1-6 電子貯蔵型バッテリーの開発
この作品は間違って消去した作品の復活版です。
バッテリーの専業者である湯治電池は、嵯峨野のグループにいた佐川研究員が中央研究所と共同研究をしている。なので、すぐに会社から研究者を呼び出せた。待っていた会議室に、湯治電池の研究員の3人の40歳代の女性と一回りほど若い男性が2人入って来て名刺交換を行う。迎える側は涼と中央研究所の嵯峨野に佐川である。
湯治電池のメンバーは、水谷澄江第3研究室長、木川健太郎室長代理、室井武研究員である。彼らは防衛省の佐川と共同研究を行っているメンバーで、防衛省の補助の元で足掛け3年の間一緒に研究している。水谷らは、はっきり言ってその研究によって、何らかの成果が得られるとは思っていない。
しかし、防衛省と共同研究をやっているという声価に加え、研究費として十分実費は賄えているので、損はないということで、上からの圧力もあって続けている。しかし、佐川からかかってきた今日の電話の佐川の興奮した声に、期待を持ってやってきた。
それというのは、まだ若いが、佐川という防衛省の研究員の能力と見る目の確かさは、水谷も認めているのでその彼が根拠のない妙な話をするとは思えないのだ。また、迎えた嵯峨野には面識があり、中央研究所の全体を統括するコーディネータの一人であるので、尚更話の信ぴょう性は高いというものだ。
それなのに、日向クリエイティブとか聞いたことのない研究所の所長の名刺を出した、この若者はどう見ても高校生くらいだ。『どうなっているのだろう?』と首をひねらざるを得ない。その彼について嵯峨野が紹介する。
「この日向涼君ですが、見た通り大変お若いのですが、我が防衛省は極めて重要な開発の情報を提供してもらい、またその指導をしてもらっています。彼の存在と我が省との係わりは、防衛省の特A級の秘密事項ですので、御社の社内と言えども決して漏らさないようにしてください」
真剣な嵯峨野の表情と口調に、3人の民間人はごくりとつばをのみ、大きく頷く。
それを見ながら、涼はノートバソコンを開き、会議室に備えられているディスプレイにその映像を映すと皆がその画面を見ているのを確認して、淡々と説明を始める。
「では説明を始めさせて頂きます。これは化学的に電力を蓄えるものでなく、電子を金属の媒体にいわば高濃度に貯えてそれを取り出すものです。そのため、重量当たりの蓄電量は従来のバッテリーに比べ段違いになります。具体的に現在で自動車に積む100㎾時程度のバッテリーであれば、保護材を入れて、重量は2㎏で大きさは15×20×15㎝程度です」
「「「ええ、そ、そんな!」」」
3人から期せずして叫び声が上がった。彼らの会社で商品化しているバッテリーは、250㎏で67㎾時であり、価格は100万円以上する。これは、出力は他社に劣らないが、価格は中国勢にはるかに及ばす、殆ど売れていないのが実情である。
その反応で少し黙った涼は再度話しを続ける。
「ええと、続けさせて頂きます。これは、電力を供給して充電するものでなく、工場に持ち込んで励起するものになりますので、バッテリーの取り外し、引き取りと工場での充電、配送という工程が必要になります。大容量のバッテリーの交換という過程を経るため、家庭などで交換は許すべきでなく、現在の給油所などで行うべきでしょう。
バッテリーについての裏方の手間は増えますが、軽量のため簡単にハンドリング出来ます。車の場合には、ユーザーは従来のように交換所に行って、数分で交換を済ませることができます。値段は100㎾時のもので原価は10万円以下程度だと思いますし、励起の費用は現在の車の程度に数が揃えば交換費、配送費、工場の償却を入れて一つ3~4千円でしょう」
涼は一旦話を切って、聞いている人が集中しているのを確認して続ける。
「ちなみに、この場合のバッテリーの励起には電力を使いますが、励起したバッテリーの容量の10%以下です。ただ、このバッテリーは車の発電機による充電はできませんので、その点は従来品に比べ不利ですね。ええと水谷さん、電気自動車のバッテリーの放電量に対する走行による充電はどの程度ですか?」
「そうですね。10%台です。多分15%程度でしょうか」
「であれば、コンパクトであること、安価であることなどを考えたら問題になりませんね。ところで言い忘れていましたが、このタイプのバッテリーは化学的なバッテリーに比べ寿命は3倍程度とされています」
専門技術者としては信じられない話であるが、なにか嘘でないという確信めいた考えがある。そのために胸を躍らせて涼の話を聞きながら、水谷は考えていた。
『自分の会社は、普通のバッテリーは売れているが、電気自動車用のバッテリーについてはまったく競争力がない。自動車メーカーが作るものにも負けるレベルである。とは言え、電気自動車は2020年頃にはそれなりに売れていたが、高価で重いさらに充電に時間がかかるなどの問題で国からの大きな補助があっても売れなくなった。
