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『沙也架ちゃん…こんなに並べられたら、うち何選んだらええか解らんわ~…』
小さなブティックのハンガーに掛けてある全ての商品くらいの数を堂々と私達の目の前で披露されていた。
ちょっと何!?これがセレブの買い物なわけ!?‥ははっ‥そういえばお店で買い物は私も初めてなんだっけ……早川さんに何て言えばいいの……さっきは格好よくケンさんの真似はしたものの、今更素人面出来ません!
『あ…あの~…プロから見てこの人のイメージはどう思われますか?…』
ええい!こうなりゃ、白々しく他力本願作戦よ!…
『そうですね‥とてもチャーミングな方ですので明るいレモンイエローのタイプはいかがでしょうか?‥ちょうど今月の新作が届いておりまして、世界に先駆けて当店が最初に店頭に展示した商品で御座います‥どうぞ手にとってお確かめ下さいませ』
さすがプロね!白雪姫みたいな可愛いドレスじゃない!可愛い早川さんにピッタリだわ♪
『えっ!?‥あっ‥う‥‥うち‥‥‥‥‥‥』
『さぁどうぞ!よろしければ試着も構いませんので‥』
柔軟剤で洗ってあげたいくらいに早川さんはカチコチになりながらドレスを手にした。
『こ…これ?……これ試着しても?…』
『はい!‥あちらに試着室がございますので、どうぞ!』
『お…おほほ…な…なかなか、いいドレスでござ~すわよね……えっ!?………ちょっと!?……いっ!!!!!!!わっ!!!!』
あまりに早川さんのぎこちない動きが面白くて私はずっと眺めていると、何やら早川さんはさりげなくドレスの首もとにぶら下がっている値札に目をやったようだ。
『どうしました?早川さん?……』
仰け反る早川さんの姿に私はだいたいの予想はしながらも、白々しく聞いてみた。
『あかん!!こんなん本部長にバレたらクビやわ!…こ…こんなドレス!手を通すのも恐れ多いわ!……は……はははっ……うちバチ当たる!…』
『落ち着いて下さいよ!早川さん!どうしたの?…』
はい!早川さんのビビった理由はもう解ってま~す!そ・れ・は…値段でしょう!
『さ……沙也架ちゃん!…………こ……このドレス………は…はち!……はち!……』
『えっ?…蜂がいたの?』
『違うわ!これ!…は……87万円!……87万円やて!!…こんなん傷でもつけたら、うち三年払いのローン組まなあかんわ~!…』
早川さんは値札を見たとたんに一歩、二歩とドレスから後退りをしていく、そりゃあ誰でも芸能人じゃあるまいし、衣類で高額提示されれば後退りくらいしますわよ!
(解るわ!早川さん!私なんか購入した後に金額聞いてしまったから、どれだけ冷や汗かいたか…)
『お……落ち着いて下さい!早川さん!…これはケンさんのプレゼントなんですから、大丈夫ですって~!』
『あかん!…あかんて!…こんなんプレゼントしてもらったら、後が怖いわ!…こう見えてもうちは身持ちが固いねんから!‥うち、エッチするのは本当に好きな人と安全日にするって決めてるんやから!!!』
……………………
…………………
…………
……
……この店……クーラー効きすぎてる?………この空間だけ、かなり凍てついてますが………。
『あ………あの………お客様、御心配には及びません‥ハーバーランド様より、本部長も了承してくれているので、我々と相応しい衣装を揃えて下さいと申し付けられております』
『へっ?…ほ……ほんまに?……ほんまにええの?……ドレスだけでも中古車買える値段やで……』
早川さんはマジマジとドレスを眺めだす。
『こちらのドレスは全てシルク素材で仕立ててありまして、裾から腰部までの薔薇の刺繍は職人が一針、一針、心を込めて手作業で縫わせていただいております』
へぇ~!真っ赤な薔薇の刺繍か~…私が白百合で早川さんが赤い薔薇!…うん!正義戦隊みたいでかっこいいじゃない!
