第56話:江東の孫権との対峙、長江燃ゆ ~赤壁の攻防~
第56話:江東の孫権との対峙、長江燃ゆ ~赤壁の攻防~
関羽・張飛という最強の義兄弟を加え、白龍軍の威勢はまさに天を衝くばかりだった。漢中を完全に平定し、中原の北半分と西の益州までもがその版図に入り、的斗こと趙雲子龍の名は、新たな時代の覇者として、中華全土に轟き渡っていた。
しかし、天下統一への道は、まだ二つの大きな障壁が残っていた。一つは、江東に拠点を置く孫権仲謀。そしてもう一つは、あの不屈の奸雄、曹操孟徳である。
かつて白龍軍を壊滅寸前まで追い込みながら、陳宮の奇策の前に一時撤退を余儀なくされた曹操。だが、彼は決して牙を抜かれてはいなかった。的斗が益州・漢中の平定に集中している間に、彼は中原南部に残した拠点を再整備し、さらに劉表亡き後の混乱に乗じて荊州北部までをも制圧。襄陽や樊城を新たな拠点とし、再び中原を揺るがすだけの大軍勢を再編していたのだ。彼は、荊州から益州の喉元を脅かしつつ、白龍軍と江東が睨み合う様を虎視眈々と監視していた。天下は今、的斗、孫権、そして曹操という、三人の覇者が睨み合う、一触即発の状態にあった。
天下統一への道は、最終局面を迎えようとしていた。
江東の主・孫権は、若年ながらも英明な君主だった。父・孫堅、兄・孫策という二人の英雄の志を継ぎ、周瑜亡き後も、魯粛の現実的な外交政策と、呂蒙、陸遜といった若き才能の台頭によって、江東の地を巧みに治め、独自の文化と繁栄を築き上げていた。
しかし、的斗率いる白龍軍の急速な勢力拡大は、孫権にとって最大の脅威となっていた。
「趙子龍…中原と益州を平らげ、次はいよいよこの江東に牙を剥くつもりであろうか…」
孫権は、臣下たちとの軍議の席で、厳しい表情で呟いた。彼の警戒は、単なる領土的な野心からだけではなかった。的斗が掲げる「仁義」や「法治」といった新たな価値観が、江東の伝統的な豪族たちの秩序を揺るがし、孫家の支配体制そのものを脅かす可能性を、彼は鋭く感じ取っていたのだ。
魯粛は進言した。
「殿、趙雲の勢いはまさに破竹。まともに戦っては、我が江東とて無事ではありますまい。ここは一時、荊州北部で我らと趙雲の戦いを静観している曹操と手を結び、趙雲という共通の敵に対抗する道もご検討なさるべきかと…」
孫権はその策を受け入れ、密かに曹操側に使者を送った。しかし、奸雄・曹操がこの好機を見逃すはずがなかった。彼は、白龍軍と孫権軍が長江で激突し、互いに戦力を削り合うのを待つのが最も得策と判断。表向きは孫権との連携を匂わせつつも、具体的な援軍を送ることはなく、高みの見物を決め込んでいた。江東への積極的な援軍は、もはや期待できない状況だった。
一方、的斗もまた、江東の孫権の存在を軽視してはいなかった。
「孫権は若いが、侮れない相手だ。できれば、無益な戦いは避けたい…」
的斗は、外交手腕に長けた徐庶を正使とし、孫権の元へ降伏勧告の使者を送った。
建業の宮殿で、徐庶は孫権と対峙した。
「孫権殿。天下の趨勢は、もはや我が主・趙子龍の元にあります。貴殿が賢明にも降伏し、白龍王朝の臣下となるならば、江東の安寧と、孫家のこれまでの名誉は必ずや保証いたしましょう。無益な戦いを避け、共に新たな時代を築こうではございませんか」
徐庶の言葉は、威厳と説得力に満ちていた。
しかし、孫権は少しも臆することなく、毅然とした態度で答えた。
「徐元直殿、貴殿の言葉、確かに承った。趙子龍将軍の武勇と仁政の噂も、この江東にも届いておる。だが、我が江東の民は、誰かの支配を潔しとするような軟弱な者たちではない。父・孫堅、兄・孫策が血と汗で築き上げたこの地は、この孫仲謀が、命に代えても守り抜く所存!降伏など、ありえぬ相談よ!」
その言葉には、若き君主としての誇りと、江東の民への深い責任感が込められていた。交渉は決裂した。
「…やむを得まい。ならば、力をもって江東を平定するまで」
的斗は、徐庶からの報告を受け、静かにそう呟いた。
彼は、甘寧と徐盛に命じ、白龍軍の全水軍戦力を結集させた。数千隻にも及ぶ巨大な艦船が長江の支流を埋め尽くし、数十万の兵士たちが、鬨の声を上げて天下統一最後の戦いへと臨む。関羽、張飛、太史慈、張郃、高覧といった猛将たちも、それぞれの部隊を率いて水軍に乗り込んだ。
その進軍の様は、まさに長江を遡る白い龍のようだった。
迎え撃つ孫権軍もまた、決して侮れる相手ではなかった。呂蒙、陸遜といった若き智将たちが、長江の天険として知られる赤壁に鉄壁の防衛線を築き上げていた。その地は、水軍の運用に長けた者が地の利を得やすい、古来より戦略上の重要拠点であった。水上には無数の戦艦が配置され、岸辺には弓兵や弩兵が隙間なく並び、白龍軍の到来を待ち構えている。
両軍の将兵の士気は高く、その目には決死の覚悟が宿っていた。
長江の水面には、不気味なほどの静けさが漂い、ただ風の音だけが、これから始まるであろう壮絶な戦いの序曲を奏でているかのようだった。
江東の運命、そして中華の未来を賭けた、赤壁の攻防が、今まさに始まろうとしていた。