第12話 護衛は紅茶商人見習い兼魔法使い
ドルトンが護衛の仕事を紹介してくれたのは、翌朝のことでございました。
商業国家へ向かう商人が2人、荷馬車1台。街道の安全が戻りつつあるとはいえ、念のため護衛をつけたいとのことでございます。
商人の1人は、ガルトという名の初老の男性でございました。もう1人は甥のロッシュという20代の若者で、叔父の商売を手伝っているとのことでした。
「よろしくお願いします。護衛の方が来てくださるとは、助かりました」
ガルトが丁寧に頭を下げましたの。
「こちらこそ、便乗させていただきますわ」
「いえ、こちらが依頼する立場で……あの、お2人だけで護衛をされるのですか?」
「何か問題がございますの?」
「いえ、その……」
ガルトがクーリエを見ました。クーリエは笑っておりますわ。感じのよい笑顔でございます。昨日の盗賊団の前でも同じ笑顔でございましたわね。
「ご安心くださいませ。見た目よりは頼りになりますわ」
「見た目より、というのが少し気になりますが……」
「わたくしのことでございますわよ」
ガルトが、きょとんとした顔をしておりましたの。
荷馬車に揺られながら、街道を東へ進みましたの。
空は晴れていて、風は穏やかでございます。昨日とは打って変わって、街道に人の気配が戻り始めておりますわ。盗賊と魔物がいなくなったという話は、早くも広まっているようでございますわね。
クーリエは荷馬車の御者台の隣に座って、ロッシュと話しておりましたの。
わたくしはガルトの隣に座りながら、商業国家について聞き出すことにいたしましたの。
「ガルトさんは、商業国家へは何度もいらしているのですの?」
「ええ、もう10年以上。茶葉を仕入れに行くのが主な目的でして」
「茶葉を」
わたくしは少し前のめりになりましたの。
「どのような茶葉を扱っておられますの?」
「主にアルヴァニアの山岳茶葉を。ご存じですか?」
「昨日、集散地でアルヴァニア・ゴールデンをいただきましたわ」
「おや、あれをお知りで。実は商業国家の市場には、アルヴァニア・ゴールデンの上位品も流通しているんですよ」
わたくしは即座に聞き返しましたの。
「上位品でございますか?」
「アルヴァニア・インペリアルと申しまして。収穫量が極めて少ないために、商業国家の市場にしか出回らないのです。お値段もそれなりで」
「……なるほどですわ」
ガルトが、わたくしの表情を見て少し笑いましたの。
「お好きなのですね、茶葉が」
「旅の最優先事項でございますわ」
「護衛の方が、ですか?」
「わたくしが精神を安定させて的確な判断を下すためには、質の高い紅茶が不可欠なのでございますわ」
ガルトが、なんとも言えない顔をしておりましたの。
商業国家の情報は、ガルトから丁寧に教えていただきましたの。
正式名称はマルクス商業連邦。5つの大きな都市が連合して1つの国家を成しており、中心都市のポルトゥスに、実質的な支配者であるマルクスが拠点を構えているとのことでした。
「マルクスという方は、どのような人物ですの?」
「そうですね……穏やかで話しやすい方だと聞きますが、実際にお会いしたことがある商人は多くない。謁見には条件があって」
「価値ある情報を持ち込んだ者には機会が与えられると、聞きましたわ」
「ご存じでしたか。そうです。商業国家らしい慣習でしょう。ただ、条件を満たしても謁見まで漕ぎ着けるのはひと握りで、ほとんどは側近の方で話が終わるようで」
「側近の方は?」
「エドワルドという方で、これがまた食えない方らしくて」
わたくしは頭の中で整理しましたの。
マルクス本人に会うには、まず側近のエドワルドという人物を通る必要がある。エドワルドが「食えない」人物であれば、それなりの準備が必要でございますわ。
「ガルトさんは、エドワルドとお会いになったことがございますの?」
「2度ほど。1度目は完全に値踏みされて終わりました。2度目は何とか取引につながりましたが……あの方の前では、下手に動かない方がいいですよ。全部読まれますから」
「なるほどですわ」
読まれるのであれば、読まれても困らない情報だけを出せばよろしいのですわ。
北の街に着いたのは、2日後のことでございました。
盗賊の頭から教えてもらった商人組合の支部は、街の中心近くにございましたの。
ガルトが「わたしも組合員ですから、ご紹介しますよ」と言ってくださいましたの。助かりますわ。
組合の受付で、わたくしは旅人として登録を申請いたしましたの。
「職業は何とお書きしますか?」
受付の方が聞いてきました。
わたくしは少し考えましたの。
魔法使い、では目立ちすぎる可能性がございますわ。護衛、ではクーリエと立場が被りますし、商業国家への入国目的として弱い。何か商業的な目的が必要でございますわね。
「紅茶商人見習い、とお書きくださいませ」
隣でクーリエが小さく吹き出しましたの。わたくしは気にしませんでしたわ。
