第11話 茶葉と盗賊と
茶葉の集散地、と聞いて、わたくしは期待しておりましたの。
各地から茶葉が集まる街でございます。上質な茶葉との出会いがあるかもしれない。ロイヤルアールグレイ・プレミアム・オブ・サンライズとまではいかなくとも、ベルガリアを超える何かが見つかるかもしれない。
期待しておりましたの。
「……閑散としていますわね」
街の入り口で、わたくしは立ち止まりましたの。
城壁は古く、城門の前に衛兵が2人立っているだけで、人通りがほとんどございません。本来ならば商人の荷馬車が列をなしているはずの広場に、枯れ草が揺れているだけでございますわ。
「なんか、寂しいですね」
クーリエが隣で呟きました。
「情報通りですわ。被害が出ているとのことでしたもの」
「盗賊と魔物、ですね」
「ええ。商人が寄りつかなくなれば、集散地の意味がなくなります。街ごと立ち行かなくなりますわ」
わたくしは城門をくぐりながら、衛兵に声をかけましたの。
「街の長はどちらにおられますか」
街の長は、がっしりとした体格の中年の男性でございました。
名をドルトンと申すそうでございます。元は商人で、この街に根を下ろして20年、今は街の運営を担っているとのことでした。
事情を話すと、ドルトンは渋い顔をしながらも、丁寧に状況を説明してくれましたの。
「3ヶ月ほど前から、街道に盗賊団が現れるようになりましてね。商人の荷を狙うんです。それだけならまだしも、街の南の廃坑に魔物が巣食い始めて、夜になると街の近くまで出てくる」
「盗賊団と魔物、両方でございますか」
「ええ。どちらが先かはわかりませんが、商人たちはすっかり足が遠のいてしまいました。うちの街は茶葉の集積だけで成り立っているようなところですから、このままでは」
ドルトンが口をつぐみました。
言わなくてもわかりますわ。このままでは街が終わるということでございます。
「承りましたわ」
「え」
「盗賊団と魔物、どちらも対処いたしますわ。報酬の相談をいたしましょう」
ドルトンが、少し呆気にとられた顔をしておりました。
「あの……お二人で、ですか」
「何か問題がございますの」
「いえ、その……若い女性お二人で、と思いまして」
わたくしはクーリエを見ました。クーリエはにこにこしておりました。感じのよい笑顔でございますが、その背中の翼が今は見えないだけで、実態は天使でございますわ。
「外見で判断されるのは慣れておりますわ」
わたくしは静かに申しましたの。
「ただ、判断を誤ると機会を逃しますわよ。条件をお聞かせくださいませ」
報酬の交渉は、思ったより早く終わりましたの。
ドルトンは最初は渋っておりましたけれど、わたくしが提示した条件を聞いて、表情が変わりました。
「金銭は少額で構いませんわ。その代わり、3つお願いがございますわ」
わたくしは指を立てましたの。
「この街で扱っている茶葉を、原価でお分けいただきたいのですわ。次に、商業国家に向かう商人の方がいれば、護衛の仕事をご紹介いただきたい。最後に」
少し間を置きましたの。
「この街で手に入る、清潔な替えの服を一着いただけますわ。追放から着たきりでございまして」
ドルトンが、少し意外そうな顔をしておりましたの。
「……その、お嬢さん方が解決してくださった件の報酬として、ですよね。茶葉と護衛の紹介はわかりますが、服一着で本当によろしいんですか」
「十分でございますわ。実用的なものが一番でございますもの」
ドルトンが、苦笑いをしながら頷きましたの。
「……わかりました。うちの家内に選ばせましょう。サイズを教えてください」
「茶葉と、護衛の紹介で……」
「それで十分でございますわ」
ドルトンが、わたくしをじっと見ておりましたの。
「……あなた方は、どこから来たんですか」
