第1話 転生
ブラック企業に勤めて早十年。俺こと五城神代は帰宅後、安アパートの一室でベットに横になり思いっきり脱力していた。冷蔵庫にビールがあったなと思い、気だるげに立ち上がり、冷蔵庫からキンキンに冷えた炭酸水を取り出し口にする。ビールは同僚が来た時に飲んでもらう分だ。俺は酒やビールの類は苦手で子供舌なのだ。だから飲めない。飲み会でもいつもカルピスや炭酸飲料ばかり飲んでいる。そして時々、ウーロン茶も。
「はあ、いつか思いっ切り遊べる時がくればいいなあ」
社会人になってから同級生の誰とも合っていない。毎日会社に行き、仕事をし、コンビニで弁当を買って帰宅し、寝る。そんななにもない人生を歩んでいる。昔は県大会に出場できるほどの瞬足で学内では有名だったがそれもいい思い出。それにとことん女子にモテなかった。俺、自分の顔にはちょっとだけ自信があったのに本当にモテなかった。告白したことはないし、振られたことはないが、好きな人に思いを伝えることなく卒業を繰り返していた。
「少しは運動したほうがいいんだろうか」
ちょっとだけ、運動不足で痩せ気味の身体になってきた。いつもコンビニの弁当で栄養不足なのもある。いつかの思い出の中では、目をキラキラ光らせてトラックを走る自分がいたが、今はその目は死んでいる。夢はいいところの大学を出て医者になることだったがその夢は叶うことなく、ごくごく平凡なサラリーマンとなった。
「とことんついてないな俺」
俺は目をつぶりベットに横になる。すると胸が急に痛みだし呼吸がしずらくなった。やばい、これ、死ぬ。そんな思いを呟きを最後に俺の意識は暗転した。
「早く目を覚ましてくれ! 条子! おい、しっかりしろ!」
そんな声に引き寄せられて目を覚めせば、知らない顔がいた。そして、知らないベットだ。体が痛いと思い視線を下にしたら、上半身裸の状態で包帯だらけの身体があった。また、頭に痛みが走る、すると今の俺は条子であると変な自覚に目覚めた。俺は神代だ。それでいて条子である。混沌とした感情が渦巻いた。そして目の前にいるのは俺が仕えている主、次期天帝の輪子様さまだ。さっきまで俺は他国の刺客である忍びたちから輪子さまを守って戦っていた。そして撃退すると同時、傷口が開いて倒れたのだ。
「免順」
普段はそう輪子さまを呼ぶよう言われている。
「ここはどこですか。刺客のほうは」
俺がそう声をかけるとほっとしたような顔をした輪子さま。
「ここは後宮だ。刺客のほうはお前の部下がすべて追い払った」
そうか。俺には優秀な部下たちがいたんだ。仲間思いで義理や人情を通す仲間が。
「では、部下のところに案内してくださいますか」
「ダメだ。今は休め。今すぐ話したいことがあるならわたしのほうから伝えて置く」
ならいいか。別に今すぐと言うわけでもない。
「わかりました。今は休みます」
というわけで、俺もとい神代、条子という別の人間に生まれ変わって、後宮で働くことになりました。
怪我も完治し、俺は状況を整理することにした。まず、俺は今十二歳の少年。後宮で天帝に仕える忍びの一人。第二式部隊を任せられている部隊隊長と言ったところだ。この年でここまでの地位に付けたのは今の俺の肉体の持ち主である条子が努力した結果だろう。条子の出身は花街のずっと奥にあるスラム。そこで父も母も知らず、名も持たずスラムの仲間たちと過ごしていた。しかし、ある日、天帝の第二忠妃である李愛さまが俺たちのことを気に入り、半ば強制的に後宮で働くことになった。だから厳密には輪子さま仕えていると言うよりかは、李愛さまに仕えていると言ったほうが正しい。
「隊長、身体の具合はどうですか?」
俺の部下の九白が俺の様子を確認しに来た。
「もう全快してる。回復薬を使ったからな」
俺は棚の中から一つの空瓶を取り出し九白に見せる。これは怪我を負ったときの特効薬で体の再生力を何億倍にも促進し、身体の傷が治る奇跡のような薬だ。実はこの条子、ちょっとだけ医学に精通している。と言ってもほとんど藪だ。知識は自己流、薬も独学、外科手術は手が不器用でできないときた。怪しいものでしかない。しかし、李愛さまはその出所不明の俺の知識を才能と呼んで起用してくれた。ちょっとだけ医者の気分を味わえた気がして嬉しかった。
「隊長、この前の戦闘中、急に動きが鈍くなって切られましたけど、何があったんですか?」
