◇9追われる側から追う側へ!2
『沙也架ちゃんはこのロッカーを使って!…』
『はい!!…』
ジャージを手渡し名札も貼られていないロッカーを京子ちゃんは指差してから自分のロッカーに向かう、ちょうど私から奥に3㍍ほど離れた所に京子ちゃんのロッカーはあるようだ。
♪ガチャッ!!
アルミ製の軽い扉が開く音が聞こえると、すぐさま京子ちゃんは今着ている服を脱ぎ始めた、上下黒の下着は何だかこれからお葬式に行くような雰囲気が漂ってくる気がしてならない、私は着替える京子ちゃんから目を背け自分の着替えに集中していく。
(………婦警さんと別れてから京子ちゃん、あまり喋らなくなってる……警察官モードに切り替えたのか……それとも、やはり相手がヴァンパイアだから、ナイーブになってるのかな………)
ビニールの包みからジャージを取り出した私は一瞬、高校生時代に戻ったような錯覚をした、濃紺の生地に白のライン、左の胸の辺りには白い文字で大きく《大阪府警》と書かれている。
(…警察官じゃないのに、こんなの着ていいのかな……)
まるでこれから体育の授業が始まりそうな気持ちになりながらパンツに足を通し上着に腕を潜らせていく。
(………やはり京子ちゃんは何も喋ってくれない……)
私はチラッと京子ちゃんに目を向けると、すでに京子ちゃんは着替えを終えて脱いだ服をロッカーに収め髪形をポニーテールから右側だけを三つ編みしたヘアスタイルに変えていた。
『……………………………………………………』
(……………………京子ちゃん………………)
『……………あかん!………………』
『……………えっ?…………………』
『…………ヤッパリあかんねん!!………』
『………どうしたの?京子ちゃん??……』
私はいきなりの京子ちゃんの声に少しビクついていた。
(………あかん!…って……もしかして京子ちゃん…この任務が嫌になった?…………)
『………なぁ?沙也架ちゃん!!……あんたも思ってるんと違う?………』
『………えっ?……そりゃ……嫌だけど……しょうがないと思ってるし……』
『……ヤッパリそう思うよね!………うちかてや!!…』
やはり京子ちゃんはこの任務が嫌なんだ!…私の心に冷たい風が吹き付けていく。
『……でも、私……一人じゃ………』
『そらそやわ!一人でこんな格好出来んもん!!…はぁ~~~………記念すべき初出動のコスチュームが大阪府警の青ジャージやなんて………ずっと考えてたけど、髪形変えるしか可愛く見えへんやん!……なぁ?……沙也架ちゃん!…頭にリボンでもしたら可愛く見えるかな?……』
『……………………京子…………ちゃん?………』
表現としてはかなり難しい!嬉しさと安堵感と泣きそうな気持ちと怒りが全部ミックスされたような気分に私はなっていた。
『ヤッパリ首から下はどう頑張っても可愛くならんわ!…ラジオ体操したらそれらしく見えるけどね……』
『……はは………ははは………京子ちゃん………』
確か京子ちゃんのバッグの中に聖水弾装填のワルサーがあったはず…ものすごく京子ちゃんを的にして射撃訓練をやりたくなった。
『えっ?…どないしたん?えらい恐い顔になってるやん!…まぁ、今から化け物を退治に行くんやからそんな顔にもなるよね!…うちかて少しビビってるけど………沙也架ちゃんが居てくれるから平気……』
『………えっ……京子ちゃん?………』
『……はは……あれ?……なんやろ?うち…手が震えてきてる……おかしいな……うちらヒーローやのに……ヒーローが震えるやなんて……』
京子ちゃんの反応は当然だ、昨日までは普通に婦警さんの仕事だけをやっていたのに、今日は信じられない出来事ばかりか、スパイ映画さながらに拳銃を所持し、今夜間違いなく京子ちゃんは拳銃を発砲する…元人間だったヴァンパイアに向けて………
(……京子ちゃんの気持ち、痛いほど解るよ……強がって冗談ばかり言ってるけど、本当は怖くて怖くて仕方ないんだよね……)
『……京子ちゃん…安心して!…とは言えないけど……私……絶対に負けないから!…京子ちゃんを死に物狂いで守ってあげるから!……』
『………な……何言うてるねん!…うちが沙也架ちゃんを守らなあかんねんから、変なこと言わんといて!…』
『…………もうあのホテルで起こった悲しい思いはしたくないの……私が関わった人は誰も死んでほしくないの……』
『………沙也架ちゃん…………………よし!!!さっさとドブ鼠退治してホテルに帰ろ!!部屋に中華料理が待ってるし!!…』
♪バン!!!!