「旅の途中でございますわ」
「どこへ行く」
「東でございますわ」
それ以上は申しませんでしたの。ドルトンは少し考えてから、頷きました。
「わかりました。条件を受け入れましょう。ただし、本当に解決できたら、の話です」
「当然でございますわ」
まず魔物の方を先に片付けることにいたしました。
夜になると街に近づいてくるとのことならば、夜を待つ必要はございません。昼のうちに廃坑まで出向いて、巣ごと対処するのが最善でございますわ。
廃坑は街の南、30分ほど歩いたところにございました。かつて石材を掘り出していた坑道で、今は使われていない。入口から、生臭い空気が流れてきておりますわ。
「何匹くらいいると思いますか」
歩きながら聞きましたの。
「気配からすると、10から15くらいです。坑道の中に固まっている。種別は……岩蜥蜴の大型種ですね。前に倒したやつより一回り大きい」
「坑道の中での戦闘ですわね。広さはどのくらいかしら」
「入口は狭いです。中は広がっている感じがします」
わたくしは少し考えましたの。
坑道の中では、わたくしのフルバーストは使えません。狭い空間での爆発は自分にも被害が及びますわ。ならばアイシクルピアスで遠距離から削って、近づいてきたものをエアープレスで吹き飛ばす。クーリエの光の槍を坑道の奥に向けて斉射すれば、一気に数を減らせる可能性がございますわ。
「作戦を申し上げますわ」
「はい」
「坑道の入口で、あなたが先に光の槍を奥へ向けて一斉に放ってくださいませ。10本、できますの」
「できます」
「その後は入口をわたくしが抑えます。飛び出してくるものをアイシクルピアスで。あなたは奥から来るものを光のハンマーで」
「……ハンマー、使っていいんですか」
クーリエが少し嬉しそうな顔をしておりましたの。
「坑道の奥であれば、吹き飛ばした先に壁がございますから。有効ですわ」
「わかりました。やります」
「ただし、わたくしの指示があるまで動かないこと。坑道の中は視界が悪い。単独で動くと危険ですわ」
「わかりました」
返事がいつもより短く、きりりとしておりましたの。
戦闘の顔に切り替わっておりますわ。
坑道に踏み込みますと、予想通り入口は狭く、奥へと広がる構造になっておりました。
暗い。でも、奥の方に目が複数光っているのが見えましたの。魔物でございますわ。こちらに気づいて、ざわめき始めております。
「今ですわ」
クーリエが右手を高く掲げました。
坑道の天井すれすれに、光の槍が10本現れましたの。一瞬の静止。
それから、一斉に奥へと射出されました。
轟音と、魔物の叫び声。光が坑道の奥を照らして、一瞬だけ全貌が見えましたの。
岩蜥蜴が、確かに10匹以上おりましたわ。
そして、奥の魔物が一斉にこちらへ向かってきておりますわ。
「来ますわよ」
わたくしは両手を前に出しましたの。
「アイシクルピアス」
氷の礫が扇状に展開して、坑道の入口を突進してくる岩蜥蜴の前列を貫きました。3体が止まりましたの。でもまだ来ます。
「エアープレス」
圧縮した風が、残りの先頭を吹き飛ばしましたの。坑道の壁に叩きつけられて沈黙します。
クーリエが脇をすり抜けて、奥へと走っておりましたの。
「光のハンマー」
重い音がしましたの。続いて2回。3回。
坑道の奥から、静寂が戻ってきましたの。
全部で14体でございました。
クーリエが坑道の奥から戻ってきましたの。光のハンマーを消しながら、少し興奮した顔をしております。
「全部です」
「確認しましたの」
「全部動いていないのを確認してから戻りました」
「よろしい」
わたくしは入口に立ったまま、坑道の中を見渡しましたの。
指示通りに動いてくれましたわ。奥はクーリエに任せて、入口をわたくしが抑える。無駄がなかったですわ。
