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第13話 商業国家の市場にて

ポルトゥスは、想像より大きな街でございました。


 石畳の道が碁盤の目のように整然と走っており、道沿いには商店が軒を連ねております。看板は色とりどりで、どの店も活気がある。旧世界の王都に似た雰囲気でございますが、違いが一つございますわ。


 旧世界の王都は、貴族の権威が街を動かしておりました。


 この街は、お金が街を動かしておりますの。


 同じ活気でも、質が違います。旧世界の社交界が礼儀という衣をまとった権力の応酬だとすれば、ポルトゥスは衣をまとうことすら省略して、直接価値の交換をしている。清々しいほど正直な街でございますわ。


「すごい人ですね」


 クーリエが、きょろきょろしながら歩いておりますわ。


「ええ。人が多いのは、それだけ商売が成立しているということですわ」


「あ、あそこで肉を焼いています」


「クーリエ」


「香りがすごく良くて」


「情報収集が先でございますわ」


「……わかりました」


 クーリエが、名残惜しそうに焼き肉の屋台から視線を引き剥がしましたの。


 まず宿を確保することにいたしましたの。


 ポルトゥスの宿は、価格帯が幅広うございました。商人向けの豪華な宿から、旅人向けの素朴な宿まで。わたくしたちの所持金を考えれば、中間あたりが適切でございましょう。


 選んだのは、市場の近くにある「銀の天秤亭」という宿でございます。商人の利用が多く、情報収集には向いていそうでございますわ。


 部屋に荷物を置いてから、わたくしは市場へと向かいましたの。


「何から調べますか?」


「まずマルクスへの謁見の方法でございますわ。ガルトさんから聞いた情報を確認しながら、もう少し詳しく知りたいですの」


「どうやって聞き出しますか?」


「市場の商人は情報に敏感でございますわ。自然に話の流れで聞けますわ。あとは」


 わたくしは市場の入口を見渡しましたの。


「観察いたしますわ」


 ポルトゥスの市場は、ポルトゥス中央広場に面した大きな屋根付きの市場でございました。


 食料品、布地、魔道具、茶葉、香辛料。ありとあらゆる商品が並んでおります。


 わたくしはまず、茶葉の区画へ向かいましたの。


 理由は2つございますわ。アルヴァニア・インペリアルを探すこと。そして、茶葉商人は各地の情報を持っている場合が多いということでございますわ。旅人の往来が多い場所で商売する者は、自然と情報が集まってきますの。


 茶葉区画は市場の奥にございました。


 芳しい香りが漂ってきて、わたくしは思わず足を速めましたの。


 棚に並んだ茶葉の缶や袋を一つずつ確認しながら、店主に声をかけます。


「アルヴァニア・インペリアルはございますの?」


「ございますよ。ただ、今月は入荷量が少なくて、残りわずかでして」


 店主が奥から小さな缶を持ってきましたの。蓋を開けると、濃厚な香りが広がりましたわ。


 アルヴァニア・ゴールデンより、さらに深い。


「一缶、いただきますわ」


「よろしいのですか? お値段が」


「構いませんわ」


 クーリエが小声で言いましたの。


「お財布、大丈夫ですか?」


「問題ございませんわ」


「今月の宿代を考えると」


「問題ございますわね」


「でも買うんですか?」


「優先順位の問題でございますわ」


 クーリエが、もはや止めることを諦めた顔をしておりましたの。


 茶葉を購入しながら、店主と話を続けましたの。


「マルクス様の謁見を希望する場合、どのような手順を踏むのが一般的ですの?」


 店主が、わたくしを少し値踏みするように見ましたの。


「謁見を、ですか? 何かお持ちで?」


「価値ある情報を、いくつか」


「なるほど。商業連邦の謁見申請は、まず中央広場の申請窓口に書類を出すことから始まります。そこで審査があって、価値があると判断されれば側近のエドワルド卿との面談に進む。そこを通過して初めてマルクス様と会える」


