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第42話:絶望の中の光明、放浪する智者・陳宮の噂

第42話:絶望の中の光明、放浪する智者・陳宮の噂

徐庶の負傷と、曹操軍による容赦ない追撃。白龍軍は、かつてないほどの窮地に立たされていた。領土の多くを失い、兵士たちの数も半減。太史慈と徐盛が決死の覚悟で築いた防衛線によって、曹操軍の猛進はかろうじて食い止められていたが、それも時間の問題だった。


後方へと退き、かろうじて確保した砦の一室で、的斗の心は深く傷つき、折れかけていた。

それは、単なる敗戦のショックではなかった。これまで、現代知識と「龍の血脈」というチートじみた力で、どこかゲームの延長のように、困難な局面を乗り越えてきた。心の奥底で、自分は負けない、歴史を変えられる特別な存在なのだという、根拠のない万能感が芽生えていたのかもしれない。

だが、現実は違った。曹操の執念は、彼の甘い想定を遥かに上回り、仲間たちは血を流し、そして最も信頼する軍師が自分のために倒れた。


(俺のせいだ…俺が力を過信したから…俺が、この世界の本当の厳しさを理解していなかったから…!)

(あの時、徐庶先生が庇ってくれなければ、俺は死んでいた。俺の力が、逆に仲間を危険に晒したんだ。こんな力、本当に制御できるのか? 次は、誰を巻き込むんだ…?)


「龍の力」という未知の存在への恐怖と、それを制御しきれない自分への絶望。そして、自分のせいで仲間を危険に晒したという、耐えがたいほどの罪悪感。それらが複雑に絡み合い、彼の心を蝕んでいた。リーダーとしての重圧が、今、初めて現実の痛みとなって彼の両肩にのしかかる。


前線で仲間たちが血を流し、時間を稼いでくれているというのに、的斗は指揮を執る気力すら失い、薄暗い部屋に一人、膝を抱えていた。食事も喉を通らず、その顔は憔悴しきっていた。彼の瞳には光がなく、ただ虚無が広がっていた。かつて抱いた天下統一の夢は、遠い幻のようだった。指先は震え、壁に立てかけた愛用の槍に目を向けることさえできなかった。体内の「龍の気」は、彼の絶望に呼応するかのように沈黙し、ただの重たい血の流れとしてしか感じられなかった。


(こんな俺が、『龍の血脈』だなんて…ただのゲーマーだった俺が、この世界で何ができるっていうんだ…!力に溺れ、仲間を守ることすらできなかった…!)


将軍のその姿は、砦にいる兵士たちの間にも暗い影を落としていた。「趙雲様は、もう我々を見捨てられたのではないか…」という不安と不満の声が囁かれ始め、軍の崩壊は、もはや時間の問題かと思われた。


その危機的状況に、最初に立ち上がったのは貂蝉だった。彼女は、この砦に急設された野戦病院で、運び込まれる負傷兵の看護を不眠不休で続けていた。血と汗の匂いが染みついた衣のまま、彼女は従者の制止を振り切り、的斗が閉じこもる部屋の戸を強く叩いた。


「子龍様!いつまでそうして塞ぎ込んでおいでなのですか!」


返事を待たずに中へと入った貂蝉の声は、いつもの優しさとは裏腹に、厳しく、しかし深い愛情と悲しみを込めて震えていた。


「あなたのそのお姿が、どれだけ兵士たちを不安にさせているか、お分かりになりませんか!徐庶殿も、こんなあなたを見たら、きっと悲しみます!負傷した兵たちが、痛みに耐えながらも『趙雲様はご無事か』と、あなたの身を案じているのです!その兵たちの想いに、あなたはどう応えるおつもりですか!」


涙を流しながらも、貂蝉は的斗の胸倉を掴み、力強く叱咤した。彼女の瞳には、的斗を信じる揺るぎない光が宿っていた。彼女が抱く想いは、もはや単なる思慕ではない。共に戦い、民を救うと誓った、白龍軍にとって不可欠な戦友としての覚悟だった。


「立ちなさい、趙子龍!あなたは、民の希望なのでしょう!? 私だって、かつては国のために我が身を犠牲にする覚悟を決めました。でも、あなたと出会って、自分の意志で未来を切り開く希望を知ったのです。ここで諦めてしまっては、亡くなった兵士たちにも、そして王允様にも顔向けできませんわ!あなたは、私を信じて、そして私たちを信じて、ここまで来たのでしょう!?」


