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冷徹CEOは路地裏のΩに番の印を刻む〜効率主義のスパダリが小さな古書店と俺を溺愛して離しません〜  作者: 水凪しおん


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第1話「システムエラーの雨」

登場人物紹介


九条零くじょう れい

28歳。気鋭の巨大IT企業CEO。α。データと効率を最優先し、デジタル社会の最前線を走るが、激務と孤独からフェロモンバランスを崩しがち。不器用だが、一度心を許した相手には深い愛情を注ぐ。


小鳥遊文たかなし ふみ

25歳。路地裏にある古書店「小鳥遊書房」の若き店主。Ω。紙の本の手触りや、ゆったりと流れる時間を愛する。穏やかで芯が強く、自分の価値観を大切にしている。


千石進せんごく すすむ

30歳。九条の右腕として働くCOO。β。冷徹に見える九条の人間らしい一面を理解し、陰ながらサポートする有能なビジネスパートナー。


万丈目学ばんじょうめ まなぶ

26歳。文の幼馴染で、書店の近くでカフェを営む店長。β。文の保護者のような存在で、九条が文に近づくことを最初は警戒する。


億田円おくだ まどか

45歳。九条のライバルIT企業の社長。α。強引で利益至上主義な性格。小鳥遊書房のある一帯を再開発するため、非道な手段で文に立ち退きを迫る。


兆野広ちょうの ひろし

22歳。九条の会社に入社したばかりの新入社員。β。生粋のデジタルネイティブだが、小鳥遊書房のアナログな空間に魅力を感じ、SNSを通じてその価値を新たな形で広める。

 灰色の空から落ちてくる冷たい雨粒が、高層ビルの窓ガラスを滑り落ちていく。

 九条零は、執務室の革張りの椅子に深く体を沈めたまま、無機質な雨の軌跡を目で追っていた。

 机の上に置かれたスマートフォンの画面には、次々と新しいメッセージの通知が浮かび上がっては消えていく。

 すべては最適化されたプログラムのように、滞りなく進んでいるはずだった。

 九条が率いるIT企業は、市場の頂点に君臨し続けている。

 彼の脳内で処理される膨大なデータは、常に最短距離で最大の利益を弾き出していた。

 だが、どれほど効率を追い求めても、埋まらない空洞が胸の奥に口を開けている。

 ふいに、頭の芯を鋭い痛みが突き抜けた。

 九条は眉間にしわを寄せ、右手でこめかみを強く押さえる。

 視界がわずかに歪む。

 浅い呼吸とともに冷や汗がにじみ出てくるのを感じた。

 αとしての優れた身体能力と知性は、九条に多くの成功をもたらした。

 しかし、感情を切り捨ててデータにのみ向き合う日々は、知らず知らずのうちに彼のフェロモンバランスを狂わせていた。

 抑制剤を飲んでごまかすことにも、すでに限界が近づいている。

 喉の奥が砂を噛んだようにひどく渇く。

 正体のわからない熱が、ざわざわと血脈を駆け巡った。


『少し、外の空気を入れよう』


 誰に言うともなく心のなかでつぶやき、九条は椅子から立ち上がる。

 秘書には何も告げず、足音を殺してオフィスを抜け出した。

 エレベーターが静かに一階へと降りていく間も、九条は壁に寄りかかり、荒れる呼吸を整えるのに必死だった。

 外に出ると、冷たい雨の匂いが鼻を突く。

 傘も持たずに歩き出した九条の肩を、無数の雨粒が叩きつける。

 上等なスーツが水分を吸って重くなり、肌から体温を奪っていく。

 それでも、冷たさが今の彼にはちょうどよかった。

 頭の中でうごめく熱を、冷たい雨が少しだけ冷ましてくれるような気がした。

 あてもなく歩き続けるうちに、無機質な灰色のビル群はいつの間にか姿を消していた。

 古びた建物が立ち並ぶ細い路地へと迷い込んでいた。

 足元のぬかるみを避けるように歩を進めるが、視界の端が暗くかすみ始める。

 フェロモンの不調によるめまいが、容赦なく九条の足から力を奪っていく。

 壁に手をついて立ち止まり、助けを呼ぼうとポケットからスマートフォンを取り出した。

 しかし、黒い画面はうんともすんとも言わない。

 充電が完全に切れていることに、九条は初めて気がついた。

 常に完璧なスケジュールで動いてきた彼にとって、バッテリー切れという初歩的なシステムエラーはあり得ないことだった。


『こんなところで、ばかげている』


 自嘲するようにつぶやき、九条は重い頭を上げた。

 視線の先に、周囲の薄暗さとは対照的な、温かなオレンジ色の光がこぼれているのが見えた。

 色褪せた木製の看板には、かすれた文字で「小鳥遊書房」と記されている。

 雨脚が強まり、冷気が骨の髄まで浸透してくる。

 九条はふらつく足を引きずりながら、その小さな光の源へと歩みを進めた。

 木枠の扉に手をかけ、ゆっくりと押し開ける。

 頭上で小さなベルが控えめに鳴った。

 その音は、張り詰めていた九条の神経をなぜか少しだけ緩ませた。


「いらっしゃいませ。ひどい雨でしたね」


 店番のカウンターから、柔らかい声が響いた。

 九条が視線を向けると、一人の青年が立ち上がるところだった。

 手には一冊の古い本が握られており、青年の指先は紙の質感を慈しむようになぞっている。

 青年が顔を上げ、九条と視線が交差した。

 その瞬間、九条の肺を満たしていた冷たく湿った空気が、別の何かに塗り替えられた。

 それは古い紙とインクの匂いに混じる、甘く静かな香りだった。

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