◇8
『…えっと!…拳銃に携帯、発砲許可のバッジに予備の弾丸………それにお財布とティシュとハンカチ……これだけやったかな?……』
『……………警察のバッジは?……』
『あぁ、そやった!肝心な忘れてたわ!…』
ショルダーバッグの中身をチェックしている京子ちゃんはヴァンパイアの事など忘れてるようだ、まるで明日の学校の準備をしているみたいに私は見えた。
『ねぇ、京子ちゃん!…もう折野さん来てるんじゃない?…』
『そう言う沙也架ちゃんは準備出来てるの?…』
『だって私、十字架と聖水しか持ってないもん…』
『そっか!…うち沙也架ちゃんの警護してるんやった………』
ちょっと!あなたは何しにここに来てるの?…本気でセレブのお嬢様のつもりだったの?
『京子ちゃ~~~ん………こんなので大丈夫?…』
『大丈夫、大丈夫!…こう見えてもうちは本番には強いねん!!うちがバリバリのスーパーポリスウーマンやというとこ沙也架ちゃんに見せたるから!』
今日1日の京子ちゃんの姿を観察していて、今のセリフはほぼ詐欺罪に匹敵すると思う……
『……うん………よろしくね……………』
『あ!その目!…うちを疑ってるやろ?…あぁ~~~…うち傷付いた!…もうヤル気が飛んでった!…夕飯も春雨だけやったし!…』
まだ夕飯キャンセルしたの根に持ってるし………
『…でもさ、帰って来たら部屋に食事を運んで来てもらえてるし、それにお待ちかねの本部長さんからのケーキも届いてるはずだよ♪…それに京子ちゃんは警部補に昇進したんだから、役職手当もアップするんじゃない?…もし、今日活躍すれば警部昇進も夢じゃないかも?…』
『…そや!うち警部補になったんや!…セレブに夢中で記憶から消えてたわ♪……そうやねん!警部補は管理職のエリアなんや!…あかん、ちんたら仕事していてはいずれ部下が付いた時に笑われる!…沙也架ちゃん!…ビシッとやろな!』
出来れば私が話す前にビシッと準備をしていて欲しかった……
(あぁ~~~…もう疲れた…警護を付けてる大統領とかVIP の人達も、こんなに気を使ってるんだろうか?…)
『さて!準備完了、沙也架ちゃん、行くで!』
『…はい、はい!…』
私達がエレベーターから降りると、折野さんがすでに待っていた。
『遅いぞ!早川!…迅速に対応しないでどうする!』
『申し訳ありません!…準備に手間取りました!以後気を付けます!』
(なるほど、京子ちゃんのビシッとするって意味はこの事だったのね♪…5分前の京子ちゃんのセリフ、折野さんに告げ口したら絶対に恨まれるだろうな~…)
『行くぞ!…早く車に乗れ!…』
素早く玄関先に停めてある車に乗り込み私達は本部へと向かった。
『あの…折野さん……そんなに急な事件なんですか?…』
『そうだ!御堂筋の地下にある下水道で作業中の職員が誰かに襲われた!…それだけでも有り得ないだろ?普段密閉されている下水道に人が入り込むなんて?…』
『…そうですね……誰も好き好んで下水道なんて行かないですもんね…』
『それで折野警部補?…被害者はどないなったんですか?…』
『……………残念ながら、遺体となって発見された…なかなか戻って来ない同僚を心配して仲間が捜索したそうなんだが、遅かった……今、ロバート達が遺体の検視に向かっている……』
『……で、遺体には傷が?…』
『あぁ、首筋に2つの刺し傷…それ以外は傷もなく綺麗だそうだ…』
『…………ヴァンパイア………………ですね?………』
『…………………あぁ…………………』
『ほ…………ほんまにおったんや………ヴァンパイア…………沙也架ちゃん………春雨やなくてニンニクの効いた餃子にしとくんやったね……………』
あの?ビビるか笑わすかどっちかにしてくれない?
