第4話 天界転生局 事故報告書
天界転生局 転生お世話係
事故報告書
報告者:お世話係見習い クーリエ
件名:転生実習における魔法陣誤作動及び対象魂の無承認転生について
この報告書に使っている紙は天界転生局の雲紙です。
嘘を書くと紙が黒く焦げる性質がございます。
今のところ焦げていないので、全部本当のことです。
現在わたしは転生先の世界にいるため、提出が遅れました。
大変申し訳ございません。
以下に経緯を記します。
あの日のことは、正直、あまり思い出したくない。
でも報告書に書かないといけないので、書く。羽根筆が重い。
転生お世話係の研修が始まって、14日目のことだった。
実技に「転生実習」というのがある。内容はこうだ。
まず棚から研修用の魂瓶を取り出す。魂瓶というのは掌に収まるくらいの丸い瓶で、中に魂が封じてある。研修用は青い瓶。本物の転生待ち魂は赤い瓶。絶対に間違えるな、と研修初日に言われた。
その瓶を解析石の上に置く。しばらく待つと、石の表面に文字や数値がじわりと滲み出てくる。それを羽根筆で石板に書き写す。
最後に、転生魔法陣の中心に瓶を置いて、魔法陣に魔力を流せば発動する。
単純な手順だ。間違えようがないはずだった。
研修室は天界転生局の第7棟にある、広い白い部屋だ。
壁一面に棚が並んでいて、色とりどりの魂瓶が整然と並んでいる。青い瓶が研修用。赤い瓶が本物。
その日、わたしはいつもの場所から青い瓶を取り出した。
取り出したつもりだった。
「クーリエ」
凛とした声が背後から聞こえた。
セラフィナ統括官だった。
転生お世話係の統括官。天界転生局のエース。いつも完璧な白銀の制服に、完璧な姿勢、完璧な表情。脇には分厚い業務日誌を抱えていて、羽根筆を耳に挟んでいる。研修生の間では「天界転生局で最も近寄りがたい先輩」として有名だ。指導担当になると聞いたとき、正直、胃が痛くなった。
「確認事項を口頭で述べてください」
「は、はい。青い魂瓶を棚から取り出して、解析石に乗せて、滲み出た数値を石板に書き写して、転生魔法陣の中心に瓶を置いて、魔法陣に魔力を流して発動させます」
「正確です。では始めてください」
わたしは解析石の上に瓶を置いた。青い瓶だ。間違いない。
しばらく待つ。
解析石の表面に、じわりと文字が滲み出てきた。
わたしは羽根筆を持って、石板に書き写し始めた。
そこで、手が止まった。
「……え?」
数値がおかしかった。
研修用の魂瓶は、適性値が低めに設定されているはずだ。でも目の前の解析石には、見たことのない数値が浮かんでいた。
魔法適性の欄の数値が、石の縁からはみ出している。
精神強度の欄には、羽根筆が追いつかないほどの数字が滲んでいる。
記憶保持の欄には、数値の代わりに「計れぬ」という文字が滲み出ていた。
世界干渉適性の欄は、そもそも解析石にそんな項目はなかったはずなのに、石が勝手に割れ目を作って「未知」という文字を滲ませていた。
解析石の端に、ひびが入り始めていた。
「……あれ?」
「どうしましたか」
統括官が近づいてきた。解析石を見た。
1秒。2秒。3秒。
「……」
統括官の表情は完璧に冷静なままだった。でも耳に挟んでいた羽根筆が、ほんの少しだけ、落ちそうになった。
統括官が動揺している、ということだ。
わたしの心臓が、嫌な感じで跳ねた。
「クーリエ」
「は、はい」
「瓶の色を確認してください」
解析石の上の瓶を見た。
「……あ」
赤かった。
「……あ、あ」
「落ち着いて」
落ち着いてと言われても、落ち着けない。頭の中で、研修初日に言われた言葉が鳴り響いている。
絶対に間違えるな。
絶対に間違えるな。
絶対に間違えるな。
「これ、本物の転生待ち魂ですか?」
「そうです」
「棚の配置、変わってましたか?」
「昨日付けで更新されました。周知の書付けは届いていましたか?」
「……届いてたかもしれないです」
「読みましたか」
「……読んでないかもしれないです」
統括官が業務日誌を開いた。羽根筆で何かを書き込んでいる。わたしの欄に、また赤字が増えた気がした。しかも今度はかなり大きな赤字で。
見たくない。でも目が離せない。
「落ち着いてください。今から行うべきことを整理します」
「は、はい」
統括官が転生魔法陣の方を見た。
わたしはまだ魔力を流していなかった。でも解析石に赤い瓶を乗せた瞬間から、床の魔法陣が薄く光を帯びていた。じわじわと、染みが広がるように、光の模様が部屋の端へと伸びている。
「魔法陣が動いています」
統括官が静かに言った。
傍らのマニュアルを引っ張り出して、猛烈な速度でめくり始める。
パラ、パラ、パラ……
「……ありました」
統括官が該当の頁を押さえた。
