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第49話:法正との密会と内応の約束、そして張松の裏切りと露見

第49話:法正との密会と内応の約束、そして張松の裏切りと露見

益州の張松と法正、二人の有能な臣下からの接触は、的斗にとってまさに渡りに船だった。しかし、河北の安定と曹操への備えに追われる中、軽率な行動は許されない。慎重を期すべきと進言する徐庶と、好機を逃すべきではないと主張する陳宮。熟慮の末、的斗は陳宮の策を容れ、まず法正からの接触に応じることを決断した。


孟達の手引きにより、会談の場所は荊州の国境近くにある古寺と定められた。的斗は護衛として太史慈と廖化だけを伴い、お忍びでその地へと向かう。道中、曹操軍の巡回兵の影に幾度となく肝を冷やしたが、廖化の巧みな道案内で無事に目的地へたどり着いた。


月明かりだけが頼りの夜、古寺の一室で、的斗は法正、そして孟達と初めて顔を合わせた。法正は、年の頃三十代半ば、鋭い眼光を宿し、怜悧な雰囲気を漂わせる男だった。孟達は、法正より少し年長で、落ち着いた物腰の中にも、確かな野心を秘めているように見えた。


会談は、最初は互いに腹を探り合うような、緊張感に包まれたものだった。しかし、法正が益州の地図を広げ、その内情を語り始めると、その場の空気は一変した。

「趙子龍殿、これが今の益州の惨状にございます」

法正の声には、抑えきれない怒りと絶望が滲んでいた。

「我が主・劉璋は、もはや益州の牧たる器ではございません。成都の宮殿では、昼夜を問わず酒池肉林の宴が催され、媚びへつらう佞臣たちの笑い声と、楽の音が絶えることはありませぬ。その一方で、城外の民は重税に喘ぎ、子を売って糊口をしのぐ者さえ後を絶たない。忠臣が民の窮状を訴えれば『世の平穏を乱す者』として遠ざけられ、国庫の財は佞臣たちの懐を肥やすために消えていくのです」


彼の言葉は、的斗の脳裏に董卓や袁紹の姿を蘇らせた。

「将兵の士気も地に落ちております。武具は手入れもされず錆びつき、兵糧は横領され、訓練も名ばかり。中原で貴殿や曹操が覇を競っているというのに、劉璋は『益州は天険の要害、攻められるはずがない』と高をくくり、何の備えもしておりませぬ。このままでは、益州は内から腐り落ちるか、あるいは外敵になすすべもなく蹂躙されるか…もはや時間の問題にございます」

法正は、地図上の主要な関所を指し示した。

「我ら内応の者が手引きし、趙子龍殿が神速の進軍をもってこれらの関所を落とせば、成都は戦わずして開城させることも可能かと…」

その戦略は、緻密かつ大胆で、これまで数々の策を練ってきた的斗自身を唸らせるに十分なものだった。


(この男…陳宮先生とはまた違うタイプの切れ者だ…!)

的斗は、法正の瞳の奥にある強い野心と共に、その奥に秘められた益州の民を思う気持ちも感じ取っていた。


孟達は、法正の過激とも思える策を時折諌めつつも、的斗の器量を見極めるように、鋭い質問を投げかけてきた。

「趙子龍殿。仮に益州を手に入れたとして、貴殿はその後、どのような国を目指されるおつもりか?」


的斗は、真っ直ぐに孟達の目を見返し、自らの理想を語った。法治による公平な社会、民が安心して暮らせる平和な国。その言葉に、孟達もまた、深く頷いた。

「…法正は時に危うい策を弄することもございますが、その才能は間違いなく本物。どうか、趙子龍殿、彼を正しく導き、益州の民を、そして天下の民をお救いください」

会談の終わり、孟達はそう言って深々と頭を下げた。法正もまた、「この法孝直、趙子龍殿の覇業のため、我が知略の全てを捧げましょうぞ!」と、力強く内応を約束した。


一方、法正たちが的斗と接触しているとは知らず、益州別駕の張松もまた、独自に行動を開始していた。

彼は、劉璋の使者として許都の曹操を訪れていた。益州を曹操に差し出す代わりにその庇護を得ようという魂胆だったが、曹操は張松の醜い容貌を嘲笑し、その献策を一蹴したのだ。

「猿のような顔をした男が、何を偉そうに益州を語るか!」

曹操のその言葉は、張松のプライドを深く傷つけ、彼の中に曹操への激しい憎悪を植え付けた。

失意のまま益州への帰途についた張松は、偶然にも的斗の勢力圏である陳留の近くを通りかかった。そこで彼が見たのは、白龍軍の規律正しさ、市場の賑わい、そして民衆の明るい表情だった。趙雲子龍の仁政の噂は、張松の耳にも届いていた。

(これだ…!これこそが、真の明主の治める国の姿だ…!曹操などに益州を渡すくらいなら、趙雲殿にこそ!)


益州に戻った張松は、的斗に心酔するあまり、同僚たちに「曹操は器に非ず。真の英雄は北にあり」などと、白龍軍を称賛する言葉を漏らすようになっていた。その言動は、彼の兄・張粛の耳にも入り、弟の身を案じさせた。

「愚か者め!そのような不満を公言すれば、いつか身を滅ぼすぞ!」

張粛は弟を諌めたが、張松は聞き入れない。心配した張粛は、弟の暴走を止めたい一心で、劉璋に「弟が近頃、白龍軍の趙雲に心酔しており、不穏な言動が目立ちます。どうか、お諫めください」と相談してしまった。


これが、悲劇の始まりだった。


この相談を、日頃から張松の才能を妬んでいた佞臣たちが聞きつけた。彼らは、これを好機と捉え、張松を完全に失脚させるべく陰謀を巡らせた。彼らは、白龍軍の間者から押収したという偽の密書(もちろん、彼らが捏造したものである)を劉璋に見せ、こう讒言した。

「劉璋様!大変です!張松は、兄の張粛の報告通り、趙雲と内通しておりました!これがその証拠にございます!彼は益州を売り渡し、趙雲を迎え入れようと画策しておったのです!」


暗愚な劉璋は、その偽りの証拠と佞臣の言葉を鵜呑みにして激怒した。彼はすぐさま張松を捕らえ、弁明の機会も与えずに、無実の罪で処刑してしまったのだ。


「張松が…処刑されただと…!?」

その報は、法正との密会を終え、ぎょうの拠点に戻っていた的斗たちの元にもすぐに届いた。


「愚かな…しかし、これで劉璋も(偽りの情報によってではあるが)我々を敵とみなし、警戒を強めたはず。もはや一刻の猶予もない!」

法正は、唇を噛み締めながら言った。孟達もまた、厳しい表情で頷く。

張松の無念の死は、確かに大きな痛手だった。しかし、それは同時に、法正と孟達の覚悟をより一層固めさせ、そして的斗に、より大胆な決断を迫る結果となるのだった。

益州への道は、最初から波乱に満ちていた。

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