◇2
♪カチャッ……キィィ~…
扉を開き一歩ずつ私達は通用口の中へと入っていく、お化け屋敷のアトラクションに向かうような重苦しい緊張感に包まれる。
『沙也架…あの奥に非常階段があります!…そこから、地下に行きます!』
冷たいコンクリートに挟まれうす暗い電灯に照らされた通路の奥にぼんやりと非常階段が見えていた。
(何かな?……この通路に入ると、またあの不快感が現れてくる…)
狭い通路のコンクリートの壁がそう思わせるのか、空調が止まっている影響の蒸し暑さでそう感じるのかよく解らないが、確かに胃の部分から胸にかけてモヤモヤとした不快感が現れていた。
『何か感じますか?沙也架……?』
私の様子を察したケンさんは囁くように話しかけた。
『肖像画の前に立った時と同じ感じがします……気持ち悪く、モヤモヤとしたまるで生ゴミの山の中に立っているような不快感といいますか……』
『やはりあなたは正真正銘ブラッドの孫だ!すでにヴァンパイアの気配を感じている!私はまだ感じ取る事が出来ずにいるのに、たいしたものだ!』
私の人生の中で、誉められて嬉しくないのはこれが初めてだろう!恐怖と生ゴミに埋もれてるような不快感に1人で耐えてる私って……なんて可哀想なんだろ~………と、自分で慰めておこう。
うす暗い通路を抜けて階段の踊場で私達は足を止め地下に続く階段を眺めた、下へ下へと続くにつれて暗くなっているのが解る、なんだか夜の病院で霊安室に今から巡回に行くような雰囲気を私は感じていた。
『恐れる事はない!沙也架!…君なら出来る!…行こう!』
♪カッ……コッ♪カッ…コッ♪カッ…コッ
階段を降りる足音が壁に響く、不快感が次第に大きくなっていき更に緊張感も重なり船酔いのような吐き気がしてくる。
『ケンさん……気持ち悪いです……』
『頑張れ、沙也架!その不快感こそが神が邪悪な者を拒絶する証!耐えてくれ、沙也架!』
まるで暗黒の世界に引きずり込まれるように私達は地下に到着する、出来ればこの吐き気を早く治す為にもケンさんにヴァンパイアを退治してもらわなくては!
階段から目を細めて暗闇の先を見つめた、小さなランプがチラホラと点灯しているのが解る、どうやら配電室のようだ。
『いよいよ沙也架!君の出番だ!ヴァンパイアハンターの力を開放してくれ!』
…………………はい?……ケンさん…何か言いましたか?………………私の出番って………ケンさんが闘うストーリーをずっと私は信じていましたが………
『えっ!?…あっ………私?…おぇっ…そんなの無理無理無理無理無理無理~!おぇっ…無理無理無理!』
途中、不快な発音がありました事をお詫びいたします。
『大丈夫だ!沙也架!…君ならあの暗闇でもエリザベールが潜んでいる場所を見つける事が出来る!左目だけで暗闇を見つめるんだ!早く!』
強烈な吐き気を我慢しながら右目を瞑り左目だけで配電室を凝視した。
(何!?…これ!)
最初は暗闇の中の小さいランプの灯りしか見えなかったのに、ぼんやりとナイトビジョンのように配電室の全貌が緑がかってうっすらと視界に広がっていった。
『えっ!?…ケ……ケンさん!…み…見えます!……左側には配電盤…手前には古い机が2つ横に並んでいます!…その一番奥の長テーブルの上に仰向けで眠っている女性が見えます!間違いなく絵の女性です!』
『good!今から作戦を伝える…これからエリザベールに気づかれないように、静かに配電室に私達は入る!…君は聖水をいつでもかけられる準備をしてくれ!…私はこの発煙筒で一気に部屋を明るくし、ひるんだエリザベールに銃弾を撃ち込む!…そして、最後に沙也架!倒れたエリザベールに残りの聖水をかけて浄化してくれ!』
これがゲームだったら格好よくビシッとポーズを決めて、『私に任せて!決めてやるわ!』なんて言えるけど……ははっ…………ダメ………怖くて足が動かない………
『しっかりしろ!沙也架!もたもたしていたら、殺されるぞ!』
ケンさんは私の耳を思いっきり引っ張りました、いくらなんでも女の子の耳をギューッと引っ張るなんて男としてはどうかと思いますよ!!ムカッと胸から熱い物が噴き出した。
『いい顔だ!…GO-沙也加!』
私達は静かに配電室の中へと入っていく、私は入口近くで立ち止まりケンさんの行動を見守る、ケンさんはゆっくりと配電盤と机の間から長テーブルの女性に近づこうとしている。
(大丈夫!…まだ寝てるわ…ゆっくりと進んで…)
ケンさんはそっと内ポケットから発煙筒を取り出そうとしていた。
(…えっ!?……!)