『さっ、どうぞ試着をなさってみて下さい…』
『えっ!?…あっ、ちょっと…さ…沙也架ちゃ~ん!…』
『はは!……行ってらっしゃ~~い♪』
ドレスを手にした店員さんに引っ張られ、早川巡査部長さんはあたふたしながら試着室へと連行(?)されて行った。
『十文字様、他にご要望の品はございますか?』
笑顔で手を振り早川さんを試着室に見送った後、すぐさま川上さんは私に応対を始める。
だが、早川さんと一緒の時よりも少し川上さんの表情が険しい感じがした。
『そ…そうですね………えっと………』
『丈夫な素材で動きやすく、出来ればユニフォームのように数枚替えがあり、十文字様の警護に相応しいデザインでよろしいですか?更に冬期の事も考え、夜の活動でも保温性の高い物………』
『!!!!それもケンさんからですか?…』
私は一瞬、額から汗が噴き出すとすぐさま胸元の十字架に手を添える。
『うふふっ、御心配ありません、私共はハーバーランド様より長年御贔屓にされております、ですのでハーバーランド様の活動は少々解っておる次第で御座います‥ま、深くは存じ上げませんが‥』
『そ‥‥そうでしたか‥‥ちょっと驚きました‥』
『どのようなお仕事をされるのかは解りませんが、お身体だけは大切にして下さいね…‥では、ご希望の商品をご用意いたしますので、失礼致します‥』
川上さんは私に軽く一礼すると、颯爽と部屋から出て行った、隣りの試着室では早川さんが何やら言っているようだが、はっきりとは聞こえなかった。
(はぁ~~‥ちょっとビックリした‥‥でも‥こんな明るいのにヴァンパイアが出るなんてないわよ‥)
まだ半分残っているシャンパンを立ったまま掴み、グイッと一気に飲み干して緊張で乾いた喉を潤した。
(ふぅ~~~‥‥早川さんが私の護衛‥‥‥私の盾になる‥‥‥でも、相手がヴァンパイアとは早川さんもまだ知らない‥‥きっと私と出会った事を後悔する日が来るかも‥‥)
また脳裏に無残な姿にされ殺害された観月さんが浮かんだ。
(次は‥‥早川さん‥‥‥‥‥‥‥)
私は観月さんを頭の中から消そうと思いっ切り何度も横に頭を振る。
(そんな事、絶対にさせない!‥これで早川さんまで私のせいで犠牲になったら、ヴァンパイアハンターは単なる死神じゃない!吸血鬼と一緒よ!‥‥おじいちゃん!‥本当に私‥強くなれるの?‥)
『‥‥‥様!‥‥‥‥‥‥‥文字様!‥‥‥‥十文字様!‥‥』
両手をテーブルに当てぼんやりとグラスを見つめていた私に川上さんが声をかけていた、一体私は何分間ぼんやりとしていのだろう‥。
『あっ!‥‥は‥‥‥‥はい!』
『どうかなさいましたか?…御気分でも悪くされましたか?…よろしければ奥で休まれます?』
心配そうに川上さんが私を気遣ってくれた。
『い……いえ!…あまりにシャンパンが美味しくて、グイッと飲んだらフラフラしただけです……ははっ、こんな高級なお酒初めてだから…』
『そうでしたか…心配しました』
『すみません……』
『いえいえ、何事もなくて良かったです、ではこちらがご希望の品で御座います』
川上さんはドレスをかけてある移動式ハンガーよりも、一回りコンパクトなハンガーに衣類を吊して部屋に入って来る。
『わぁ!…素敵な衣装ですね!』
『ありがとうございます、当社はレザー製品にも力を入れておりまして、是非ともレザー製品をお勧めいたします、先ほど早川様の試着の際に付き添いの者から詳細の書類を確認いたしましたところ、非常に筋肉質でスポーツマンタイプと見受けられますので、ボディーラインをはっきりした衣装がよろしいかと…』
『はぁ…………』
『それと、足のサイズを計らせて頂いた時に指先が少々冷えているご様子だったらしく、冷え症の気があるように見受けられますので、冬の期間はインナーにレオタードタイプのシャツとレギンスを着用されればボディーラインを崩さず保温も確保出来ると思います』
……凄い!もうそこまで早川さんの分析終わってるの!?…さすが高級ブランドショップ!お見逸れしました~
『へぇ~…そうなんですか!じゃぁ、そのパイプハンガーに掛けてるのは…』
『はい、先ほどドレスを選ばれた時に薔薇の刺繍が施されておりましたので、インナーからアウター、パンツまで全て薔薇の刺繍が入った物をご用意させていただきました』
『そ…それは、それはありがとうございます…』
ハンガーも左側からインナーで始まり、一番右端にはパンツが掛けられており、順番にコーディネートしやすいよう配慮されていた。
(やはりレザー製品にも力を入れてるのが解るわ~!このジャケットもさり気なく袖の部分だけ薔薇のデザインが施されていて、嫌みな部分が全然無いもの‥)
何だか私が買い物に来た気分になり、1人の時のネガティブモードはいつしか影を潜めていた。
♪コン!コン!…ガチャ!
