い光が反射していた。