「この強さの魂瓶を無理に止めようとすれば、魂に負荷がかかります。天界の結界に亀裂が入る恐れがある」
「え?」
「このまま発動させます」
「で、でも、この瓶って、誰の」
統括官が管理台帳を引っ張り出した。またも猛烈な速度でめくっていく。
パラ、パラ、パラ……
「転生待ち魂。旧世界からの移送分。クラリッサ・フォン・ヴァルシュタイン。享年17。未割り当て保管中」
「本来この世界への転生が予定されていなかった魂ですね」
統括官が管理台帳から目を上げてわたしを見た。
「……そういうことになります」
転生魔法陣が、さらに広がっている。部屋の床の半分くらいまで、光の模様が伸びてきた。じんわりと暖かい光で、研修室がぼんやりと白く染まっていく。
わたしは、自分が何をしてしまったのかを、ようやく正確に理解した。
この魂は、本来ここに来るはずではなかった。
記憶も、魔法も、持ち物も、全てそのまま引き継がれる可能性がある。知らない世界に、承認なしに送り込まれる。
わたしのせいで。
「統括官、どうすれば?」
「このまま発動させます。行き先を確定させます」
統括官が両手を転生魔法陣の上にかざした。統括官の掌から、淡い光が滲み出すように広がっていく。魔法陣の一部が、その光に押されるようにゆっくりと書き換わっていく。
「街の近くに出るよう確定させます。この魂の強さから察するに、容姿も記憶も持ち物も、そのまま引き継がれるでしょう」
「それ、普通の転生じゃないですよね?」
「普通ではありません」
きっぱりと言った。
「承認されていない転生。記憶保持。持ち物引継ぎ。この世界にどんな影響が出るか、見当もつかない例外存在が生まれます」
転生魔法陣が、部屋全体に広がった。床が白く輝いている。光が揺れるたびに、研修室の空気がふわりと揺らいだ。
「わたし、どうなりますか?」
「転生者のそばにいなさい。天界転生局の規則では、魔法陣を誤って起動したお世話係は、転生者の無事が確かめられるまで傍を離れてはならない」
「地上に行くってことですか?」
「そういうことになります」
「天界に戻る方法は?」
「転生者の任務が完了したとき、戻ることが許されます。今この世界に課されている役目は、勇者が増えすぎたことの是正。勇者5名の根絶です」
「…………」
「容易ではありません」
統括官が静かに言った。
床全体が光に満ちてきた。揺らめく光の中で、研修室の輪郭がだんだんぼやけていく。
わたしは統括官を見た。統括官は業務日誌に何かを書き込み続けていた。羽根筆が走る音だけが、静かな部屋に響いている。
「統括官」
「なんですか?」
「あの魂……大丈夫でしょうか?」
統括官の手が、一瞬だけ止まった。
わたしが統括官の手が止まるのを見たのは、初めてだった。
「精神の強さが計れないほどの魂です」
「それって、大丈夫ってことですか?」
「少なくとも」
統括官が静かに言った。
「わたしがこれまで見てきた魂の中で、最も折れにくい魂です」
光が、部屋を満たした。
わたしは統括官を見ながら、一つだけ決めた。
あの魂が折れにくいなら、わたしは折れないようにそばにいればいい。
迷惑をかけた。それは変えられない。でも、これからのことは、変えられる。
わたしは光の中に踏み込んだ。
中間空間は、白かった。
柔らかな草が足元に広がっていて、遠くに青い花が咲いていた。
静かで、穏やかな場所だった。
わたしはしばらく辺りを見回してから、草の上に腰を下ろした。
どうすればいい?謝ればいい?でも、どんな顔で?どんな言葉で?
考えれば考えるほど、答えが出なかった。
結局、わたしは一つだけ決めた。
逃げない。向き合う。それだけでいい。
草の上に、ぴんと背筋を伸ばして、正座した。
待った。
しばらくして、白い光の中に、人の形が現れ始めた。
黒い長い髪。薄紫の瞳。上等なドレス。そして、銀のティーポット。
わたしは深く頭を下げた。
「……申し訳、ございません」
天界転生局 転生お世話係
事故報告書 付記
記載者:統括官 セラフィナ
クーリエの過失については、周知の書付けを徹底しなかった監督者としての責を当職も負う。
転生対象 クラリッサ・フォン・ヴァルシュタインは通常の分類に収まらないため、
独立の案件として最優先で見守るものとする。
解析石は割れたため別途保管している。計れなかった項目は空白のままとした。
以上、雲紙に記す。
(この一文を書いたところで、雲紙がぽわりと一度光った)
統括官 セラフィナ 署名
(冒頭より、筆跡が心なしか乱れている)
(余白に、小さな文字でびっしりと)
想定外。想定外。想定外。想定外。想定外。
(その部分だけ、雲紙が少し湿っている)




