2-7 ニューEV(Electric Vehicle)登場と巻き起こった騒動
この作品は間違って消去した作品の復活版です。
2028年時点で、日本の自動車は4輪車が7,900万台あり、その内6,200万台が軽を含む乗用車、大型エンジン駆動のトラックやトレーラ、更に特殊車が290万台、バスが20万台、貨物等の軽を含む小型車は1,380万台である。また、2輪車が400万台ある。
国内の生産台数は、4輪車が合計750万台、その内軽を含む乗用車が400万台、大型エンジン駆動のトラックやトレーラ、更にバスを含む特殊車が65万台、貨物等の軽を含む小型車は285万台である。また、2輪車が70万台となる。
EV車の所有はまだ30万台足らずであり、生産もわずかである。これは補助金があっても高価で充電に時間がかかるなどの問題で嫌われた結果である。だから、ほとんどはハイブリッドを含むエンジン車であり、費やす燃料も莫大で、結果として二酸化炭素の発生量も大きい。
しかし、この時点では燃料費の高騰のために、プライベートでの車の利用は控える傾向が顕著である。さらに、燃料費のために公共交通機関の運賃や配送費も継続的に上がっており、全体としての国の経済の活性を削いでいる。
そこに電子バッテリーなるものが登場した。これは従来のバッテリーに比べ、圧倒的に小さいのに容量は従来のEV用の数倍あり、必然的にコストも安い。ただ、このバッテリーは所謂電気による充電は出来ず、工場で『励起』をすることでフル充電状態に戻る。
つまり、バッテリー交換をすることを前提にしているのだが、この交換は数分で終わる。だから、励起工場で励起したバッテリーを交換所へ運び、空になったバッテリーを励起工場に運ぶというサイクルが必要である。この交換所は、従来のガソリン・スタンド(給油所)によることになる。
これらの大容量のバッテリーの交換には、それなりの冶具と訓練された要員が必要である。なので、バッテリー交換所、略してBE(Battery Exchanger)には必要な冶具を備え、訓練された要員が配置される。BEは、ガソリンスタンドを改装しての横滑りになる。
だから、励起工場とBEは余り遠くては困る訳である。だから、経産省と国交省が後押しして、電子バッテリーを使った自動車が発売される前に、励起工場は各県で最低2工場以上は設置された。励起工場はいわば電気の缶詰を作るので、一種の発電所である。
例えば、150㎾時のバッテリーを1日で10万基励起する工場は日当たりの発電量は1,500万㎾時の発電量であるので、62万5千㎾の発電所に相当する。
これに加えて、モーターでの革新があった。それは鋳造アルミニウムによるモーターの開発である。実のところ、全ての車をEVとすることには不安があった。それは銅資源の高騰の恐れである。2028年時点で世界のEVの普及率は10%にもいってない状況にある今ですら、すでに暴騰の兆しがあった。
一方で、アルミの資源量は、銅と比べ一桁上である。電力多消費の精錬において電力費の大幅減により今後アルミの調達コストが劇的に下がることは確実である。また製造に当たっては、自動化していると言っても銅の巻き線で製造する工程とアルミ鋳造では、コストが2倍差以上になる。
だから、今後も安定した低いコストでのモーターの供給が見込めるのだ。
このように、電子バッテリーとアルミ鋳造型のモーターは、EV車のコストを劇的に下げガソリン車をも明確に下回ることになった。さらに、後述するように電子バッテリーの励起の費用は給油を下回ることから、トータルとして新AV車の運用費は従来車より大幅に安くなる。
さらには、石油事情の継続的な悪化により、その価格の上昇、調達の困難さは増していく。また環境面で、石油を使うことは地球温暖化を加速させている。主として後者の理由で、コスト高の従来型のEVしか選択肢がない状態ですら各国はガソリン車を禁止しようとしていたのだ。
かくして、2029年秋には日本の全自動車会社は、満を持して一斉に『新世代のニューAV』と称して各3~5種のEVの発売を開始した。いずれの社も100万円前後の低価格帯、200万円前後の中価格帯、300~500万円の高価格帯の車のラインアップを揃えている。
すでに、あらかじめ全く新しい車が発売されること、その大体の性能は公表されているため、EVは無論、ガソリン車に加えハイブリッド車も過去1年ほとんど売れていない。そこに登場した新世代のニューAVは、待っていた人々の期待に応えるものであった。