私の視線が長テーブルに戻ると、寝ているはずの女性の姿が無い!
『ケンさん!!前っ!』
私が大きな声を出し、ケンさんの位置に目を向けると、発煙筒を出そうとしているケンさんの前にあの肖像画の女性、エリザベールが大きく左右に腕を広げ、今にもケンさんに襲いかかろとしていた!
『ケンさん!!!』
私の声の方向にエリザベールは顔を向けた!
(げっ!本物の吸血鬼!!!!)
髪を振り乱し、獣のような目つきと大きく開けた口からは二本の長い犬歯が牙となって白く輝いている。
…特殊メイクじゃないわよね………リア…リアの吸血鬼よね!…
『グワァァァァ!』
エリザベールは一瞬、私に威嚇したがその隙をついてケンさんは発煙筒を発火させた!みるみるうちに配電室は赤い光に照らされる。
『ギィャャャャー!』
怒った猿ような大型の鳥類が鳴くような悲鳴をエリザベールはあげた、ひるんだエリザベールにケンさんは銃を向けた。
『it can permit of god!(神の許しを乞え!)』
♪ガン!♪ガン!♪ガン!
三発の銃弾がエリザベールの身体に撃ち込まれた!
『ギィャャャャーーーー!!!』
大木が倒れるように後ろへと大の字になりながらエリザベールは床に倒れる。
『今だ!沙也架!聖水を!!!』
『は………はいぃ~~~~っ!』
うわずった声で私はケンさんの所に駆け寄った、発煙筒の照らされ倒れているエリザベールの顔は鋭い牙と憎悪を剥き出し、真っ赤な目は怒りの炎のように見えた。
(これが……ヴァンパイア……)
私は配電室の熱気を忘れるほどの冷たさを肌に感じていた、冷たい汗が背中から腰にかけて流れる。
『沙也架!…早く聖水をかけるんだ!』
ケンさんの声でハッと我に返り、聖水の入った小瓶の蓋をあけて勢いよくエリザベールに聖水をかけた!
『グワァァァァ!!!!!』
不気味な断末魔をあげながらみるみるうちにエリザベールの身体が灰になっていく……私はその姿を凝視出来ずに、ついに壁に向かって嘔吐してしまった。
『よくやった!沙也架……初めてとしては上出来だ!これから徐々に慣れてくる……good‐jobだった!…ブラッド…君の想いは沙也架がしっかりと受け継いでくれた……』
胃の中が空っぽになるほど嘔吐した私は恐る恐るエリザベールの残骸を見つめた……しかし、もうそこには灰だけしか残っていなかった。
『ケンさん……これって……この人の魂が浄化されたって事ですか?……』
『YES!…エリザベールの魂は浄化され、次は天での裁きが待っている……これまでのエリザベールの行いから言っても地獄は免れないだろう………』
私はただの灰になってしまったエリザベールが哀れに見えた、たぶんこの吸血鬼も最初は人間として純真なまま産まれたはずだ…それが不運にもヴァンパイアになってしまった…私はせめてもの供養にと胸の百合の花をエリザベールの灰に手向けた。
『沙也架……君は慈悲深いな……正に君は神から選ばれた子……沙也架、君の力を確認した事で話しがある!今から私と一緒に来てくれ!』
私はケンさんともう一度医務室に戻り、先生に体調が思わしくないとの理由でバイトを早退させてもらうよう伝えた、先生もそのほうがいいとの診断を出してくれたので、責任者に理由を述べて早退させてもらった。
制服から私服に着替えイベント会場の正面入口に向かうと、真っ黒い高級外車の後ろの窓からケンさんが顔を出し私を手招きした。
(え~っ!…ひょっとしてケンさんって…超セレブ~!!)
