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吸血鬼には白い百合の花を!  作者: 夕風清涼
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異国の訪問者

ヴァンパイアって知ってます?そう!吸血鬼ですよね、十字架やニンニクが大嫌いで私のような可憐な美女の生き血を求めるモンスター!

私…今日まで吸血鬼って映画やテレビや小説だけだと思ってたんですけど、まさか!こんな目に遭うとは思っていませんでした!

《ヴァンパイアハンター沙也架!》


はぁ~~~…中二か私は………どうぞ笑ってくださいまし!…へなちょこな私を……

『うっ‥うぅ~ん‥‥』


夏の早朝まだ梅雨明け宣言も出ていない季節、部屋の不快な湿度で私は目覚める。


(まだ五時半じゃない‥)


ベッドの中で天井を見上げながら手のひらで首筋をなぞる、霧吹きを浴びたようにベットリとした感触が首から胸元にかけてまるで冷えたグラスの結露のように汗が浮き出していた。


(ふぅ~‥朝から不快な気分だわ‥また今日から一週間が始まるってのに‥‥)


月曜日の朝は特に気分が冴えないものである、更に目覚めから不快感に襲われると尚更だ、私は着替えをクローゼットから出しこの不快感を早く解放させる為浴室に向かう。


(はぁぁ~‥また今日から一週間が始まるのか‥‥)


ドレッサーの鏡をやり切れない表情で私は見つめる、寝ぼけ眼で鏡に映る右の瞳がサファイア色にぼんやり輝いていた。


(そんな色で私を見つめないでよ!)


私の両親は共に日本人だが母方の祖父はヨーロッパのある国の地方出身らしく、祖母も母が独身の頃に亡くなったそうで、祖父と祖母の出逢いについてはあまり詳しい事は母からも聞かされていなかった。


(本当にうんざりだわ!)


左目は日本人と同じく黒いが右目は祖父からの隔世遺伝なのか地中海の海のように青く透き通った瞳でいわゆる私は金銀妖瞳ヘテロクロミアだった。

幼い頃からこの瞳のせいでよく学校でもイジメに遭い、中傷な噂をたてられたりして何度もこの妖しげな瞳を潰したいと部屋で泣きながら思っていた。


母はその度に私を強く抱き締め祖母からの言葉を言い慰めてくれた。


《一眼は夜の闇を…一眼は空の青を抱く…これは遠い遥か昔にあなたと同じ目をした暑い国の王様が言った言葉…あなたは天から選ばれた子なのよ…》


いまだに母の言葉は理解出来ていないが、今からちょうど三年前…私が高校三年生の時に母は父と祖父の育った国に向かう途中に強盗に襲われ、父と共に異国の地で他界した。


現地の警察から報告された内容は、父がかなり抵抗した為に焦った強盗が氷を砕くピックのような物で首筋を二箇所刺し、更に口封じの為に母の首筋も二箇所刺して逃走したらしいが、たった二箇所をピンポイントに刺して致命傷を負わす犯人が、はたしてその時慌てていたのか今だに私は疑心暗鬼にとらわれていたが、いまさらどうする事も出来ない私は自分の無力さに虚しさを感じていた。


両親が他界してからの私は父の親戚に身を寄せ、高校を卒業するまで叔父叔母夫婦に世話になった、大学に合格した時には、叔母が大切に保管してくれていた両親の保険金が入った通帳を渡してくれた、私は世話になった分受け取りを拒絶したが、孤独の私を不憫に思ってくれていたのか、叔父と叔母はほぼ強引に通帳を私に手渡した、有り難く通帳を受け取った私はそれを元手に自立生活を始めた。


(あれから三年……もうすぐお父さん達の三回忌か……)


今でも時々、携帯電話が鳴ると両親からだと錯覚を起こす事もある、それはまだ自分自身が両親の事故を受け入れずにいるからとも言える。


衣類を脱衣籠に脱ぎ捨て髪をまとめ上げる、スライドドアを押し込むように開き私は浴室へと入り給湯器のボタンを押す、クイズ番組の正解音のような音色が響く中、急いでお湯を出し身体の汗をながしていく。


(早くシャワー浴びて朝食を取ってバイトの準備をしなきゃ!)


