第5話:聖女、ハイテク機器の前で『奇跡』を無駄打ちする
大手電機メーカー、東日本クリーンエナジー研究所。
白一色の清潔なロビーに、異世界の法衣をまとったルミナと、ヨレヨレのスーツ姿の佐藤健斗は立っていた。
「……ここが、地界の英知が集う場所ですか。昨日から驚かされてばかりですが、やはり無機質で冷たい場所ですね」
「効率を突き詰めると、どうしてもこうなるんです。さあ、ルミナ様。今日はあなたの『光魔法』をこの測定器にぶつけてもらいます」
案内された実験室には、巨大なパラボラアンテナのような装置と、無数のモニターが並んでいた。白衣を着た研究員たちが、物珍しそうにルミナを見ている。
「佐藤。私は見世物ではありません。私の『聖なる光』は、神への祈り。それをこのような鉄の塊に注げと言うのですか?」
「『就労ビザ』の申請書類に、あなたの最大出力(kwh換算)を書かなきゃいけないんです。ルミナ様の光で、何世帯分の電気が賄えるか……それがあなたの『市場価値』になります」
ルミナは鼻で笑った。
市場価値。この男はどこまでも世俗的だ。だが、昨日の電車の熱がまだ耳に残っている。彼女は杖を構え、深く息を吸い込んだ。
「よろしい。地界の技術とやらが、私の奇跡を計りきれると思わないことですわ!」
ルミナが呪文を唱え始めると、室内が黄金の光に包まれた。
空気そのものが震え、パチパチと静電気が走る。
次の瞬間、杖の先から放たれた奔流のような光が、測定用の受光板に激突した。
「すごい……! 理論値を超えています!」
「熱変換効率がほぼ百パーセント!? これならタービンを回す必要すらないぞ!」
研究員たちが歓声を上げる。
ルミナは得意げに健斗を振り返った。どうだ、と言わんばかりのドヤ顔だ。
しかし、その直後だった。
「ピーーーーッ!」というけたたましい警告音が室内に響き渡る。
「……え?」
「オーバーロードです! 受光板が持ちません! 佐藤さん、止めてください!」
装置から煙が上がり、火花が散る。
ルミナは慌てて魔法を止めたが、時すでに遅し。高価そうな測定器は、黒焦げの鉄屑へと成り果てていた。
「な、何事ですか!? 私はただ、光を放っただけで……」
「……あーあ。受光器の限界値を、ルミナ様が無視して出力しすぎたせいです。これ、特注品なんですよ」
健斗は頭を抱え、懐から手帳を取り出した。
ルミナは、自分のせいで貴重な道具が壊れたことを悟り、急速に青ざめていく。
「ど、どうしましょう、佐藤。私は、良かれと思って……。これ、すごく高いものなのでしょう? 弁償……弁償ですか!? 私の支給金、何年分ですか!?」
先ほどまでの尊大な態度はどこへやら、ルミナは健斗の袖を掴んで、半泣きで縋り付いた。
聖女といえど、未知の土地で「多額の損害賠償」という言葉は、何よりも恐ろしい呪文に聞こえた。
「大丈夫ですよ。……僕が事前に『損害保険』の特約を結んでおきましたから」
健斗はさらりと、一枚の書類を研究員に手渡した。
「異世界実習生の『予測不能な事態』に備えて、全損対応の保険に入っています。書類仕事は増えますが、金銭的な負担はISDAと保険会社で持ちます。ルミナ様に請求が行くことはありません」
ルミナは呆然とした。
昨夜、あの山のような書類に向き合っていたのは、自分を「データ」にするためだけではなかったのか。
自分が暴走した時の責任を、この男がすべて背負う準備をしていたのだ。
「……佐藤。あなたは、私が失敗することを見越していたのですか?」
「失敗じゃありません。想定内です。僕の仕事は、あなたの『不測の事態』を管理することですから。……さ、実習初日はこれで終了です。帰りに、またコンビニ寄りますか?」
健斗は、壊れた装置の後片付けを始めた。
ルミナはその広い背中を見つめながら、胸の奥が熱くなるのを感じた。
(……この男は、不遜だ。失礼だ。そして、どこまでも自分勝手に私を守る……)
ルミナは、誰にも聞こえない声で呟いた。
「……次は、失敗しませんわ。……絶対に、あなたの仕事を増やさないように……」
聖女ルミナの、初めての「自覚」だった。
自分を管理するこの死んだ魚の目をした事務員を、少しでも楽にさせてあげたい。
そんな小さな、しかし確かな「恋心」の芽吹きと共に、第1章は幕を閉じる。