「副業として魔法使いもお書きしますの」
「紅茶商人見習い兼魔法使い、でよろしいですか?」
「ええ」
受付の方が、少し不思議そうな顔をしながら書いてくださいましたの。
ガルトも不思議そうな顔をしておりましたわ。
「あの……紅茶商人見習い、というのは?」
「商業国家の市場でアルヴァニア・インペリアルを探しますわ。商人として入国する方が、動きやすいですもの」
「それは……確かにそうですが」
「何か問題がございますの?」
「紅茶商人見習いが魔法使いを兼ねているというのは、あまり聞いたことがなくて」
「前例を作ればよろしいのですわ」
ガルトが、力なく頷いておりましたの。
商業国家の国境に到着したのは、さらに3日後のことでございました。
国境の検問所は、想像以上に大規模でございました。石造りの頑丈な建物が街道をまたぐように建っており、長い列ができております。商人、旅人、行商人。様々な人々が順番を待っておりますわ。
「聞いていた通り、厳しそうですわね」
「商業国家は入国管理が徹底しているんですよ。身元不明の人間は入れない主義で」
ガルトが小声で説明してくれましたの。
「全員、こんなに時間がかかりますの?」
「組合の紹介状があると少し早いのですが、それでも1人ひとり確認されます」
列に並びながら、わたくしは検問所の様子を観察いたしましたの。
審査官が2人。書類の確認、顔の確認、荷物の簡単な確認。そして何か、魔道具のような石を相手にかざしております。
「あの石は何かしら?」
「魔力測定石だそうです。魔法使いかどうかを確認するために使っているとか」
「なるほどですわ」
測定石でございますか。測定されること自体は問題ございませんわ。ただ、高い値が出た場合にどうなるかが気になりますわね。
わたくしはクーリエに小声で伝えましたの。
「魔力を意図的に抑えられますの?」
「できます。どのくらい?」
「一般の旅人程度に」
「わかりました」
いよいよわたくしたちの番が来ましたの。
審査官が書類を受け取って、確認を始めましたの。
「クラリッサ・フォン・ヴァルシュタイン。紅茶商人見習い兼魔法使い」
審査官が、少し眉を上げましたの。
「珍しい職業の組み合わせですね」
「旅をしながら、色々と学んでおりますの」
「目的は?」
「市場でアルヴァニア・インペリアルを探すことでございますわ」
「入国期間は?」
「未定でございますわ。市場の状況次第で」
審査官が顔を確認して、書類と照合いたします。次に、魔力測定石をわたくしの方へかざしましたの。
石が、淡く光りましたわ。
一般の旅人としては、少し高めかもしれません。でも魔法使いとして登録しておりますから、おかしくはございませんわ。
「問題ございません。入国を許可します」
審査官がそう言いかけて、止まりましたの。
もう一度、測定石をわたくしにかざして、数値を見ております。
何かに気づいた顔をしておりますわ。
「少々お待ちください」
審査官が奥へ引っ込んでいきましたの。
わたくしは表情を変えずに待ちましたの。
隣でクーリエが小声で言いました。
「……何かありましたか?」
「おそらく、上に報告しているのでしょう」
「まずいですか?」
「まずくはございませんわ。むしろ」
わたくしは口元を少しだけ緩めましたの。
「向こうからこちらを認識してくれるのは、好都合でございますわ」
しばらくして、審査官が戻ってきましたの。
「お待たせしました。入国を許可します。ポルトゥスへはこの街道をまっすぐ東へ。よいご旅行を」
「ありがとうございますわ」
わたくしは商業国家の土を踏みましたの。
石畳の道が、東へと続いております。
商業国家の空気は、旧世界の王都に少し似ておりましたわ。お金の匂いがする、と申しましょうか。活気があって、計算高くて、でも人を寄せ付ける華やかさがある。
「なんか、緊張しますね」
「なぜですの?」
「なんとなく、いよいよって感じがして」
いよいよ、でございますわね。
「ガルトさんとはここでお別れですわ」
護衛の仕事はここまででございますから。ガルトに向き直りましたの。
「大変お世話になりましたわ。情報も、ご紹介も」
「いえ、こちらこそ助けていただきました。……クラリッサさん、アルヴァニア・インペリアルが見つかるといいですね」
「必ず見つけますわ」
ガルトが笑いましたの。
「紅茶商人見習い、頑張ってください」
「ええ。兼魔法使いでございますわよ」
ガルトとロッシュの荷馬車が、別の方角へ進んでいきましたの。
わたくしとクーリエは、ポルトゥスへ続く石畳の道を歩き始めましたわ。
「紅茶商人見習い兼魔法使いですか?」
「何か問題がございますの?」
「ないですけど……なんか、順番がクラリッサさまらしいですね」
「当然ですわ。わたくしにとっての優先順位でございますもの」
クーリエが、少し笑いながら並んで歩きましたの。
東の空に、ポルトゥスの街並みが見え始めておりました。