『…京子ちゃん…ニンニクの話は物語だけの設定で、本物には何の効果もないの……』
『あっ、そうなん?…うち、寝込み襲われたら嫌やから寝る前にニンニクかじっておこと思ってた!…後で沙也架ちゃんと八百屋に買い出ししようと考えてたんよ!…』
『…!!私にも食べさそうとしてたの?…』
『そうや!ボディーガードとしては出来る限り身を守る手段を考えておかないとね♪一応、ニンニクの事も踏まえてうちらのコンビ名は《ガーリックシスターズ》って決めてたんやけど、そうかぁ~~……ニンニクは効かんのか~~……』
良かった♪本当にニンニクは物語の中だけで♪ニンニク臭い女の子なんてさすがにケンさんもOh! No! って言うに違いない!それに…ガーリックシスターズって…………お笑いの番組に出場するんじゃないんだから……
(…これも笑いの殿堂大阪の影響かしら?……)
『早川!…お前、もう少し事態を重く考えられないのか?…』
そりゃそうだ!折野さんの言う通り♪
『えっ?うちはいつも真剣ですよ!…だって重く考えても考えだけでヴァンパイアを根絶やしに出来ない訳やし、それならば1つ1つの問題をきっちりと片付けていくしかないでしょ?うちらが勝ち進んでいけば必ずボスキャラが現れますって!』
何となく説得力があるように聞こえるようだけども、簡単に言えば行き当たりばったりなのね……
(…まだ本物と遭遇してないから、こんなにお気楽な事を言えるのよ…)
『早川!もう少し口を慎め!被害者は亡くなっているんだぞ!…』
『すみません……軽率でした……今後は発言に注意します…』
無理無理!京子ちゃんは絶対に無理!治るわけがない!
本部に到着した車は地下駐車場に戻ると私達は足早に極秘のヴァンパイア対策本部に向かった。
『本部長、遅くなりました!』
『おぅ、折野!御苦労さん!…』
『すまないね、二人とも!…食事を中断させてしまって…』
『いえ、それよりケンさん……大阪に着いていきなりですか?…』
『yes、これほど被害が増えてきているとは、予想以上だ!…』
『……それで、被害者は?…』
『ロバート達が処理をしている……架空の事件扱いで……』
『お姉ちゃん、被害者はまだ結婚して四年目らしくて…先月に待望の子供が産まれたばかりやったそうや……気の毒に……これから子供の成長を見守る楽しみが出来たというのに………ワシ、何年も警官やってるけど……この手の話はいまだに慣れる事はない……どんだけ被害者の残された家族が悲しんでるかと思うと……ほんまに奴等は許せんのや!……ほら、被害者の手帳から出てきた写真や…………ええ顔で奥さんと赤ちゃんが写ってるやろ?…』
(…こんな幸せそうな顔をしてるのに……翌月にこんな悲劇が起こるなんて、絶対に思ってもみなかっただろうな…………真実は隠され、作り上げられた事故死の報告を被害者の家族は信じてこれからずっと生きていかなければならない………………そんなの悲しすぎる……………許せない!…何の罪もない人の人生を奪うなんて……絶対に許せない!…)
『…沙也架ちゃん、うち……今、本当にヴァンパイアハンターになって良かったと思ってる!…警官になってこんなにも犯罪で怒りを覚えたのは初めてや!…許さへん!…ふん捕まえてそのままお陽さんの下に放り出したる!…被害者の無念を解らして地獄に送り返したるわ!』
『………………うん……………絶対に許さない!…………神の裁きを受けさせてやるわ!………』
写真を見つめる私は何故か右目が熱くなっていくのを感じた。
『……!!!!!………さ………沙也架ちゃん!!!……あんたの目!………』
『えっ?………どうしたの?京子ちゃん?………私の目がどうかした?……』
京子ちゃんだけじゃない、ケンさんもずっと私の顔を見つめているがその顔は驚きとは違う感激に満ちた表情だった。
『Oh! …その目は!!!…まさにブラッドと同じ光を放している!……Oh ~~主よ!…大天使ガブリエルよ!…我々の前に聖なるヴァルキュリアをお与えくださった事に感謝いたします!……』
何?何なのよ?…みんなして私の目を見つめて!…私はこの目にトラウマなのよ!…京子ちゃん?…何口をポカーンと開けて私を見てるのよ!ケンさんまでお祈りなんかしちゃって!…本部長もあの、がははは!どこに行ったの?…折野さんも目を見開いていつものクールな眼差しはしないの?……
『………ね………ねぇ?…みんな?…………私の顔…変?……』
『沙也架ちゃん!あんたの右目……黄金色に変わってる………』
『えっ!?…嘘!そんなのあり得ないよ!だって私の右目、青なんだよ!』
『…やはりSAYAKAはブラッドの継承者だ!ブラッドもそうだった、罪無き人々が苦しむ姿を見る度に右の目が怒りの色に変わっていた…今のSAYAKAと同じ色だ!…』
黄金の目になっている?こんなの眼科医に知れたら論文か研究対象にされちゃうじゃない!金髪ならぬ金眼、言っておきますけど私はれっきとした人間ですから!