ボディーシャンプーの泡が胸元から足の太股にかけて勢いよく流れ落ちていく、このまま嫌な思い出も一緒に流れて欲しいと心の中で呟いた。


さっきまでのベタついた肌が嘘のようにサッパリし、新しい服に着替えるとそのままキッチンに向かい、冷蔵庫からペットボトルのアイスコーヒーと牛乳を取り出して5対5の割合でカフェオレを作り、最近流行りの惣菜パンを手にしてリビングのテーブルに着いた。


『……いただきます…』


いつものように1人で食事を始めるのだが、幼い頃から両親に食前食後の挨拶を教え込まれていた事が今だに抜けないでいる。


(はぁ~‥今日もバイトか‥‥気が重いな‥)


友人の白井優香に誘われ、夏休み期間中だけのコンパニオンのバイトをする事になったのだが、かなり大々的なイベントなのか協賛企業も大手揃いな事もあり、マスコミもほぼ毎日取材に押し寄せるほどの盛況ぶりで、私は大勢のお客様を相手に応対する事にかなり疲労感が募っていた。


『大ヨーロッパ歴史秘宝展か‥‥後、4日もあるのか‥‥』


テーブルの上に放置されたチラシを私は恨めしげに眺める、このイベントはヨーロッパ各国の秘宝や絵画などの芸術品を日本で初めて展示する企画となっており、一番の目玉は時価17億円の世界最大のサファイアとルビーが装飾されたダイヤモンドの王冠だ、しかし私は担当しているブースが違う為、まだ王冠を見る事は出来ずにいる。


(どうして私は肖像画ブースの担当なのよ…誰だか解らない貴族の絵なんて、本当に観て喜ぶ人が居るのかしら?……)


中世時代の肖像画の中に1日立ち尽くし、詳しくもない知識で笑顔を作り来客に説明する仕事がかなりストレスになっていた。


(はぁ~……それだけじゃないのよね………)


どちらかと言うと、もう一つの事が私にとっては気が重い理由となっていた。



『あっ!?もうこんな時間じゃない!今日は各国の偉いさんが来賓で来るから早く集合しなきゃいけなかったわ!』


慌ててパンを口の中に詰め込むとそれを押し流すようにコーヒーを飲み干す。


『はぁ~…ご馳走様!』


パンの包みとグラスをそのままにして、洗面所へと駆け出し歯を磨きながら化粧の下地を作り始める、いつもながら器用な事をするなと感心しながら口をゆすぐ頃には寝起きの時とは違う顔に変身しつつあった。


(よし!後は…)


すぐさまタオルで口を拭き寝室の鏡台に向かい最後の顔の仕上げに入る、職場は常に空調されているので保湿性の高い化粧品をメインにし、リップクリームも接客にふさわしい色を選び、グロスをしっかりと使い保湿性を強調した。


『よし!完璧!…急がなきゃ優香が駅で待ってるわ…』


寝室から玄関に行きヒールを履くとすぐに部屋の鍵を閉めマンションを飛び出した。


(何とかギリギリ間に合うかな?)


私のマンションから駅までは徒歩で7分くらい距離だが優香と待ち合わせている時間は残り5分を切っていた。


マンションのエントランスを通り抜け、市道に出ると左に曲がる、街路樹のある緩い坂道を小走りで下ると駅前商店街のアーケードが見えてくる。


(はぁ、はぁ…ヒールで走ると足が痛い~…はぁ、はぁ!)


商店街のアーケードをくぐり抜け駅へと足を向ける、まだ朝の時間だからか、揚げ物やソースの香りがしてくる商店街も昨日に廃棄した生ゴミの臭いだけが私の鼻を刺激していた。


(はぁ!はぁ!…もうすぐ駅だわ…)


商店街を抜けると駅の券売機の前に優香が両手でバックをぶら下げて私を待っていた。


『はぁ!はぁ!…ごめん、優香!待った?』


約束の時間に1分遅れてしまい私は優香に謝りの言葉を告げた。


『おはよ、まだ電車には間に合うから、気にしないで!さっ行こっ!今日は緊張する日だからね…』


私達は券売機で切符を購入しホームへと歩き出した。


『今日はVIPが来るんだよね~!なんか緊張しちゃうわ!壺に興味ある人居るかな?ねぇ?どう思う?』


『壺だったらよくテレビで大使館とかの映像が映った時に見かけるから、興味ある人も居ると思うよ~、それにくらべ私のブースはまずありえないわね…素通りされるんじゃないかしら?…まっその方が楽だからいいけど……』


