第43話:三顧の礼、再び! 陳宮の心を開く、的斗の「誠」と「龍の器」
第43話:三顧の礼、再び! 陳宮の心を開く、的斗の「誠」と「龍の器」
廖化が掴んだ情報を頼りに、的斗は陳宮が滞在しているという人里離れた村へと向かった。道中は曹操軍の勢力圏も含まれており、いつ敵の巡回兵と遭遇してもおかしくない、危険極まりない旅路だったが、的斗の決意は揺らがなかった。供には、隠密行動に長けた裴元紹と、護衛として寡黙ながらも信頼できる太史慈を選んだ。彼らは身分を隠し、粗末な旅人を装っての道中だった。
数日後、彼らはようやく目的の村にたどり着いた。そこは、まるで戦乱から取り残されたかのように静かで、貧しいながらも人々が肩を寄せ合って暮らしている小さな集落だった。村人たちに話を聞くと、陳宮はただ静かに暮らしているだけではなかった。彼は、その知恵で村の灌漑水路を修理し、収穫量を増やしたり、病に苦しむ者に薬草の知識を教えたりと、まさに村の知恵袋として、民に寄り添い、その生活を支えていたのだ。
的斗が庵の戸を叩くと、中から現れたのは、紛れもなく陳宮その人だった。しかし、その姿はかつて呂布の傍にいた時の鋭さは影を潜め、どこか世を捨てた隠者のような雰囲気を漂わせている。その瞳には、深い諦めと、乱世への絶望が宿っているようだった。
「…何の御用かな、旅の方々」
陳宮の声は静かだったが、その瞳は鋭く的斗たちを見据えていた。まるで、的斗の心の奥底まで見透かそうとするかのように。
的斗は、居住まいを正し、深々と頭を下げた。
「突然の訪問、ご無礼をお許しください。私は趙雲子龍と申します。陳宮先生に、お願いがあって参りました。どうか、お力をお貸しいただきたいのです!」
その名を聞いた瞬間、陳宮の表情がわずかに険しくなった。彼の脳裏には、呂布の最期と、的斗が董卓にとどめを刺したあの光景が蘇ったのかもしれない。
「…趙子龍…貴殿が、あの呂布様を討ったという…。何の用だ?私に死ねとでも言いに来たか?それとも、その『龍の血脈』とやらで、私を畏服させようとでも?」
その言葉には、深い皮肉と、そして癒えぬ傷の痛みが込められていた。彼は、この若者の力が、過去の暴君と同じように、いずれ傲慢になり、民を不幸にするのではないかと疑っていた。
「滅相もございません!俺は、先生のお力をお借りしたく参上いたしました!どうか、俺の、白龍軍の軍師になっていただけませんか!今の白龍軍は、絶体絶命の窮地にあります。先生の知恵が、どうしても必要なのです!」
的斗は、単刀直入に頼み込んだ。彼の言葉は、偽りなき切実さを帯びていた。
しかし、陳宮の答えは冷たかった。
「お断りする。私はもう、誰にも仕えるつもりはない。呂布様という規格外の武に全てを賭けたが、結果は無残な敗北。私の知略も、人の心の弱さの前では無力だった。貴殿のその力も、呂布様の武勇と同じだ。強大すぎる力は、いずれ必ず驕りを生み、己自身を滅ぼし、周りの民を不幸にする。貴殿もまた、いずれ己の武力に溺れることになろう」
その言葉は、的斗の胸に深く突き刺さった。陳宮は、呂布という男を誰よりも信じ、そしてその愚かさに絶望したのだ。
「先生…!俺は、呂布や董卓とは違います!俺が目指すのは、民が安心して暮らせる平和な世の中です!そのためなら、この命さえ惜しくありません!」
的斗は必死に訴えるが、陳宮は頑なに心を閉ざしたままだった。
的斗は諦めなかった。その日、そして次の日も、彼は陳宮の庵を訪れた。彼は何も語らず、ただ陳宮が手伝っていた農作業を黙って手伝い、壊れた農具を直し、村の子供たちに読み書きを教えた。それは、言葉ではなく、行動で自らの「誠」を示そうとする、不器用だが真摯な姿だった。
三日目の昼下がり、ついに陳宮が口を開いた。
「貴殿は、なぜそこまでする?軍の再建が急務であろうに」
「先生の知恵がなければ、軍を再建しても、また同じ過ちを繰り返すだけです。俺は、もう仲間を失いたくない。民を苦しめたくないんです。そのためには、先生の力が必要なんです。先生の才は、こんなところで埋もれていていいはずがない!」
的斗は、時には涙を浮かべながら、誠心誠意、自分の心を陳宮にぶつけた。
その時、的斗の瞳が、まるで内なる炎が燃え盛るかのように、再び金色に輝き始めた。しかし、それは威圧するような覇気ではなく、もっと穏やかで、温かい光だった。その光は、陳宮の心の奥底に眠っていた「義侠心」や「世を正したいという熱い願い」と、激しく共鳴した。彼の胸中に、久しく忘れていた熱いものが込み上げてくるのを感じた。
(この若者…その瞳…そしてこの気配…呂布様にはなかったものだ…この力は、破壊のためだけではない…人を惹きつけ、癒し、導く光…。これこそが、天命を帯びた『王の器』…か…?)
陳宮の心は、大きく揺れ動いていた。
その日の夕暮れ、的斗たちが諦め顔で村を去ろうとした時だった。村の子供たちが、的斗に駆け寄り、小さな野の花の花束を差し出した。「趙のお兄ちゃん、ありがとう!」と。的斗は、疲労困憊の顔に、柔らかな笑顔を浮かべ、子供たちの頭を優しく撫でた。
その光景を、庵の窓から陳宮は静かに見ていた。的斗の、子供たちに向ける屈託のない笑顔。そして、子供たちが自然と彼に懐いている様子。それは、計算や演技では決して醸し出せない、人間的な魅力だった。その姿は、陳宮がかつて理想とした「民のための政治」の象徴のように見えた。彼の心の最後の氷が、的斗の温かい光によって溶かされていくかのようだった。
(あの男…あるいは…本当に…この乱世を終わらせることができるのかもしれぬ…)
その夜、陳宮は的斗たちの宿を訪れた。ランプの薄明かりが、彼の決意に満ちた顔を照らしていた。
「趙子龍殿。貴殿の言葉、そしてそのお人柄…この陳宮、見誤っていたやもしれぬ」
陳宮は、深々と頭を下げた。
「よかろう。この陳公台、貴殿のその器に、この乱世での最後の賭けをしてみよう。ただし、私の策を用いる以上、貴殿には時に非情な決断もしていただくことになる。民を救うためには、時に少数の犠牲もやむを得ぬ場合があることを、肝に銘じていただきたい。その覚悟があるか?」
その言葉には、軍師としての厳しさと、そして的斗への期待が込められていた。
的斗は、力強く頷いた。
「はい、先生!民のためならば、いかなる困難も、いかなる非難も、俺が全て引き受けます!」
「…よろしい。ならば、これよりこの陳宮、白龍軍の軍師として、趙子龍殿にお仕えいたす。命に代えても、貴殿の覇業を助けよう」
こうして、放浪の智者・陳宮は、ついに白龍軍の軍門に加わることを決意した。それは、絶望の淵にあった的斗と白龍軍にとって、まさに一条の光明であり、奇跡の反撃への狼煙となるのだった。