まず、価格が旧来のガソリン車に比べて20%以上安い。さらに、中価格帯の車の場合で走行距離は装着している2基のバッテリーの1基で8百㎞余り、その交換費は8千円前後であるため㎞当たりの費用は10円ほどである。これは現行の25円/㎞の半分以下となり、さらに今後当分値上げはない。
また、これらの車は従来車に比し、エンジンに代わりコンパクトなモーターが載り、ガソリンタンクが不要になっている。また、従来の車載のバッテリー代わりに電子バッテリーが2基載る。従って走行に必要な装置のための容量が大幅に減り、重量も大幅に軽減される。
このため、スタイルの自由度が大幅に増えたので、中には奇想天外なスタイルの車もあった。その点では、2年発売が遅れた海外メーカーでは、もっと奇抜なものが生まれている。つまり、4輪の車に人が4人から5人乗るという制約の中で、新たな条件の下でどう自由にスタイルを考えられるようになった訳だ。
このように、新しいコンセプトの車が生まれる中で、様々な問題が考えられる。一つには、莫大な車という資産が近い将来無価値になるということだ。これは、コストの問題もあるが、石油使用禁止の法制化が決まっているからである。
しかし、それ以上にシリアスなのは、EV移行によって駆逐されるエンジン製造など、さらに石油精製などの産業である。とりわけ莫大な需要のあったエンジンの生産は、自動車産業が全数をEVに変えようとする以上はただちに受注がゼロになる。
その製造が自動車会社の一部であっても、製造は様々な協力会社の部品供給の元に成り立っている。人員は、R情報による産業の変革に伴なう総需要の増大による配置転換でカバーはできる。しかし、それでもその生産施設が価値ゼロになるのはなかなか厳しい。
また石油業界の場合、発電において今後燃料油としての需要が無くなり、自動車においても同様である。加えて、産業の熱源を全て電力にしようという開発の進行と実用の始まりによって、おそらく5~7年将来には、燃料油の需要は日本から無くなることが予測される。
もっとも、潤滑油は将来も必要であって需要が無くなることはないし、石油化学製品は今後も需要が減ることはない。政府の見込みでは、燃料消費の激減によって、今後10年ほどの時間をかけて世界の石油需要は1/5程度になり、そのまま安定する。
つまり、ひっ迫すると見られていた石油が完全にだぶついてくる。
世界に先がけて、変革を進めている日本はこの変化がとりわけ急激である。石油に関して言えば、石油コンビナートは規模を大きく落とすことになるので、廃棄する工場も多く生じる。こうして、大規模な設備の償却、人員の配置転換などが起きる。
これらの産業に従事する人々は、情熱と誇りを持って自分の専門分野で活躍してきた訳で、彼らに対する人員の配置転換は胸が痛む話である。政府も無論この問題には気が付いており、税制の優遇措置、転換教育への補助などを計画している。
つまり、こうしたR情報活用の余波による、日本の産業の全体で起きるドラスチックな変化への対応が迫られる。
自動車産業についての変化は、資源の減少により困難を増す石油資源の調達のこと、更に明らかに悪化している地球環境の保全のための国際的な約束などのため、避けられないと国民も納得している。
ところで、自動車については、乗用車などでは車体に対する走行装置(エンジン、燃料タンクなど)の空間の割合が大きいので全体としてモデルチェンジすることになる。一方で、トラックや特殊自動車は、走行装置に比して車体の割合が大きく高価であるため、交換パーツが開発されてすでに改造が始まっている。
この趨勢を睨んで、政府による燃料油利用の自動車の禁止の法令は、現在国会で審議中の現状では2035年春が期限となる。つまり、これはEV以外の自動車の禁止法である。一方で2029年春の段階でも、ある程度のガソリン車は売れているので、これらは最大6年しか使えないことになる。
乗用車・貨物車等の小型車は、法で定める予定の期限である2035年春までに7,580万台、トラック、バスなどの大型車は310万台、また2輪車は400万台あって、これらすべてをEVに更新する必要がある。
一方で、日本メーカーの2028年度の4輪車の生産数は、すでに新しいEVを勘案して生産を抑制し、例年の半数の約400万台であったが、その前の年には全数で750万台であった。つまり、国内の生産能力は750万台程度ということになる。一方で、日本の自動車メーカーの世界での生産台数は、日本を除けば、1,700万台ある。ちなみに国内の2輪車の生産台数は70万台である。