「クーリエ」
「はい」
「今日の連携は、及第点でしたわ」
クーリエが、ぱっと顔を輝かせましたの。
「及第点、もらえましたか」
「ええ。次は満点を目指しなさいませ」
「目指します」
珍しく素直でございますわ。戦闘の後は、いつもより素直になりますわね。
盗賊団の方は、翌朝のことでございました。
ドルトンから聞いた情報によれば、盗賊団は街道の北、森の中に根城を構えているとのことでした。人数は20人ほど。武装は剣と弓が主でございますわ。
「魔物より手強いですか」
「どうでしょうか。人間の方が、厄介なこともございますわ」
「どうするんですか」
「まず話しかけてみますわ」
クーリエが、半歩止まりましたの。
「……話しかける、ですか」
「いきなり攻撃する理由はございませんわ。盗賊も、生活がございますもの」
「でも盗賊ですよ」
「ええ。ただ、理由があって盗賊をやっている者には、別の選択肢を提示できる可能性がございますわ。話にならない相手なら、その時に考えますわ」
クーリエが、また少し遠い目をしておりましたの。
「……クラリッサさまの言う『その時に考える』が、だんだん怖くなってきました」
「物騒なことは申し上げておりませんわよ」
森の中の根城に近づきますと、見張りがおりましたの。
弓を構えて、わたくしたちを止めました。
「何者だ」
「旅人でございますわ。頭の方とお話がしたいのですが」
「旅人が根城に話しかけに来るか」
「必要があれば、どこへでも参りますわ」
見張りが、しばらくわたくしを見ておりましたの。女性2人が堂々と話しかけてくる状況が、想定外だったのでしょう。
しばらくして、奥から別の男が出てきましたの。
盗賊団の頭でございましょうか。30代ほどの男性で、剣を腰に下げておりますわ。
「あんたたちが話したいと」
「ええ。単刀直入に申し上げますわ。街道から手を引いてくださいませ」
男が、少し笑いましたの。
「断ったら」
「その時に考えますわ」
間があって。
「……あんた、面白いな」
「よく言われますわ」
男は腕を組みましたの。
「理由を聞かせてくれ。なんで俺たちが手を引かなきゃいけない」
「いくつかございますわ」
わたくしは指を立てましたの。
「まず、昨日わたくしたちが南の廃坑の魔物を全て片付けました。街の人間が動ける余裕が出てきます。次に、商業国家の商人たちが街道を使い始めれば、こちらの見張りも増えますわ。盗賊業の旨味が下がりますの」
「それだけか」
「もう一つ」
わたくしはクーリエを見ましたの。クーリエが、静かに光の槍を1本だけ、手の中に作り出しました。特に誰かに向けるわけでもなく、ただ持っているだけでございますわ。
「割に合わない仕事は、やめた方がよろしいですわ」
男が、光の槍をしばらく見ておりましたの。
それから、ゆっくりと息を吐きました。
「……条件を聞こうか」
交渉は1時間ほどかかりましたの。
盗賊団には元々、別の仕事があったのでございます。採掘の仕事をしていたが、廃坑が使えなくなり、行き場をなくした者たちでございました。
わたくしはドルトンへの口添えを約束しましたの。廃坑の魔物は片付けました。街の復興には人手が必要でございます。元採掘師が20人いれば、喜んで受け入れるはずでございますわ。
「あんた、本当に旅人か」
交渉が終わった後、頭の男が聞いてきましたの。
「旅人でございますわ」
「どこへ行く」
「東でございますわ」
「……東ね」
男が少し考えて、言いましたの。
「商業国家に行くなら、一つ教えてやろう。あの国の入国審査、身元の証明書が必要だ。商人組合の紹介状があると話が早い。北の街で組合の支部に寄るといい」
「それは助かりますわ。ありがとうございます」