ほんとに今日は驚く事ばかりで、私はかなり疲労していたが、こんな高級外車に乗せてもらえると思うとちょっと元気になった気がした。
『どうぞ、沙也架!乗って下さい!』
さっきの恐怖三昧から一転、高級外車を見ただけで気持ちは少しだけウキウキしてしまう私って、ほんとに単純女です…はい…。
『…し…失礼いたします………』
相手は高級外車です!バスや電車に乗るのとは全然違います!…何と!運転手さんがドアを開けて待っててくれるではあ~りませんか♪…ここは、マンガ本でセレブの勉強をしたように、おしとやかにしないとね…
車内に入ると爽やかな冷房と高級な革のシートの香り、ふわふわとした柔らかい座席の座り心地が私を迎えてくれた…う~ん♪これが成功者の乗り物!
♪ドンッ♪
さすがに高級外車、ドアの閉める音も重くて渋い!私が乗った車なんて、全部…♪バタンッでしたから…。
私が車に乗り込むとすぐにセレブカーはゆっくりと走り出した、車内は外からの音を拒絶するようなほど静かでエンジン音すらも聞こえなかった。
『沙也架…これから私が宿泊しているホテルに来てもらう!そこで今後の話しをしよう!』
『えっ!?………ホテル!……』
一瞬、私の脳裏に青少年には言えないようなシーンが浮かんでしまった!ヤバい!ついつい高級外車に釣られて乗ってしまったが、ヴァンパイアで身の危険をさらしたのに、また身の危険を感じなくてはいけないの~!
『沙也架、君の部屋もreserveしてある、自分の部屋だと思い好きに利用していい!…それと盗聴が出来ない防音壁の会議室を用意している!話しはそこで始めよう…』
♪カーーン!……軽い空き缶の鳴る音が頭に響いた………さっきの私の焦りは何だったのでしょうか…………とっとと忘れよ……
20分幹線道路を走ると、真正面に某有名な超高級ホテルが見えてきた!このホテルって世界中のVIP御用達のホテルで、確か先月はアメリカ大統領が泊まったはず!
『ふぇぇぇ~~~♪すんごいホテル~!!!』
しまった!ついつい庶民を代表したセリフを口に出してしまった………
車はこれまた立派な正面玄関に到着すると、ホテルのドアボーイが颯爽と現れ車のドアを開けてくれた。
セレブ!これがセレブの世界なのね!!良かった♪本当にエリザベールに殺されなくて♪…
『お帰りなさいませ…お嬢様!足元にお気をつけ下さいませ…』
優しく車のドアを開けてくれ、深々と頭を下げて私を迎えてくれた!あぁっ♪庶民の憧れ!セレブを今、私は経験してる♪これがシンデレラの気持ちなのね~♪
『うんっ…おほんっ!…これはこれは…くるしゅうない!…ありがとう♪』
うん?今のセリフ間違ってたかな?……まっいっか!…
私はケンさんに案内されホテルのロビーに通してもらった。
『はぁぁぁぁぁぁ~~~~~すんごい…宮殿みたい……』
総大理石の床に壁…丸いジャグジー風呂ほどの大きさのシャンデリア!アンティークのテーブルに椅子、見た目でン百万以上しそうな絵画…王侯貴族の御屋敷と言ってもいいロビーに、ポツンとジーンズとパーカー姿の私が佇んでいた。
……泣かない……もう私…絶対泣かないもん!……
『何してるんだ?沙也架?…さぁ、会議室に行こう!』
ケンさんはエレベーターホールから私の名前を叫んだ、周りの宿泊客が私に視線を浴びせた、私は潤んだ目を擦りそそくさとケンさんへと小走りで向かった。
『どうしましたか?沙也架?……』
『別に…その…ここって…私なんか…場違いと思います…』
『はははっ、沙也架!…Don’t worry…大丈夫!君の部屋に洋服のカタログを置いてある!部屋に戻ったら、好きな服を欲しい分だけサイズと一緒にフロントに連絡すればいい!数時間後には君の部屋に届けてくれますよ!』
『そ、そんな!ダメですよ!私なんかの為に!そんなの受け取れません!』
『よく聞いて欲しい沙也架、今の私があるのもお祖父様のお陰なんだ…何度も私はお祖父様に命を救われた…そして、今日は沙也架にね!…それに沙也架をこんな事に巻き込んだせめてものお詫びとして受け取ってほしいんだ!OK?…』