「エドワルド卿の面談は、どのようなものですの?」


「聞いた話では……値踏みですよ。徹底的に。持ってきた情報の価値だけじゃなくて、持ってきた人間の価値も測る。ほとんどの人がそこで終わります」


「エドワルド卿を通過した方はどのくらいおられますの?」


「わたしが知る限り、この1年で片手に満たないですね」


 わたくしは頷きましたの。情報の裏が取れましたわ。


「ありがとうございますわ。とても参考になりましたの」


「謁見、申請されるんですか?」


「ええ」


 店主が、少し驚いたような顔をしておりましたの。


「頑張ってください。……珍しいお客さんでしたよ」


「そうでございますの?」


「茶葉を買いながら謁見の情報を聞く方は、初めてです」


「一石二鳥でございますわ」


 市場の中を歩きながら、情報を整理いたしましたの。


 謁見への手順は確認できました。申請窓口→エドワルド卿の面談→マルクス本人。問題は、持ち込む情報の価値でございますわ。


 茶葉集散地の復興情報は、商業国家にとって有益でございます。あの街道が使えるようになれば、商業ルートが回復しますもの。価値があると判断されるはずでございますわ。


 道中の魔物情報も同様ですわ。


 ただ、それだけでエドワルド卿を通過できるかどうかは、わからない。もう一手、何か必要でございますわ。


 何かわたくしにしか持てない情報。


 わたくしは市場の中を歩きながら、考え続けましたの。


 ふと気づきますと、クーリエの姿がございませんでしたわ。


 5分ほど探しますと、クーリエは茶葉区画の別の店の前に立っておりました。


 店主と、真剣な顔で話し込んでおりますわ。


 わたくしは少し離れたところで、様子を見ましたの。


 クーリエが何か聞いている。店主が答えている。クーリエがまた聞く。店主が奥から茶葉のサンプルを出してきて、クーリエに匂いを嗅がせている。


 クーリエが、真剣な顔でそれを嗅いでいますわ。


 わたくしは近づきましたの。


「何をしておりますの?」


 クーリエが振り向きましたの。少し、慌てた顔でございますわ。


「あ、えっと」


「内緒にしていましたわね」


「……茶葉の淹れ方を、聞いていました」


「わたくしに聞けばよろしいでしょう」


「クラリッサさまに聞くと、基準が高すぎて。この店主さんは、茶葉ごとの特性から教えてくれるので」


 店主が苦笑いをしておりましたの。


「お連れの方ですか? 熱心な方ですね、びっくりしました。茶葉の種類ごとに最適な温度と時間が違うことを知りたいと言って」


「……そうでございますの?」


 わたくしはクーリエを見ましたの。クーリエが少し視線を逸らしましたわ。


「正式契約が欲しくなりましたの?」


「そういうわけじゃ……そういうわけです、けど」


「よろしいですわ」


「え?」


「自分で調べる姿勢は、評価いたしますわ。続けてくださいませ」


 クーリエが、ぱっと顔を上げましたの。


「……ありがとうございます」


「お礼はまだ早うございますわ。合格してから言いなさいませ」


 店主と話しながら、思いがけず収穫がございましたの。


 この店主は、各地の茶葉農家と直接取引をしているとのことでした。話の流れで、ロイヤルアールグレイ・プレミアム・オブ・サンライズについて聞いてみましたの。


「ロイヤルアールグレイ・プレミアム・オブ・サンライズでございますか?」


 わたくしが名前を出した瞬間、店主の表情が変わりましたの。


「ご存じですか?」


「名前だけは。現物を見たことがある商人は、この街でもほとんどいないはずですよ」


「産地はわかりますの?」


「東の山岳地帯と言われていますが、正確な場所は非公開で。唯一ルートを持っているのが……」


 店主が、少し声を落としましたの。


「マルクス様です。あの方が独占的に産地との取引をされているとか」


 わたくしは、静かに息を吸いましたの。


 なるほどでございますわ。


 ロイヤルアールグレイ・プレミアム・オブ・サンライズの産地情報は、マルクスが持っている。


 これは、マルクスと会わなければならない理由が、また一つ増えましたわね。


 宿に戻ってから、わたくしは持ち込む情報の整理をいたしましたの。


 机に向かって、頭の中を整理いたします。


 茶葉集散地の復興情報。道中の魔物の分布情報。そして、入国時に審査官が上に報告したという事実。


 最後の点が、少し気になりましたの。


 上に報告された、ということは、すでにわたくしの存在はマルクス側の耳に入っている可能性がございますわ。ならば、わたくしから申請する前に、向こうから接触してくる可能性もある。


 どちらが先に動くか。


 わたくしは少し考えてから、決めましたの。


 こちらから動きますわ。待つのは趣味ではございませんもの。


「明日、謁見の申請窓口へ参りますわよ」


 クーリエが、茶葉の本から顔を上げましたの。


「もう動くんですか?」


「準備は整っておりますわ。情報も、名目も、手順も」


「何か足りないものはないですか?」


 わたくしはアルヴァニア・インペリアルの缶を手に取りましたの。


「紅茶を一杯、淹れてくださいませ。考えをまとめますわ」


「……今夜は合格を目指していいですか?」


「どうぞ。茶葉は新しいものでございますわよ」


 クーリエが、真剣な顔でお湯を頼みに行きましたの。


 わたくしは窓の外を眺めましたの。ポルトゥスの夜の街は、まだ明るい。商売は夜も続いているようでございますわ。


 明日から、本番でございますわ。


 そう思いながら、わたくしはクーリエが戻ってくるのを待ちましたの。


 その夜の紅茶は。


「……惜しいですわ」


「また惜しいですか?」


「今日は蒸らしが完璧でしたわ。カップの予熱も申し分ない」


「じゃあ何が?」


「お湯の温度が93度でしたわ。2度、足りませんでしたの」


 クーリエが、天井を仰ぎましたの。


「2度」


「されど2度でございますわ」


「……もう一杯やっていいですか?」


「茶葉が」


「残っています」


「よろしいですわ」


 クーリエが、もう一度お湯を頼みに行きましたの。


 わたくしは惜しい一杯を飲み干しながら、明日の段取りを頭の中で確認いたしましたの。


 合格まで、もう少しでございますわ。

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