男が、少し照れたような顔をしておりましたの。
「……礼を言われるとは思わなかった」
「有益な情報をいただきましたもの。当然でございますわ」
夕方、ドルトンのところへ戻りましたの。
報告を聞いて、ドルトンはしばらく黙っておりました。
「魔物も、盗賊も、1日で」
「ええ。盗賊団の方はご紹介した通り、元採掘師でございますわ。街の復興に人手が必要でしたら、交渉の余地があるかと存じますわ」
「……あなた方は、本当に何者なんですか」
「旅人でございますわ」
3度目のその答えに、ドルトンは苦笑いをしておりましたの。
約束通り、茶葉の倉庫に案内していただきましたわ。
扉を開けた瞬間、香りが押し寄せてきましたの。
複数の茶葉が混じり合った、豊かな香り。ベルガリアとは比べ物にならない。
「……」
わたくしはしばらく、その場で立ち止まりましたの。
「クラリッサさま、大丈夫ですか」
「大丈夫ですわ」
「なんか、泣きそうな顔してますけど」
「していませんわ」
「してます」
「していませんわ」
わたくしは倉庫の中に進みましたの。棚に並んだ茶葉の袋を、一つずつ手に取って、香りを確かめてまいります。
3つ目の袋で、手が止まりましたの。
柔らかく、深みがあって、後味に花の香りがする。これは。
「ドルトン」
「は、はい」
「この茶葉は何という名前ですの」
「アルヴァニア・ゴールデンと申します。山岳地帯で少量しか採れない希少な茶葉で、商業国家に向かう商人がよく買っていく品でして」
「原価でいただけますわね」
「も、もちろんです」
わたくしはアルヴァニア・ゴールデンの袋を、丁重に両手で抱えましたの。
ロイヤルアールグレイ・プレミアム・オブ・サンライズには、まだ届かない。
でも、これまでで出会った中で、最も近い香りでございますわ。
その夜、宿を借りてお湯を頼みましたの。
アルヴァニア・ゴールデンの袋を開けて、クーリエに渡しました。
「淹れてくださいませ」
クーリエが、緊張した顔で受け取りましたの。
お湯の温度を確認する。茶葉の量を慎重に量る。蒸らし時間を口の中で数える。カップを予熱する。
3分後。
差し出されたカップを、わたくしは両手で受け取りましたの。
一口。
「……」
もう一口。
「クラリッサさま、いかがですか」
わたくしはカップをゆっくり置きましたの。
「惜しいですわ」
「惜しい……」
「蒸らしが2分50秒でしたわね。あと10秒ございましたわ」
「そんな細かく」
「細かくてよろしいのですわ。この茶葉は、最後の10秒で風味が決まりますの」
クーリエが、カップをじっと見つめておりましたの。
「……もう一回、やっていいですか」
「何度でもどうぞ」
クーリエが、もう一度お湯を頼みに行きましたの。
その背中を見ながら、わたくしはアルヴァニア・ゴールデンの香りをもう一度確かめましたの。
惜しい、と言ったのは、茶葉のことではございませんわ。
クーリエの腕のことでございます。
正式契約まで、もう少しでございますわ。
覗き石の映像の中で、令嬢が茶葉の袋を両手で抱えていた。
その表情が、わずかに緩んでいた。
わたしは羽根筆を持って、雲紙の余白に書き足した。
第11日目。対象、集散地の問題を1日で解決。盗賊との交渉を含む。
想定外。想定外。想定外。
映像の中では、天使が一生懸命お湯の温度を確かめていた。
令嬢が何か言っている。口の動きから読み取ると、「惜しいですわ」と言っているようだった。
天使が、もう一度やり直そうと立ち上がっていた。
わたしは少し考えてから、書き足した。
お世話係見習いクーリエの紅茶の腕が、少しずつ上がっている。
これも、想定外。
書き終えた雲紙が、ぽわりと光った。
わたしは覗き石を布で包みながら、小さく呟いた。
「……目が離せませんね」