『お……OK…ありがとうございます…ケンさん…』
私とケンさんはエレベーターに乗り込むと19階のフロアで降りた、静まり返ったカーペット床の廊下を奥に進み、会議室Cという部屋に入った。
『さて、席に着いて話しを始めよう!まず、私とブラッドの関係だがある教会の銘によりヴァンパイアの討伐を指示された、私は当時まだ18歳、ブラッドは22歳の若造だった…私は大工の息子で手先が器用だった事もあり、ブラッドから武器加工のパートナーとしてチームに誘われた、最初は大工の息子が武器加工って意味が解らなかった…拳銃、マシンガン、ダイナマイト…何でも強力な武器があるのに、ブラッドはどうしても木材加工の技術が必要だと言い続け、ついに私はチームを組むことになった』
『それが私のお祖父さんの出逢いなんですね…』
ケンさんは当時を思い出すように目を瞑りまた話し出す。
『チームを組んでもまだ私はブラッドの目的を教えてはもらえなかった…何日も樫の木の杭やボウガンの矢を作らされていた…そんなある日、ブラッドは私の作業場に現れこう言った!《ケン!俺達の出番だ!教会から勅命が来た!今から俺達は吸血鬼を退治に行く!》とね…』
『それが、ケンさんとヴァンパイアの闘いの始まりだったんですか?…』
『ブラッドは沙也架と全く同じ目を持っていた、そして鍛え上げられた肉体に精神力、持って生まれた邪悪な存在を見極める素質を備えていた、私は悪魔の化身と堂々と立ち向かうブラッドに魅了された、それからは何度も尽きる事の無いヴァンパイアとの闘いが続いたが、いよいよノスフェラトゥの居城を見つけた時にはすでにブラッドには愛する家族が出来ていた、それがブラッドにとっては最大の弱点となった、頭の良いノスフェラトゥはすぐにブラッドの家族に目を付けた…』
ケンさんは深い溜め息を吐き、何やら後悔しているような感じを私は受けた。
『私はすぐに日本へ向かい、関東からブラッドの家族を西日本に移住させた…さすがノスフェラトゥも日本のどこかでブラッドの家族を探すのは不可能だからだ、私はブラッドの家族を大阪に移動させすぐにルーマニアに引き返した……しかし、それ以来ブラッドの姿を見る事はなかった、ブラッドが育った村の教会の祭壇に愛用の十字架を残して、彼は消えた…』
『行方不明になったのは本当だったのですね……お母さんから聞かされていました…ただ、ヴァンパイアハンターだったとは、一言も私に告げなかったですが…』
『君の身を案じての事だろう…ブラッドが消えた以上、チームは解散になったがその後も私は財を築き上げながらもブラッドを探した、しかし残念ながら足取りすら掴めなかった、ただブラッドが消えた年からノスフェラトゥやヴァンパイアの事件も煙りのように消えてしまった…今もその事は私も理解出来ずにいるがね…それから何年も経ったある日…君の両親の事故を知った…………そしてずっと君を探して、今日…私は沙也架に出逢えた…』
『そうだったんですか………ごめんなさい…今、まだ私の中で言葉が見つかりません……でも、お母さんとお祖母ちゃんを守ってくれてありがとうございます…』
ケンさんの話しは私にかなりの衝撃を与えたが祖父の消えた理由が解っただけでも私は救われた気分になった。
『沙也架……急で悪いが、明日は大阪に行く!君のお母さんとお祖母さんが居た街だ!昔の事とはいえ、もしかするとノスフェラトゥは大阪にもヴァンパイアを派遣していたかも知れないんだ!…それに大阪でもヴァンパイアらしき犯罪のニュースが出ている!……沙也架!キツいかも知れないが、行ってくれるか?』
『…………………ケンさんは、私のお母さんと……お祖母ちゃんの恩人です………それに、私もお祖父さんを探したい……お祖母ちゃんのお墓にちゃんとお祖父さんの報告をしてあげたい………ケンさん、私も…大阪に行きます!』
私が行ってもどうなる事もないかも知れない…でも、お祖母ちゃんお母さんやお父さんの為に何かしてあげたい気持ちが強く溢れ出していた。
『では、明日の朝…大阪へ行こう!沙也架!』




