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第1話 優雅なる追放

王都の大通りは、わたくしの追放劇を見物しようと集まった民衆で埋め尽くされておりました。


 まるで市場の見世物ですわね。


 クラリッサ・フォン・ヴァルシュタイン。齢17にして婚約破棄、爵位剥奪、財産没収、国外追放。人生の主要な不幸をほぼ同時に経験するという、ある意味で希有な記録を打ち立ててしまいましたわ。身に覚えはありませんけども。


 しかし泣き崩れるつもりは、これっぽっちもございません。


 追放式典というのは、要するに罪人を公衆の面前で辱める儀式でございます。

民衆に「この者は罰せられた」と知らしめ、王家の権威を示すための演出。わたくしはそれを重々承知しておりましたから、式典が始まる前に1つだけ準備をしておきました。


 銀のティーポットに、お湯を入れておいたのでございます。


「クラリッサ・フォン・ヴァルシュタイン。王国への反逆罪により、即刻国外へ追放とする」


 衛兵が朗々と罪状を読み上げる声を、わたくしはティーカップを傾けながら拝聴しておりました。


 周囲がざわめきました。


 当然でしょう。追放式典の壇上で、当事者が紅茶を飲んでいるなど、前例がないはずですもの。


「……なぜ紅茶を飲んでいるんだ」


 式典を取り仕切る宰相が、訝しげに申しました。顔が少し引きつっておりますわね。


「追放式典に立ち会うのは初めての経験ですので、落ち着いて臨みたかっただけですわ」


 わたくしは優雅にカップをソーサーに戻して、広場を見渡しました。


 ヒソヒソと囁き合う貴族たち。指を指してくる平民の子供たち。遠巻きにこちらを眺める騎士団員。そして玉座の間の窓から、此方を見下ろす婚約破棄の張本人、第2王子殿下。


 まあ。随分と遠いところへいらっしゃいますこと。


 お顔を拝見しに来られないのは、後ろめたさがあるからでしょうか。それとも、単純に、わたくしの薄紫の瞳と視線を合わせることが怖いのかしら。


 どちらでも、もはや関係ございませんけれど。


「なにか申したいことはあるか」


 宰相が形式的に問いました。おそらく泣き伏して許しを乞う、そういった場面を期待しているのでしょう。野次馬の視線も、わたくしの返答に期待で満ちておりますわね。


 わたくしは1つ息を吐き、満面の笑みを向けてやりました。


「特にございませんわ。ただ1点だけ」


「な、なんだ」


「この紅茶、少々水温が低うございましたの。抽出が甘くて残念でしたわ」


 広場が、しんと静まり返りました。


 宰相の眉間の皺が、見る見るうちに深くなっていきます。玉座の間の窓が、音もなく閉じられました。


 よろしいですわ。


 わたくしは銀のティーポットをしっかりと小脇に抱え、追放状をするりと受け取りました。


 周囲がまた、ざわめきます。追放状を受け取る者が、こんなにも悠然としているのは、やはり前例がないのでしょう。


 わたくしは宰相に向かって、丁寧に一礼いたしました。


「では、お世話になりましたわ」


「…………」


「王国の益々のご発展を、心よりお祈り申し上げますわ」


 宰相は何も言えなくなっておりました。


 わたくしは踵を返して、城門へと歩き始めました。




 背後から向けられる数多の視線。


 それがどれほど嘲笑を帯びていようとも、わたくしの背筋は1ミリたりとも曲がりはしません。黒髪を風に揺らしながら、わたくしは石畳の上を、一歩一歩、丁寧に歩きました。


 貴族の歩き方というのは、足音を立てないものですの。どれほど感情が乱れていても、どれほど理不尽な状況にあっても、歩き方だけは崩さない。それがヴァルシュタイン公爵家で叩き込まれた、最初の礼儀でございました。


 騎士2人が、わたくしの左右に並びます。


 城門までの道のりは、さほど長くはございません。それでもこの短い距離の間に、わたくしはいくつかのことを整理しておりましたの。


 まず、資金はございません。財産は全て没収されましたから。


 次に、身分もございません。爵位を剥奪されましたから。


 それから、行く当てもございません。国外追放ですから、この国の中に留まることは許されない。


 残ったものは、今着ているドレス1着と、銀のティーポット1つと、ポケットの中の追放状と、それから。


 わたくし自身の魔法と、知識と、矜持だけでございます。


 十分ですわ。


 城門が見えてまいりました。重い鉄の扉が、両側に開かれていきます。その向こうに広がるのは、王都の外、街道、そして荒野。


 わたくしは立ち止まらずに、まっすぐ歩き続けました。


 門を出る寸前、背後から一つだけ声が聞こえました。


 民衆の中の誰かが、小さく言いましたの。


「……あの令嬢、笑ってる」


 そうですわ。


 笑っておりますとも。


 ヴァルシュタイン公爵家の令嬢として生まれたからには、生涯その矜持を手放すつもりはありませんでしたの。

泣いて、喚いて、膝をついて。そんな姿を晒す気は、これっぽっちもございません。


 たとえ、無一文で荒野に放り出されるとしても。




 城門を出た瞬間、春の風がわたくしの黒髪を乱暴に撫でました。


 振り返れば高い城壁。振り向けば広がる荒野。


 衛兵が2人、背後で鉄の門をゆっくりと閉めていく音が響きます。


 重い、嫌な音でしたわ。


 それでもわたくしは、その音が完全に消えるまで、前を向いたまま立っておりました。


 背後を振り返る必要はございませんの。あの城の中に、もうわたくしの居場所はありませんもの。


 風が吹きました。


 遠くに山の稜線が見えます。荒野の向こうに、国境があって、その先に、わたくしの知らない土地がある。


「さて」


 わたくしは口元を緩めて、銀のティーポットを抱え直しました。


 荒野を越えるには、まず今夜の野営地を確保しなければなりません。水場を探して、食料になりそうなものを見つけて、魔物に気づかれないように火を起こして。


 やることは山積みですわ。


 ただ、その前に1つだけ。


 わたくしは銀のティーポットの蓋を開けて、残った紅茶の温度を確かめました。


 すっかり冷めておりましたわ。


「やはり、水温の問題でしたわね」


 誰に言うでもなく、そう呟きました。


 それから、冷めた紅茶を草むらにそっと捨てて、銀のティーポットをしっかりと抱え直して。


 わたくしは荒野へと、歩き始めましたの。

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