俺は先日の刺客と戦うとき、急にめまいと頭痛がして隙を生んでしまった。その隙を見て俺は敵に切られたのだ。痛みに鈍感なこの身体はそれでも持ち、最後まで敵と戦った。
「なんだったんだろうな。俺にもわからん」
「そうですか。じゃあ話してもいいですかね」
「ん? なんだ」
「はいこれ、李愛さまからの手紙です」
俺は手紙を受け取り開く。そこには天宮城の試練に挑むようにと書かれていた。
「九白、天宮城ってなんだ?」
「手紙を読んでください」
「あ、はい」
続きを読むと天宮城とは天帝に仕える忍びたち、宦官、医官などを始めとした後宮に勤める男性たちを育成するために建造された試練の城だという。主に受験者は忍びが多く、そこで合格した人間には天使として認められ、なにか天帝からご褒美がもらえるとのこと。
「え、なにこれ、絶対無理ゲーだろこれ」
「ムリゲーってなんですか?」
「ああ、絶対攻略不可能の試練ってこと」
「そうなんですか。ちなみに、俺も隊長について行ってこの試練を受けろと言われています」
「そうなん?」
「はい」
「他の奴らは」
「わたしとあんたの二人だけで」
……えぇ~。
「どうやったら断れるんだろう」
「隊長、諦めてください」
男二人で嫌な予感しかしない難題を攻略しないといけないとかどんな罰ゲームだよ。俺は知ってる。前の人生で天使らしき気配を感じ窓を眺めた時、こんな安心感のある神聖な存在がいるのかと思ったことがある。あれと同じ存在になれって、たぶん大抵の人間には無理なんじゃないんだろうか。
俺は李愛さまに会いに行き事情を確認することにした。なぜ、ただのいち忍び、影なる存在でしかない俺に試練を受けるように言ったのか。
「疑問になったので聞きに来ました」
李愛さまはなるほどと頷く。
「確かにあなたには必要がないかもしれませんね」
「必要がないかどうかはわかりませんが。その試練の内容が何なのかによりますけど」
李愛さまは微笑みを浮かべた。
「ええ、やはり試練の内容を考えてあなたには必要ないとわたしは考えます」
李愛さまは李愛さまから見て左側の壁に張られている手配書を見た。手配書は全部で七つ。それは後宮だけにとどまらず花街全体で羨望と畏怖を一身に集めた伝説の武官の似顔絵が書かれていた。
「その似顔絵がなにか?」
「いえ、なんでもありません」
そんな風には視えなかったが。
「あなたには将来的に立派な武官になってもらいたいのです」
「日陰の者であるわたしがですか?」
「ええ」
その李愛さまの夢も冗談だと思いたい。下賤のみである俺が武官の立場にまで昇進する道が思い浮かばない。
「こんなわたしが官僚の一人として認めてもらえるのでしょうか」
たぶん認められることはないだろう。後宮の日陰の者に対する偏見は大きい。ただ天帝に仕える一道具としての使命を全うせよと。それ以外に求めることは許さない。高貴なる我々とは違うのだと。
「あなたはこの手配書に書かれた人物たちを知っていますか?」
突然の質問だ。俺は手配書に書かれている持ち主たちを知らない。そもそも具体的にこの人物たちが誰でどのような理由で手配書を書かれたのかを知らない。
「そこに書かれた七人の武官は、別名、伝説の魔法騎士団と呼ばれ民たちにとっての英雄として知られています」
「そうなんですか」
知らなかった。そんなすごい称号の人間がいるんだなと素直に感心した。
「珍しいですね、魔法騎士って単語がこの国でなじみがなくて」
「そうですね、これは西の国で広まった彼らの異名です。東の国では最強の呪術師、中央の伝説の大陸では始まりの救世主などど呼ばれています」
思っていたより世界中に伝説が広がっているらしい。
「彼らのことは初めて聞きました。わたしごときではそのような伝説のすごさを測りきるのは難しいですね」
正直な気持ちだ。そこまで民衆に愛され世界で伝説を残した人たちはどれだけ頑張れば辿り着くのか。俺は想像がつかなかった。そしてある一点に気付く。
「あの、この一番左端に描かれている方は名前は何ていうんでしょう」
「その方は魔法騎士団の団長です。名前は限られた者しか知ることを許されていないため、ごめんなさい、あなたに教えることはできないわ」
「そうですか」
「なにか気になったことがありましたか?」
「いえ」
ただ、よく観察したらその左端の手配書に書かれている似顔絵が前世の俺そっくりだったので。まあ、他人の空似だと思ったから黙っておく。