私達がホームに到着すると同時に電車が入ってくる、いつもより早い時間だったからか車内はかなり空いていた。


『良かったわね♪初めて座れるわ♪ほら、早く!』


扉が開くと優香は一目散に座席に座り私を手招きした。


『慌てなくても座れるよっ!……』


私は優香の横に座り車内を見渡した、車内のドア横にはこれから私達が向かう秘宝展のチラシが掲示されていた。


(今日も1日ここに居なきゃいけないのね…はぁぁ‥あの感じが無ければもっと気持ちが楽なのに…)


やり場のない不安感を乗せて列車はパビリオン会場の駅へと走り出した。


列車は静かに速度を上げて高架橋を登り私達の住む街並みの風景を車窓に映し出していく、流れる景色を眺めながら私は言葉では表現出来ない胸のざわめきを感じていた。


(何だろ?いつもパビリオン会場に近づくにつれて胸のざわめきが激しくなる…恐怖?…焦り?…使命感…怒り…全てが合わさったようなこの気持ちは何なのかしら?…)


もしこの車両に誰も居なければ、両手でシートを何度も叩いて胸のざわめきを抑えようとしただろう…こんな気持ちになるのはコンパニオンという仕事が自分には不向きだったから精神的に出るフラストレーションが原因だと思っていた。


『ねぇ?顔色悪いみたいよ……大丈夫?』


優香が私の顔を覗き込み不安げな表情をしている。


『だ…大丈夫よ…連日の人の熱気に疲れてるだけだから…ごめんね、心配かけて…』


自分自身も今の気持ちを上手く表現出来ないのに聞かされる優香は更に解らないはずだ、私はとりあえず疲れを理由にその場をしのいだ。


列車に10分ほど揺られていると次第にパビリオン会場の屋根が視界に入ってくる、列車の窓から見える空は爽やかな晴天が広がっているが、なぜか私の目にはパビリオン会場の屋根辺りだけは薄黒い霧のようなものが覆っているように見えた。


(えっ!?…もしかして目まで疲れてる?)


私は左の黒い瞳を閉じて右の青い瞳だけでパビリオン会場の屋根を見つめた、しかし屋根には黒い霧のようなものは見えなかった…。


(おかしいわね……何なのかしら?……)


今度は右の瞳を閉じて左の瞳を開けた。


(!!!何よ!これ!!)


左の瞳からは、ハッキリとパビリオン会場の屋根に雨雲のようなモヤモヤした黒い霧が見えていた。


(どうして左目だけあんなのが見えるのよ…網膜の異常?それとも眼球がどうかなった?)


もう一度右目を瞑り左目だけで会場の屋根を見ようとした瞬間、列車は無情にも駅に到着してしまい駅舎の陰で屋根を確認する事が出来なかった。


(あんっ、もう少しだったのに!)


私はしょうがなく到着した駅名の看板に向かって右目と左目を交互に瞑り、視覚状態を確認してみる。


(……やっぱり何も起こらないわね…何だったのかしら?あの黒い霧というか雲みたいなのは…?)