貂蝉の言葉は、的斗の心の奥底に突き刺さった。そして、部屋の外からも、仲間たちの声が聞こえてきた。


「趙雲様!俺たちは、あんたを見限ったりしねえ!あんたが立ち上がるまで、この周倉が、残った兵士たちをまとめ、軍を守ってみせまさあ!脱走しようとした奴らも、俺がぶん殴って言い聞かせやした!『趙雲様は、俺たちの光だ。光が消えそうなら、俺たちが風よけになりゃあいいんだ』ってな!だから、頼む!俺たちに、あんたの背中を見せてくれ!」


周倉は、持ち前の豪胆さで兵士たちを鼓舞し、軍の規律を維持しようと奔走していた。


「趙雲様、ご安心ください。曹操軍の追撃は、この太史慈と徐盛が必ず食い止めます。兵力は劣れど、我らが築いた守りは鉄壁。趙雲様の盾となることが、我らの誇りです!」


太史慈と徐盛は、的斗に代わって防衛線の指揮を執り、少数ながらも巧みな戦術で曹操軍の進撃を遅らせていた。


裴元紹も、負傷をおして松葉杖をつきながら、子供たちを集めて斥候の基礎を教え、情報網を再構築しようとしていた。彼の足からはまだ血が滲んでいたが、その目には的斗への揺るぎない忠誠が宿っていた。


仲間たちは、誰一人として的斗を見捨ててはいなかった。彼らは、的斗が再び立ち上がることを信じ、それぞれの持ち場で必死に戦っていたのだ。


(俺は…一人じゃなかったんだ…)


的斗の目から、熱いものがこぼれ落ちた。それは、絶望の涙ではなく、仲間たちへの感謝と、自らの不甲斐なさへの悔い、そして、もう一度立ち上がろうとする決意の涙だった。その涙が、彼の凍り付いていた心を溶かし、再び熱を取り戻させた。


その時、廖化が息を切らして部屋に飛び込んできた。彼の顔には、疲労の色と共に、興奮と期待の色が浮かんでいる。


「趙雲様!申し上げます!とんでもない情報を掴んでまいりました!」


廖化は、元賊の仲間や、各地の商人、旅芸人といった様々な情報源から、ある人物の噂を丹念に集めていたのだ。


「趙雲様もご存知かと思われますが、かつて呂布軍の軍師であった陳宮殿が、今はどこの勢力にも与せず、中原を放浪しておられるとのことでございます。しかも、ただ放浪しているのではなく、各地で圧政に苦しむ民を助けたり、悪徳役人を懲らしめて奪われたものを取り返したりと、まるで義賊のような活動をしておいでだとか。その知略は未だ衰えず、民からの信頼も厚いと…」


(陳宮…!あの、呂布の軍師だった男が…!?あの、呂布の最期を静かに見届けた男が…!あの、呂布の愚かさに見切りをつけたという智者…!あの人なら…あの人の知略があれば…この絶望的な状況を、あるいは…!)


暗闇の中に、一筋の光明が差し込んだような気がした。陳宮。それは、今の白龍軍にとって、まさに最後の希望と言えるかもしれない。


「廖化、その陳宮殿は、今どこにいるか分かるか?」


的斗の声には、いつの間にか、以前のような力が戻っていた。彼の瞳には、再び光が宿り始めていた。


「はい!いくつかの情報を照らし合わせた結果、おそらく、ここから数日離れた、とある寂れた村に滞在している可能性が高いかと…」


「よし…!」


的斗は、固く拳を握りしめた。


「俺は、その陳宮殿に会いに行く。必ずや彼を説得し、我々の軍師として迎え入れる。それが、俺たち白龍軍が再起するための、唯一の道だ!」


その瞳には、もはや絶望の色はなかった。そこには、困難に立ち向かい、未来を切り開こうとする、若きリーダーの強い意志が再び燃え上がっていた。

仲間たちの変わらぬ忠誠と、貂蝉の愛、そして陳宮という新たな希望。的斗の、そして白龍軍の反撃の狼煙は、今まさに上がろうとしていた。

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