『…………ねぇ?……京子ちゃん………私………人間だよ………みんなと同じ血が流れてるよ………』
『…………………………………………………………………………………………………………………………………………』
『きょ…………京子ちゃん………………………ねぇ?…………何か言ってよ…………』
『……………………か……………………………………かっこえええええええええええええええ!!!!!…沙也架ちゃん、ほんまのヒーローみたいや♪罪無き人々を襲うヴァンパイアに黄金の十字架と瞳で天罰を下すスーパーヒロインSAYAKA!!!そのヒロインを陰ながら支える謎の美女!時には勇ましく、時には花束が似合う可憐なアイドルがうち!!!……はぁぁ~~…誰かうちらの姿をポスターにしてくれんやろか?…せっかくケンさんが高い衣装を買ってくれたんやし♪♪』
はは…………………その間は、今のセリフを考えていたのね………人の気も知らないで………
『…これで私も確信したよ、SAYAKA!やはり君はブラッドの正当なる後継者だ!いや、それ以上かもしれない!ブラッドはその目の能力に目覚めるまで3年かかった!何度も何度も危険な目にあいながらこの力を手に入れたというのに、君は意図も簡単にその能力を目覚めさせてしまった!…神が一粒の人類の希望を与えてくれたのだ!…』
ヒーロー?人類の希望?それって私が救世主だと言いたいの?これまで、のほほんと生きてきた私が救世主?……力も無いし、銃なんか撃てないし、一子相伝の拳法も使えないし、推理も出来ないし、料理も下手だし、恋人もいないし、デートだって3回くらいしかしたことないし、キスもまだだし、カラオケで私が歌いだしたら友達みんなトイレに行っちゃうし、傘持って出たら晴れるし、傘置いて出たら大雨になるし、中学に入学した次の日は間違って小学校に登校しちゃうし…………………………誰か私の救世主になって………お願い……悲しくなってきた。
期待されるのは誇らしい事だけども、物事には限度というものがある、確か地球の人口は60憶人だったっけ?その顔すら知らない人々の未来を私が背負う事になる!………もし、もう一人の私がヴァンパイアハンターなる私に運命を託す事になんて知ったら、お土産渡して丁重にお断りしますわよ!。
『さぁ、SAYAKA!いよいよ私達チームの出番が来たようだ!…これからmissionを説明する!しっかり聞いていてくれ!』
今更退部届けなんて出せそうもない雰囲気だ……
『みんな、これが大阪の中心部の地図だ!…これから各自の行動を伝えていくから覚えておいてくれ!』
ケンさんは大きな地図を机に広げ険しい表情で事件現場の場所を確認していく、京子ちゃんもさっきのチャライ姿は嘘のように警察官の顔に変わっている。
(凄く重い空気だ………これがプロの世界なんだ……)
身が引き締まる、その言葉の意味が良く解った気がした。