『ねぇ?さっきから誰にウインクしてるの?前のシートに誰も座ってなかったよ~!』


列車がホームに到着するアナウンスが車内に流れると、それを合図かのように私達は座席を立ち扉の前へと移動する。


『別にウインクしてたわけじゃないの…ねぇ優香?電車の窓から会場の屋根見た?』


自分でも無意味な質問だと解ってはいたが、あんな不思議な現象を目の当たりにしたのだから、もしかすると優香も目撃していると思って聞いてみた。


『へっ?……ずっと見えてたけど、梅雨の中休みで今日はいい天気だな~って………なに変な事聞いてるの?』


たぶんそう言うだろうと思ってはいたが、更に私には異様なわだかまりが複雑な心境の中に追加された。


列車は駅に停車し、ゆっくりと扉が開いていく、この扉を抜け出せば私は異世界へと歩み始めてしまうような感じがした。


あれはたぶん目の錯覚だったのだろう…………


何度も漠然とした不安感を消す呪文のように心に言い聞かせて、私は列車を降りた。


ムッとする梅雨時の暑さが得体の知れない妖気のように全身を覆い尽くし、息苦しくなるほど不快指数が上がっていく。


ホームの階段を降り改札口を出ると、すぐ前にパビリオン会場までの道順を示す大きな看板が目に入る、その看板に従って毎日私達は会場まで向かっていた。


『はぁ~‥今日は緊張するね!‥各国の偉い人の視察か~‥石油王の御子息とか貴族の独身男性とか来ないかな~?玉の輿のチャンスかもよ~♪』


『どうせオッサンとオバサンばかりよ‥‥‥』


駅から離れパビリオン会場に続く長い歩道橋を歩くと、右側の街路樹の隙間から会場の大きな銀色の屋根が現れてくる。


(…………!!何だろ?この胸騒ぎ…心のざわめきは……またあの感情が……)


会場が近づくにつれモヤモヤとした感情が強くなっていく、私はそれを抑えつけながら会場内に入り制服に着替えた。


(今日も1日これを着るのね…)


鏡の前で最後の身嗜みをチェックする、夏らしいスカイブルーを基本とした色彩の制服に同色のベレー帽、首には白のネッカチーフを着けた私の姿が映っていた。


(いつもながら思うけど、新しい航空会社のパーサーみたいね…)


最後のチェックを済まし朝礼会場に足を運ぶ、会場にはすでに多くのコンパニオンが朝礼開始を待っていた。


♪ピー…ピー……


『あっ!……あっ!……皆さんおはようございます!』


運営責任者がお立ち台にマイクを手にして挨拶をする、朝礼の始まりだ。


『本日はいつもより早く会場入りしていただき、誠に申し訳ありません!かねてより通知していましたように、間もなく各国の来賓がここに見学に来られます!そこで、各ブースのコンパニオンにはより良い案内が出来るように通訳者を付けますので、しっかりとした案内をよろしくお願いいたします!…では、説明担当のコンパニオンは隣の部屋に来て下さい!今日も1日よろしくお願いします!』


全員で挨拶を済ませると私は隣の部屋に向かった。


『ちぇっ!私は総合案内担当だから、関係無いか!…じゃ、頑張って玉の輿狙ってね!』


優香は私の肩をポンと叩き、受け持ちの場所に向かっていった。


(まったく、人の気も知らないで……)


私は隣の部屋の扉を開けて中に入った。


『あっ!…あ~!……それでは皆さんお集まりですか?…ではこれより、名前を呼びますのでその方は前に来ていただき、パートナーの通訳の方と挨拶をして下さいね!………では、彫刻ブースの…………………』


責任者は時間を気にしながら早口で次々とコンパニオンの名前を読み上げていく。


『次に、肖像画ブース担当の《十文字沙也架》さん!』


『はい!』


本音を言えばあまり人前で自分の名前を呼ばれたくはなかった……十文字って、名前だけ聞かされると決まって武骨な侍の名前にイメージを持たれるからだ…今だってそうだ‥何人かのコンパニオンがジッと私の姿を眺めている、私を見ながらヒソヒソと隣の人に耳打ちしている人もいた…。


(はぁ~…もう慣れたとはいえ、やっぱりいい気分じゃないわ…)


私は責任者に案内され通訳の人を紹介された、その方は長身でロマンスグレーの髪に銀縁メガネの外国人のおじさんだった。


『初めまして、十文字沙也架です…今日はよろしくお願いします…』


『…………………』


(何?このおじさん!私の挨拶が解らないのかしら?…)


『……あなたが……沙也架さん?………大きくなられた…私は、《ケン・ハーバーランド》と申します‥やっと逢えましたね‥』


(何!?このおじさん!‥今の話し方だったら、私の事を知ってるみたいじゃない!)