しかも、その製造及び充電電力発生に必要な二酸化炭素発生量はガソリン車に比べ差がないということが判った。結果、電気自動車の補助金は大きく削られてますます売れなくなって、結局今はハイブリッドが主流である。そして今は、石油の値段がどんどん上がっており、このため人々はプライベートの遠出をしなくなり、全ての運賃が継続的に上がってきている。
そこにおいて、このバッテリーが出てきた。そして、明らかに今説明を受けている内容は、全くの一次情報であり、この段階で呼ばれるということはわが社に実用化を任せるつもりだ。売り上げが漸減している会社と、その会社のそれなりの立場の自分にとって、夢のようなチャンスが巡ってきた』
「まあ、一般的な話はこの程度にして、実際的にこのバッテリーの製法を説明しましょう。この画面を見て下さい。これが、電子を蓄えることのできる媒体の構成です。また、この図が励起の働きのメカニズムを示したもので、ここにあるように、ここにある触媒回路によって条件付けを行って始めて、電子の貯留即ち励起が行われます。この肝は触媒回路ですのが、これについては、また別途製法を説明します」
などと、涼は図と資料を使って具体的に製法を説明していく。
「これで、製法についてはご理解頂けたかと思います。バッテリー本体については問題ないでしょう?」
涼の締めくくりの話の後に水谷が応じる。
「ええ、本体については今の説明とそのデータを頂ければ大丈夫です。しかし、肝心なのは励起工場だと思いますが、それについては、我々も専門ではありませんので、関連会社の協力も必要ですし、日向さんのご指導が必要です。特にその触媒回路ですね」
「触媒回路については、製造はあまり分散するつもりはありません。現在ではすでマキノ工機さんが製造していますので、私としてはそこに一本化する予定です。その点では法外な利益を求めるようなことはしませんので、その点は安心してください。これは国力の落ちている日本に、製造業を復活させる手段と考えています」
この涼の言葉に嵯峨野が反応した。
「え、それは我々の作るものに関してしても、ですか?」
「いえ、防衛装備品についてはセキュリティについては防衛省が進んでいますし、防衛省内部でお願いしたいと思っています。バッテリー量産効果と生産体制を早く作れることから、あくまで民生品を自衛隊が調達することで良いのでしょう?」
「はい、バッテリーについてはそうですね。ええ、言われるように触媒回路については防衛省で内作できるように考えてみます」
そこに、水谷が言う。
「はい、我々としては、早急に試作と製造体制の構築にかかりますが、試行錯誤に苦労はあるわけで、それなりの先行者利益を得たいわけです。それで、特許なりで縛りたいわけですが、どうでしょうか?」
「ええと、別のこのバッテリーと似た原理に基づいた新型発電機の実用化を、四菱重工さんが幹事で始まっています。そこでも私の提供したこの資料については公知のものとして、扱ってほしいと、いや扱うように要求しています。従って、この資料の中身については特許などの申請をしないようにお願いします。
ただ、私としては外国勢との安値競争に巻き込まれることを恐れていますので、製法を秘匿する等で十分先行者利益を得てほしいと思っています。また、さっき話のでた触媒回路の供給によってある程度のコントロールはできるはずです。
とは言え、多分近い将来の莫大な需要で御社単独ではなかなか応じきれないと思いますし、その際は基本的に日本勢で分け合ってということでお願いします」
夕方になって会社に帰った水谷は、すぐさま、涼からもらったデータを自分のコンピュータで確認して、開発担当常務の香川の部屋を訪問した。部屋に入り、常務のデスクの前の椅子に座るように促されたので、座ったところで香川がすぐに尋ねる。
「水谷君、防衛省の重要な事項とはどういう話だったかね?」
「はい、会議には中央研究所の佐川さんに加えて、嵯峨野さんが出席していました」
「ほう、嵯峨野さんが同席ということはそれなりの事だね」
「はい、それに加えて高校生の日向涼という人が出ていました」
その言葉と共に涼から渡された名刺を机に置く。常務がそれを眺めている内に水谷は続ける。
「私も驚いたのですが、嵯峨野さんは、彼が防衛省の極めて重要な開発に関して資料の提供と指導をしていると言われたのです。そして、彼は全く新しくとんでもないバッテリーの設計の資料を出して説明し、かつそれを生産できるデータをくれました」
香川常務は名刺を見ながら混乱した様子で何を言わず、水谷を見る。
「そのバッテリーというのは、化学的なものでなく、原子的に電子をいわば高濃度に貯留してそれを電力として取り出すものだそうです。そして、その充電には工場で励起という操作をすると言いますが、その反応には、励起回路というものが必要だそうです。
訳が判らないでしょう?
