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第58話:江東平定、孫権の降伏と、その後の処遇

第58話:江東平定、孫権の降伏と、その後の処遇

赤壁の炎は、孫権の水軍主力を焼き尽くしたが、江東の虎の魂までは消し去れなかった。

陸遜は、残存兵力を率いて夷陵いりょうの険に立てこもり、巧みな伏兵と地形を活かした戦術で、追撃してきた張飛の猛攻を巧みに受け流す。呂蒙は、濡須じゅしゅの砦で、関羽率いる軍勢と一進一退の攻防を繰り広げ、その堅守ぶりは白龍軍を驚かせた。彼ら若き智将たちの奮戦は、江東の意地そのものだった。


しかし、それはあまりにも巨大な奔流に抗う、最後の抵抗に過ぎなかった。

甘寧と徐盛が率いる白龍水軍は、完全に長江の制水権を掌握。補給路を断たれ、各地の拠点は次々と孤立し、内部から崩壊していく。連日のように建業の宮殿にもたらされるのは、各地での敗報と、将兵の士気低下を伝える暗い知らせばかりだった。


「もはや…これまでか…」

孫権は、玉座で一人、深くため息をついた。その若き顔には、年齢にそぐわないほどの疲労と苦悩の色が浮かんでいる。彼の脳裏に、勇猛果敢だった父・孫堅の幻影が、そして志半ばで倒れた兄・孫策の幻影が、次々と語りかけてくる。

『仲謀よ、降伏など許さぬぞ!孫家の誇りを忘れたか!』

『いや、仲謀。君主たる者、最も守るべきは民の命だ。意地を張って民を塗炭の苦しみに落とすことこそ、真の敗北ではないのか…』

父と兄、二人の英雄の狭間で、孫権の心は引き裂かれそうだった。


重臣たちの間でも、意見は真っ二つに割れていた。

「殿!最後まで戦い抜き、江東の武人の魂を天下に示しましょうぞ!」と叫ぶ徹底抗戦派。

「これ以上の戦は、ただ江東の民を無益な戦火に晒すだけ。降伏こそが、未来に望みを繋ぐ道にございます」と説く穏健派。

その激論が続く中、老臣・魯粛が静かに進み出た。

「殿。真の勇気とは、戦い続けることのみに非ず。民のために、屈辱に耐え、頭を下げることのできる勇気もまた、君主には必要と存じます。趙子龍将軍は、仁徳の君主と聞き及びます。今は、彼の器に賭けてみるべきではございませんか」

魯粛の言葉が、孫権の最後の迷いを断ち切った。


数日後、建業の城門は静かに開かれ、孫権は君主の礼装に身を包み、魯粛、呂蒙、陸遜といった側近たちを伴って、的斗の本陣へと向かった。

的斗は、馬上で孫権の姿を認めると、自らも馬から下り、勝利者としての傲慢さなど微塵も見せず、敗者であるはずの孫権を、対等な君主として礼を尽くして迎えた。


「孫権殿、よくぞご決断された。この趙子龍、貴殿の勇気と、民を思う心に敬意を表する」


孫権は、深々と頭を下げた。そして、従者が捧げ持つ盆の上から、江東の支配者の証である印綬を取り、的斗の前に差し出した。

「趙子龍将軍…。この孫仲謀、降伏いたします。ただ、お願いが三つございます。一つ、江東の民の生活は、これまで通り安堵していただきたい。二つ、我が孫家の旧臣たちの身分と財産は、保証していただきたい。そして三つ、私自身も、決して虜囚としての屈辱的な扱いは受けぬと、お約束願いたい」

その言葉には、最後まで君主としての誇りを失わない、孫権の気骨が表れていた。


的斗は、その印綬を受け取らず、孫権の前に進み出ると、彼の肩にそっと手を置いた。

「孫権殿、その条件、全て受け入れよう。そして、その印綬は、貴殿がお持ちなさい。貴殿のような人物を、ただの敗将として終わらせるのは、この国の損失だ。これからは、白龍王朝の一員として、その知恵と力を、天下万民のために役立ててほしい」

そして的斗は、驚くべき提案をした。

「孫権殿には、引き続きこの江東の統治を委ねたいと考えている。もちろん、我が白龍軍の監督は受けてもらうが、貴殿のこれまでの内政手腕を、私は高く評価している。江東の民が、一日も早く平穏な生活を取り戻せるよう、力を貸してほしい」

その言葉に、孫権だけでなく、魯粛たちも驚きの表情を浮かべた。敗軍の将に、これほど寛大な処置をするとは、誰も予想していなかったのだ。


孫権は、しばし的斗の顔をじっと見つめていたが、やがてその場に膝をつき、深く頭を下げた。

「…趙子龍将軍のそのお器量、この孫仲謀、心服いたしました。これより、白龍王朝の臣下として、江東の民のため、そして天下泰平のために、力を尽くすことを誓います」


的斗の寛大な処置と、孫権が引き続き江東の統治に関わるという報は、瞬く間に江東全土に広まった。戦々恐々としていた民衆は安堵し、白龍軍に対する反感も急速に和らいでいった。

江東平定。それは、武力による征服ではなく、徳による平定が成し遂げられた瞬間だった。

残る敵は、ただ一人。執念で再起を果たし、中原で最後の抵抗を試みようとしている、あの宿敵――曹操孟徳のみ。

的斗は、長江の流れを見つめながら、静かに闘志を燃やすのだった。天下統一の夢は、もう目前に迫っていた。

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