『あの‥‥‥どうして私‥‥‥』



『はい!それでは自己紹介も済んだようなので、皆さんはすぐにブースへ移動して下さい!!』


私の声をもみ消すように責任者のマイク音が部屋内に響き、ざわざわとした空気に変わった。


『とりあえず、話しながらブースに行きましょう、沙也架さん…案内をお願いします…』


少し人見知りな性格の私は初対面の人に色々聞けるわけもなく、ましてやこのケンというおじさんは、幼い私を知ってるとの事で余計に頭がパニックになっていた。


(私…こんな外国人のおじさん知らないんだけど…この人は人違いしてるのかな?………それとも…お父さんとお母さんの事件担当の人かな?)



『あの…以前…どこかでお会いしましたか?…本当に申し訳ありませんが、私にはケンさんの記憶が無いんです…』


肖像画のブースは絵画との事もあり、パビリオン会場の中ではやや賑やかな場所から離れた奥のエリアに設けられている、2人の足音を通路に響かせながら私達は歩き始めた。


『沙也架さんが私の事を知らないのは当然ですよ、私も沙也架さんの写真でしか知らないのですから!』


『写真?…………』


『はい…沙也架さんはお祖父様の事は覚えておられますか?』


‥‥‥そういえば


母からは自分が高校三年生の時に失踪してからは全く消息不明で手掛かりも掴む事は出来なかったと教えてくれた‥‥


実はその話しを母から聞いた時はかなり身勝手な祖父だと思い、私としては許せなかったが母はなぜか姿を消した祖父に対して私怨を持っているようには見えなかった。


‥‥結局、おばあちゃんが亡くなった時も姿を見せなかったらしいし‥‥あれからお母さん、かなり苦労したそうだけど‥‥どうしてこの人は祖父の事を?‥


『お祖父様を恨んでいらっしゃるようですね‥しかし、あの時はそうするしか手段がなかった‥‥お祖母様とお母さんを守る為には‥‥』


一体、この人は何言ってるんだろ?‥‥


『本来なら私はあなたの前に現れるつもりはなかった‥心穏やかな生活をお祖父様の件で崩す事は無いだろうと思っていました‥しかし‥‥ニュースと新聞であなたの御両親が悲しい事故に遭われた事を知り、どうしても私は早急にあなたに遭わなければならなくなり、ずっと沙也架さんを探していたのです‥』


ケンさんは眉間にシワを寄せ険しい表情で話しを続けた。


『実は二年前からすでに私はある機関に願い出てあなたを発見していました、しかし何事もなく普通の学生生活を送られているとの報告を受け安心していたのです‥‥このイベントが始まるまでは‥‥』


『このイベント?‥‥‥』


私達は肖像画のブースに到着した、やや照明を薄暗くしているせいか空調の風が冷たく感じる、ケンさんは左右の壁を見渡し深い深呼吸をした。


『報告によると、あなたはこのイベントスタッフ‥それも肖像画ブースの担当になった事を私は知り、そして‥名称はまだ言えませんがその機関の協力であなたの通訳者になり、あなたに遭うことが出来た‥‥』


‥‥一体この人何なの?‥‥


ケンさんはブースに入ると肖像画に近づく事すらせずに中央の通路を目を瞑り何かを感じ取るかのようにゆっくりと歩き出した。


(‥‥何してるのかしら?‥‥もうすぐ開場時間なのに‥)


カッ♪コッ♪‥‥‥カッ♪コッ♪‥‥


静かなブースにはケンさんの足音だけが響く。


『!!……貴様か!!沙也架の存在をノスフェラトゥに伝えたのは!!』


いきなりケンさんは右側のパーテーションに掛けてある貴婦人の肖像画に怒声を浴びせた。


(ケンさん!!何?いきなり大声で!絵に向かって…)


目を細め鋭い視線でケンさんは肖像画を睨みつけている。


『沙也架さん?…あなたはここに居る間…ずっと視線を感じていませんでしたか?……』


!!!!!!