でもそのバッテリーは容量100㎾時のもので4㎏以下の重量であって、弁当箱の大きいもの程度で、量産すれば原価10万円以下だそうです。そして、200ページに渡るその製作ができる資料を貰ってきたのです」
水谷は、パソコンの画面を常務に向けて、データをスクロールさせる。香川は真剣にそれを見て、自分でもキーを押してやがて言う。
「本物だと思うか?」
「思います。これを試作させて下さい!防衛省も作るのを待っています。これほどのチャンスは絶対にありません。でも、作って実証しないと社内も信じてはもらえません、やりたいです」
水谷は、香川を真っすぐ見つめて真剣な声で言う。
「ふふふ、鉄の女と言われた水谷君が、そんな表情でそんなことを言うとはな。わかったよ。超特急で試作品を作れ。製造工程もまとめて、生産技術部が工場を準備できるようにしてくれ。金も必要な人員も要求してくれ。社長も取締会も説得する」
笑って言った香川は表情を改めて聞く。
「ちなみに、ロイヤリティはどうなっているんだ。その触媒回路とかいうのは、よそで作るんだろう?投資したわ、ノウハウをばらまかれたでは困ってしまうよな。このバッテリーは単価が安いけど、数が膨大に出るはずで、全体としては凄い売り上げになるはずだ」
「ええ、その点は確認してきました。まず、今回貰った資料については出版された書籍と同じ『公知』として扱ってくれということです。従って、その中身の特許は取れません。ただ、製造の過程の細かいところでは実用新案なんかで縛っても良いと思っています。
そして、資料を提供した日向涼氏、高校生なのですがね、彼は発明者ではなく、技術の紹介者として扱ってくれということです。彼に対するロイヤリティは、わが社の株券の現在の株価で5億円相当で欲しいということで、特にバッテリー1個にいくらという要求なしないそうです。
それから今回の案件はバッテリーそのものと、その励起工場に別れるわけですが、どちらも抑えたいわけで、励起工場に関してはその触媒回路が必要になります。その触媒回路は一か所にまとめて秘密を守りたいということですが、そのコストはバッテリー本体以上になるようなことはないということです」
「ふーん。えらく控えめな要求だな。とは言え、株券であれば現金が出て行かない分有難いよな。それに株で欲しいということで、値が上がることを見込んでいるのだから、わが社の有利になるように動いてくれることが期待できるな。それと肝心な点は、その資料は他の電池メーカーにも供与することはないのだろうな?」
「ええ、要はわが社が需要に応じられる分にはいいけれど、そうでない場合は他社と一緒に生産を行うようにということです。そして、バッテリーの資料はわが社以外には渡さないとは、口頭ですが言っています」
「ふむ、抜けはないようだ。これが本当であれば大変なことになる。まあ、お役所である防衛省が本物と判断して動いているようだから、信ぴょう性は高いとは思うが、これは電池業界どころか、自動車業界の再編成もあり得る話だ。たぶん、エンジンは早々に廃れるな。
水谷君、明日からはとんでもなく忙しくなる。今日くらいはゆっくり休んでくれ。まあ、とは言って気は休まらないだろうけど、倒れられると困る。それは君のみならずだけどな。そうだな、生産技術部も噛ました方はいいか。明日、吉田常務と調整するよ」
「ええ、そうですね。生産技術部は入ってもらった方がいいです。調整をよろしくお願いします」