2029年秋の段階で、政府はニュータイプのEVによって既存車を全て代替するための計画を策定した。初年度は2029年度の5か月に小型300万台、大型車の走行部交換60万台である。さらに2030年から2034年度末まで、小型を国内で平均800万台生産としている。
だが、実際には年間1500万台ほど必要なので、残りの700万台は海外工場から逆輸入することにしている。日本メーカーの世界生産能力は、日本国内製造分を除き1,750万台あるのだ。なお、既存のEVは基本的にバッテリー交換のみで済ませている。
また、大型車は走行部交換と車体全体の新造を含めて2032年までに終わらせるとしている。これは、台数の割に燃料使用や環境への影響が大きいことも原因としてあるが、それ以上に費用としての燃料費に敏感な運送業者が早期の走行部の交換を要求したのだ。
35才の地元市役所の職員である長瀬英二は、近所のスーパーでパートをしている妻と、1男2女の子供の5人家族である。25㎞の通勤に使っている四菱自動車の自家用車は、すでに8年乗っているが、ガソリン代が220円/ℓになって、月2回給油する料金の半分は役所から通勤費として貰えるものの負担は結構重く、最近では殆ど遠出をしていない。
今年の春から、自動車メーカーは各社一斉に、ニューEVと称する車のPRを大々的に始めた。さらに、政府も2035年を期して、全面EV車への切り替えを法令で命じることになったとPRしている。そして、燃料費に代わるバッテリー交換費の試算が出されている。
それによると、英二が買うであろう出力75㎾のセダンタイプであれば、1㎞10円で走れるという。現在で計算すると25円/㎞を上回っているので、半分以下となる。また、バッテリーの励起工場が、彼の住んでいる隣の市に建設され、行きつけのガソリンスタンドはバッテリー交換所(BE)に改装している。
そのBEに衣替えをする現在のスタンドの親父と話をしてみた。その話によると、当分はガソリンスタンドとバッテリー交換所が兼用になるらしい。ガソリン車がある限り給油は必要だからね、と親父は言う。また、バッテリーの管理と交換の手間はそれなりに見てくれていて、経営としては十分成り立つらしい。
さらに、店の結構な改装が必要になるが、その経費の殆どは国の補助金で賄えると言う。そのような話をして「よっぽど、国はガソリンを使うのを止めたいらしいなあ」と笑う親父であった。
さて、夏ごろから新しい車のカタログを集めて、妻の洋子とどれを買うか検討した英二である。ガソリン車より安いのでEVであるのに補助金がついていない。その条件で、3社ほどの見積価格を集めてみて、従来のHV車はおろかガソリン車よりかなり安いことに気がついた。
「へえ、走行費が安くなる上に、車体も安いのね」
妻の言葉に、英二は調べた結果で蘊蓄を述べる
「ああ、大体この電子バッテリーは、今の車のバッテリーより小さいけど、これは2基ついている。だから、1基が空になっても安心だ。今のバッテリーよりは高いらしいけど、従来のEVのものより随分安い。また、モーターもアルミ鋳造型になっていて大分安いらしい。
そのお陰で、電子バッテリーとそのモーターの組み合わせは、エンジンより随分安くなったらしい。それにガソリンタンクも要らないしね。だから、居住部を小さくせず長さを中心に、車体は小さくなっているよね。まあ、小さいということは安くなるわけだ」
彼等は相談の上で、N社のスマートでコンパクトな出力75㎾の車を選んで注文した。奇抜なスタイルの車もあったが、役所勤めということもあって普通のものにした。しかし、残念ながら年度内に納車できるケースはまれで、2029年8月中旬に注文した彼らの納車は2031年の2月になった。
「ええ、1年半後しか入らないの!」
叫ぶ英二に、申し訳なさそうに販売店の店員が応じる。
「はい、誠に申し訳ありません。今年は、生産開始直後ということで、どうしても生産が少なくなっています。それなのに、この車が出来るのを待っていたお客様が膨大におられ、どうしても遅くなってしまいます。ただ、来年からは国内のラインがすべて整い、マレーシア工場からの逆輸入車も入ってきますので多分申し上げた期日より1ヶ月か2ヵ月早くなる可能性もあります」
結局、彼らはマレーシアで作ったという車を、2030年暮れに受け取ることができた。振動がなく静かに走り、かつ走行費が安い車に一家は大満足で、以前のように一家で、度々妻の実家を含む遠方に出かけるようになった。