京子ちゃんは左の手のひらで思い切りロッカーの扉を締めた、それはまるで何かを吹っ切ったように私には見えた。
『………沙也架ちゃん………うちかて恐いけど、それよりも警察官としての血と親を殺された子供の血が怒りで沸騰してるねん!!…被害者の子供……この先、お父ちゃんの思い出も知らないまま育っていくと思うと……悲しすぎる!…今のうちにはそれがよく解るねん!…絶対に犯人をカタにはめたる!!』
『………京子ちゃん…………行こ!!……ケンさんが待ってる!!!…』
京子ちゃんの言葉に私も身体の中から熱い勇気が湧いてきた、優しく微笑んで写真に写っている奥さん、その温かい腕で眠っている赤ちゃん、そんな幸せな家庭を誰も潰す権利は無いはずだ!それを悲しみのどん底に落とした犯人は絶対に許せない!
『よっしゃ!!…いっちょかましたろか!!…』
『…あっ、京子ちゃん!…ちょっと待って!!…』
『なんや?忘れもんか?………』
更衣室の扉の前で京子ちゃんは立ち止まり私に振り向いた。
『…あのね、迷信かも知れないけど、恐い気持ちを消し去るおまじないをお母さんに教えてもらったの……やっていいかな?……』
『……???……別にええけど……おまじない?……』
『………うん、じゃ目を瞑って………』
『……目を瞑るの?……まさかと思うけど、キスは無しやで!!……うち、その趣味は無いから!…』
『解ってるよ!私もそうだし!…ほら、早く!…』
京子ちゃんはまだ私にキスされると思っているのか、ギュッと唇を噛んで目を瞑る、せっかくの可愛い顔が台無しになっているが、それは私の記憶の中に封印しておこう。
『……恐怖は魔からの囁き、神はその囁きを正義の意志で拒む、例えその囁きが闇の中であろうとも神の正義の光は闇を貫き我らを守る!…』
私は京子ちゃんの額に十字をきり心から京子ちゃんを守りたいと願った。
『…もういいよ、目を開けて!…』
『……………あれ?………なんか身体の疲れが消えたと言うか、軽くなったって言うか………春の陽射しを受けてるような……そんな感じがした……』
『さ、行こ!!京子ちゃん!…』
京子ちゃんは身体をクネクネとストレッチをさせながら不思議そうな表情で私の後ろを着いて来る。
『…ヤッパリ沙也架ちゃんはヒーローやわ!こんな魔法も使えるんやし♪…』
『魔法じゃないよ、単なるおまじないだって!…』
『今度はうちを空に飛ばしてな♪…』
『なんでやねん!…私はマジシャンじゃないよ!…』
『あっ!…今沙也架ちゃん大阪弁使った!…発音はちょっと違うけど♪…《なんでやねん!》は、《なん》のとこまで下げてから《でやねん!》てトーンを上げるんや♪…しっかり勉強してや!』
どうしてヴァンパイア退治の前に大阪弁を練習しなきゃいけないわけ?