静かな部屋にノックが響き、早川さんに付き添っていた店員さんが現れた。
『お待たせいたしました、試着と同時に少しメイクもさせていただきましたので、遅くなり申し訳ございません、只今試着が終わりましたので御確認下さいませ』
店員さんは私に一礼すると一歩前に前進し、扉の横に立ち早川さんを迎え入れた。
(わぁ、何だか結婚式みたい!新婦の入場!な感じだわ!て、事は新郎って今の私のような気分なのかな?)
私はさっきまでの早川さんの衣装を思い出していた、あのギャル系普段着ならすれ違う人も絶対早川さんは警察官だとは想像すらしないだろう、その早川さんがどのようにafterしたか期待に胸を躍らせていた。
(言いたい!何て事でしょう~~~!って言いたいわ!!)
扉の奥からチラリとレモンイエローのドレスが顔を出した。
『!!!!わっ!!!素敵~~~!!は……早川さんですよね?』
何て事でしょ~~!扉に佇む早川さんはポニーテールだった髪を下ろし、左側だけ三つ編みにされ、ほとんどスッピン状態だった顔にはきっちりとメイクが施されている。
『さ……沙也架ちゃん?…ど……どうかな?私…似合ってるかな?…』
(あら?‥お決まりの《うち!》とか、《どない?》とかのセリフはどこに行きましたの?)
やはり衣装が変われば性格も変身するのだろうか?下町お姉チャンから山の手お嬢様の雰囲気が溢れ出している。
『綺麗です…本当に早川さんですよね?…』
『そうよ、沙也架ちゃん!ずっと一緒だったじゃない…うふふっ♪おかしな沙也架ちゃん……』
いえいえ!おかしくなってるのはあなたですからーー!!
『では、コーディネートの説明をさせていただきます、このドレスは首もとから胸元にかけて広がっておりますので、首もとを強調するようドレスの色を参考にルビーを装飾したチョーカーを着けさせていたしました』
(えっ!?あのチョーカー、本物のルビーなの!?…結構大きいわよ!)
川上さんの言葉に一瞬、私と早川さんは口元をヒクヒクと上にひきつらせた…。
(チョ………チョーカーだけで……い……いくらするの………)
『更に胸元から下にいきますと、お色直し道具を入れるバッグをご用意させていただいております、ドレスが全体的に明るい色でコーディネートしておりますので、バッグはクロコダイルの黒タイプにさせていただきました』
(ク………クロコダイルって……ワニ!!………ワニ皮!?………ど………どうしよ!……ワニ皮って……絶対高い!)
もうすでに早川さんの瞳孔は開きっぱなしになっている、引きつった私の口元からは涎が流れそうだった。
『そして最後にヒールですが、こちらもずっと身に着けているアイテムですので、チョーカーと色を合わせて赤をご用意いたしました‥いかがですか?』
(は………はは……どれ1つ欠けても釣り合わないようになってる………プロ!まさにプロだわ!……出来ればバッグとチョーカーはキャンセルしたいけど……絶対言えない雰囲気になってる………どしよ…)
『いかがですか?早川様?』
『は?………はい、わ……私じゃないみたいです…………』
女の子なら誰でも憧れるお姫様のような姿、それは早川さんでも例外ではなかった、鏡に映る自分の容姿にうっとりしていた。
(こうなってしまったらキャンセルなんて出来ないわ…この先、早川さんには信じられない出来事が沢山起こる…命の危険も…ケンさんだってその事は解ってくれている…今は、女の子の夢を叶えてあげよう…)
『本当に早川さん素敵ですよ!川上さん、ではこれ一式をお願いします』
『えっ!?…ちょ…ちょっと沙也架ちゃん!……いくらなんでも!…』
『私はケンさんに言われた通りの事をしているだけです、後はスーツと先ほどお願いした衣装を用意して下さい』
『ちょっと、沙也架ちゃん!いくらなんでも、それはあかんて!!間違いなくうち懲戒解雇になるわ!あかん!あかん!…』
顔面蒼白になりながら早川さんは必死に私を止めようとする、その姿に私はニコリと笑いVサインを送る。
『畏まりました、サイズは先ほど確認しておりますので、後ほど宿泊先にお届けにあがります、本日は当店をお選びいただき誠にありがとうございました』
川上さんと店員さんは私達に深々と頭を下げると、店員さんはまた早川さんを連れて試着室に戻っていく。
『あの…川上さん?…宿泊先をご存知なのですか?』
『はい、既にハーバーランド様より伺っております…十文字様…私のような者が軽々しく言える立場ではございませんが、まだまだ人生は長いです!決して命を無駄にしないで下さいね…きっとですよ!』
『川上さん……グスッ………ありがとうございます……』
優しい川上さんの言葉に目頭が熱くなった、私達の仕事は詳しく知らないにせよ、その言葉は私に勇気を与えてくれた。