Dear S
あなたがいなくなった日から、いくつもの夜が来ました。
千という時を過ごしたあなたの最後はゆったりとした日々であったでしょうか?
曾祖母の更に祖母のその母の代から私たちを見守ってくださったあなたは、私の初恋でした。
悠久にも近い時を過ごした貴方は、私の心にも気づいたのかも知れません。何も言わないでくださったのはとてもありがたかったです。
あなたの最後の場所に私を選んでくださったのは、私の初恋を昇華させるものだったのでしょうか?
ですが、今はそれを嬉しく思います。
あなたが亡くなった日から私は旅に出ました。あなたが語っていた世界を見て見たかったからです。家は嫡男が継いでくれますし、末妹である私は家の邪魔者であると感じていたからです。
世界はあなたが語る以上に素晴らしく残酷なものでした。ある国では人々が笑い合い語らい合い夢を見ていました。ある国では貧富の差が激しく窃盗や殺人が横行していました。戦争も平和も全てを体験したあなたが見たらなんと思うのでしょうか。きっと「これだから人間は」なんて言うのでしょうか。
その国の一つで私は伴侶を見つけました。あなたを想っていてもいいと許してくれた方です。優しい人です。私を好きになってくれて、こんなにも思ってくださるのに、私はその全てをお返しすることができない。なのに笑って許してくれる、そんな人です。たくさん喧嘩もしました。たくさん笑いました。子どもにも恵まれました。とても可愛い男の子と女の子です。小さな部屋に響く声を聞いてあなたがいた頃の実家を思い出しました。あの穏やかな日々を。
そんな彼らも大人になり私たちの元から巣立ちました。
ねぇ先生。
私、おばあちゃんになってしまいました。
あなたと過ごした日々を少しずつ忘れていくようで、こうして手紙を書くことをしました。誰のもとにも届かない手紙。
私が死んだら子どもたちにあなたの墓前へ届けてもらいましょうか。まあ、そんな事もできませんが。
私たちが過ごしている国と幼少期に過ごしていた国が戦争を起こしました。私たちの実家は戦火に飲まれ、あなたの墓前も今や戦の中。夫も子どもも戦争に向かい、生死が不明の状態です。
私の命が尽きる前にこの戦争は終わらないと感じています。あなたがいたらどうにかするのでしょうか。それともどうにもできないような事柄なのでしょうか。小さな町の小さな家に住む私にはわからないことですが。
もし命尽きる前に戦争が終わったら、あなたの墓を探し、花を手向けることにしましょう。
その時にはたくさん話を聞いてください。旅を記録や夫の愚痴、子どもの話。そしてあなたの思いも。
死ぬ時まであなたを思うなんて夫には内緒にしないといけませんね。
愛していました。____________________