私達はエレベーターから地下の駐車場に向かう、すでにケンさんはミニパトを借りていてくれた。
『しっかり準備したかい?…忘れ物があるとそれが命取りになるからね!…』
『…えっと、拳銃、バッチ、予備の弾丸、何とかジャージのポケットに入れてきました!…』
『OK、沙也架は?…』
『…はい!!十字架に、それと聖水を持っています』
『G ood!!では行こうか!…』
私達はミニパトに乗り込み京子ちゃんの運転で目的地へと向かっていく、流れる夜の街並みに映る人々にはこれから私達がヴァンパイア退治をするなんて想像すら出来ずに帰宅していくのだろう、すぐ身近にヴァンパイアの危険があるなんて知らずに……
『………ケンさん、もうすぐ到着しますけど……どこから下水道に?……』
『さすがにLady達にマンホールからとは言えないからね!…大阪市交通局の協力で淀屋橋駅から関係者の作業通路を通させてもらって、そこから下水道の入口に向かう!…』
『ほな、ミニパトは御堂筋で停めておきますね!』
京子ちゃんは左手を伸ばして無線機を手にした。
『…こちら本部23、御堂筋、淀屋橋駅、停車、これよりマル捜開始!…』
《…本部了解、各警らに通知、頑張れ!早川!!…》
《…ありがとうございます!…》
(へぇ~~…京子ちゃんけっこう人気あるのね!…可愛いし片想いの男性もいるんだろうな~~…)
ミニパトは側道に入り、銀杏並木の下で停車した。
『いよいよ本番だ!…沙也架は経験があるが京子は初めてだ!…沙也架、君が例のように先頭を歩く事になるが大丈夫か?…』
『…はい………やってみます!…』
『ちょっと!ケンさん!うちが沙也架ちゃんのボディガードやのに沙也架ちゃんを前に歩かせるなんて!…』
『…心配ないよ、京子ちゃん!…私……奴らを感じ取る事が出来るから………誰よりも早く……』
『………そう言う事だ、京子!…沙也架を信じて!』
『…それと…もう一つケンさんに聞きたいんやけど……作業通路へはどうやって行くんですか?…』
『Wat? ……それは当然改札を抜けてだが……』
いったい京子ちゃんは何を言ってるのかサッパリ意味が解らない。
『えぇ~~~~~~~~~~~~!!!!!!このジャージ姿のまま改札を抜けるの?…帰宅ラッシュのこの時間に?…』
『どうしたの?京子ちゃん?…別に改札を抜けるくらい……』
『何言うてるねん!沙也架ちゃんは知らんと思うけど、淀屋橋の駅は出勤時間と帰宅時間はメチャメチャ人が多いんや!…えっと、東京で言うたら新橋みたいなもんや!…』
『…………それってつまり…………』
『…そうや、うちらこの格好で人混みの中を歩くって事や!!…うら若き乙女が青のジャージ着て改札を抜けるんやで!!…』
やはり京子ちゃんだ!ヴァンパイアよりも自分のルックスに神経が集中している。
『……はは………しょうがないよ、任務なんだし……それに目立たないように歩けば大丈夫だよ…』
『甘い!…沙也架ちゃんはまだ大阪に知り合いがおらんからそう言えるねん!…うちには解る!…だいたい知り合いに会いたく無い時に限ってバッタリ会うのを!!…』
『おほん、沙也架………京子…………その話しに割り込んで非常に申し訳ないのだが………ジャージ姿では改札は通らないから、心配ないよ!…』
あれ?ケンさん、何故か私達と目を合わせないようにしてるみたいな………
『…ただ…………ジャージの上からこれを………』
ケンさんはミニパトのトランクから折り畳まれたゴム製の素材を両手に抱えた。
『…ケンさん?…それは何ですのん?……』
『君達もこれは見た事があるだろう?…』
ケンさんは私達の前でゴム製の素材を広げるとそれを身に着けた。
『…いっ!!!!!…』
『あっ!!!!!』
ケンさんがスーツの上に着込んだのはよく漁師さんが魚の漁に着ている胸まで保護をするありきたりな黒の合羽だった。
『下水道は所々深い場所があるからね!…しっかり体温を保護しないといざと言うときに身体が動かなくなる!…さぁ、君達もこれを着なさい!』
『……沙也架ちゃん?……衣装も買ってもらったし、セレブのケンさんにこんな事言うのは何だけど………ケンさんて……KY? ………』
一瞬、私も京子ちゃんの意見に賛同してしまった、真夏の地下鉄の駅に暑苦しい合羽を着たオジサマと若い女の子……むしろジャージの方が遥かにマシ……額から汗が勝手に流れてくる。