私はケンさんの言葉に全身から寒気がした!……そう!……私がこの仕事を不快に感じていたのは、何とも言えない不気味な視線を常に感じていたからだ。


『ど……どうして解ったのですか?…』


私は怪談話を聞かされているような緊張感を持ちながら恐る恐るとケンさんに近づいていく。


『NO!!!!沙也架!ここの前に立ってはいけない!来てはいけない!…』


ケンさんは私を制止した、私は完全にパニクっていた。


『一体!何なんですか!私を怖がらせたいのですか?』


今にも私は泣き出しそうになりながら、ケンさんに言い寄った。


『NO!沙也架…私はあなたに真実を告げに来た…今、私が感じた気配…ブラッドの孫のあなたならすでに気が付いていたでしょう?』


《ブラッド》!!…確かお祖父様の名前だ…お母さんから聞いた名前だ…。


『ケンさん…な…なぜ祖父の名前を?………』


私は両足のかかとがピリピリと震えだし、今にも卒倒しそうな緊張感が全身を支配していった。


『まだあなたの年齢くらいの時にブラッドと私は神の加護の元にチームを組んでいました……当時、まだ私は青二才でいつもブラッドに助けられていました……』


『チーム?………チームとは何ですか?』


私は開場時間が迫ってくる焦りを感じながらも、まだケンさんの言葉が掴む事すら出来ずにいた。


『沙也架…この肖像画のモデルは《エリザベール・バーリー》残虐貴婦人……血の杯を飲み干す魔女……ブラッドと私の宿敵ノスフェラトゥの従者……ブラッドが身を隠したのも、沙也架の両親が殺されたのも、全てノスフェラトゥの差し金………沙也架!お祖父様は家族を守る為に、敢えて姿を隠した…決して逃げたのではない!ブラッドは世界最高のヴァンパイアハンターだったのだ!…』


……ヴァンパイア?……この人、ホラー映画の観すぎでどうがしてるのかしら?…こんな話し小学生に言っても笑われるわ…


『私を馬鹿にしてるんですか!!ヴァンパイアって、吸血鬼の事でしょ?…あれは小説や映画で作られた話じゃない!そんな事を言う為にわざわざ外国から来たの!ふざけないでよ!』


恐怖心から一気に中二ストーリーを聞かされたせいか、怒りがこみ上げてくる。


『………しょうがありません……少々危険ですが、証拠をお見せしましょう!さぁ、沙也架!このエリザベールの肖像画の前に立ちなさい…』


ケンさんは肖像画の前で私を手招きする、呆れ顔で私は歩き出した。


『この絵がどうかしたんですか?この手の肖像画は他にも………!!!』


……何!?…この感覚…あの不快感だわ!…この絵の前に立つと凄く不気味な視線を感じる!……


横が60センチ、縦が1メートル強ほどの額縁に真っ赤な中世時代のドレスを着て、黄金色の髪を真上に纏め上げていたからか、やや目つきはつり上がってはいるが年齢としては30代半ばくらいの貴婦人が描かれていた。


(何だろ?…この女性の瞳…ずっと私を見つめてる気がする……)


私の右目と同じ色の瞳が冷ややかに見つめている。


『何か感じますか?……沙也架?……』


ケンさんはスーツのポケットに右手を入れたまま、肖像画を射抜くような目つきで私に視線を合わせずに問いかけてくる。


『……嫌な…そう、憎しみ…獲物を狩る飢えた狼のような目………寒くて…血が凍りつくような…表情……』


肖像画の女性を見つめていると次第に私は貧血のように、ふらふらと身体が揺れ始めた。


『沙也架!!!気をしっかり持って!…右目を閉じて左目だけで絵を見るんだ!』


私はケンさんに言われた通り右目を瞑り、左目を開けた。


『!!!!………こ!……これって!何なの!!うっ…うっ!』


今朝の電車内での出来事と同じように、両目では気が付かなかった物が左目だけで見ると現れる!


左目で見た肖像画の女性は口の周りにベットリと血がまとわりつき、眼光は異様なまでに赤く輝いていた、私はその姿に吐き気をもようしてしまう。


『沙也架!もう少しの辛抱だ!…今度は左目を閉じ、右目を開けて肖像画に向けて指を差して十字を切ってみるんだ!』


言われるがままに私は早くこの不快感を消す為、右目で肖像画の女性を見据えながら指で十字を切った!


《グェェェェ~!!》


一瞬、肖像画の女性の顔が歪み耳の奥で悲鳴が聞こえたように思えた、私はそれと同時に意識を失いケンさんに倒れ込んだ。

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