第35話:暴れ龍・甘寧! 力と器量のぶつかり合い、酒と鈴の誓い、そして水軍都督誕生
第35話:暴れ龍・甘寧! 力と器量のぶつかり合い、酒と鈴の誓い、そして水軍都督誕生
的斗は、周倉と裴元紹という腕利きの二人だけを供に、甘寧の根城とされる長江中流域の島へと向かった。そこは、鬱蒼とした木々に覆われ、天然の要害となっている場所だった。島の入り口には錦帆賊の見張りが厳重に配置されていたが、彼らは的斗の「白龍軍大将・趙子龍、甘寧殿に面会を願う!」という堂々たる名乗りに一瞬怯み、やがて奥へと取り次いだ。彼らの顔には、この若き英雄への警戒と、好奇心がないまぜになっていた。
しばらくして、島の奥にある広場へと案内された的斗たち。そこでは、錦帆賊の屈強な男たちが、酒を酌み交わし、豪快に笑い合っていた。その中心に、ひときわ派手な出で立ちの男が胡座をかいていた。腰にはいくつもの鈴をじゃらじゃらとぶら下げ、頭には孔雀の羽飾り。鋭い眼光は猛禽類を思わせ、その全身からは野性的なエネルギーが溢れ出ている。彼こそが、錦帆賊の頭領、甘寧興覇だった。
「ほう…てめえが趙子龍か。噂に違わぬ、いい面構えじゃねえか。何の用だ?俺に喧嘩でも売りに来たか?」
甘寧は、大杯になみなみと注がれた酒を呷りながら、挑戦的な笑みを浮かべた。彼の目に映るのは、単なる若者ではない。彼の全身から発せられる、清らかで底知れない「龍の威光」が、まるで獣のように甘寧の本能を刺激しているのを感じ取っていた。
的斗は臆することなく、甘寧の前に進み出た。彼の全身からは、静謐な、しかし確かな「龍の威光」が微かに漂い、甘寧の荒々しい覇気と静かにぶつかり合っていた。
「甘寧殿、俺はあんたに喧嘩を売りに来たんじゃない。あんたの力を借りに来たんだ。俺と共に、この乱世ででっかいことをやらかそうじゃねえか。民が安心して暮らせる世を創る、そのために力を貸してほしい!」
その言葉に、周囲の錦帆賊たちがどっと沸いた。「なんだと?」「俺たちに力を貸せだと?」と、彼らの目には的斗への好奇心と、わずかな軽蔑が混じっていた。甘寧は、面白そうに的斗を見つめる。
「はっ!でっかいこと、だあ?威勢のいいこった。だがな、俺に指図しようってんなら、まずは俺を楽しませてもらわねえとな。おい、酒だ!こいつが本物の男かどうか、まずは酒で試してやる!」
甘寧の号令で、見たこともないほど強烈な匂いを放つ地元の薬草酒が、大きな杯になみなみと注がれて的斗の前に差し出された。周囲の賊たちは、ニヤニヤしながら的斗の反応を見守っている。その中には、的斗がすぐに顔色を変えるだろうと確信している者もいた。
的斗は、一瞬ためらった。酒は得意ではない。だが、ここで引けば、この男の心は掴めない。覚悟を決めてその杯を受け取ると、一気に飲み干した。喉が焼けるような熱さだったが、趙雲の身体は不思議とそれを受け付け、顔色一つ変えない。的斗は、その強烈な刺激に一瞬たじろいだが、脳裏に浮かんだのは、かつて剣道の試合で、どんな苦境でも表情一つ変えなかった師の教えだった。彼は、口元に微かな笑みを浮かべ、平然と飲み干した。
「…ぷはっ!なかなか美味い酒じゃないか。あんたも一杯どうだ?」
その様子に、甘寧は目を見張り、腹を抱えて豪快に笑い出した。
「がっはっは!気に入ったぜ、趙子龍!てめえ、ただの坊ちゃんじゃねえな!この俺の酒を飲み干す奴は、この天下広しといえど、そうはいるもんじゃねえ!」
酒宴が盛り上がり、互いの武勇伝などが語られるうち、甘寧が立ち上がった。
「おい、趙子龍!言葉だけじゃつまらねえ!一勝負しようじゃねえか!俺に勝てたら、あんたの話をもう少し聞いてやってもいいぜ!」
広場の中央に立ち、甘寧は腰に差した二本の短い戟を抜き放つ。その動きには、一切の無駄がない。その刃は、月明かりを反射してギラリと光った。
「望むところだ、甘寧殿!」
的斗もまた、槍を手に取り、甘寧と対峙した。周囲の錦帆賊たちは、固唾を飲んでその行方を見守っていた。
甘寧の双戟は、まるで生きているかのように変幻自在に動き、的斗を翻弄する。その型破りな攻撃スタイルに、的斗は最初こそ戸惑いを見せるが、徐々に「龍の眼」を意識的に発動させ、甘寧の動きに対応し始める。甘寧の次に繰り出す攻撃の軌道が、まるで光の筋のように的斗の脳裏に映し出される。槍と双戟が激しく打ち合わされ、火花が散る。金属の甲高い音が、広場に響き渡った。
互いの攻撃が掠め、軽い傷を負いながらも、的斗の口元にはかすかな笑みが浮かんでいた。それは、純粋に強者との戦いを楽しむ、武人としての喜びの笑みだった。甘寧もまた、的斗の底知れない武才と、その冷静かつ的確な対応に、次第に顔色を変えていく。彼の瞳は、的斗の金色の瞳の奥に、何か未知の底知れぬ力を感じ取っていた。それは、これまで出会ったどの武将とも異なる、異質な力だった。
数十合打ち合った後、甘寧が大きく息をつき、双戟を納めた。
「はあっ…はあっ…てめえ、強えな、趙子龍!久しぶりに骨のある奴と戦ったぜ!だが、まだ俺の本当の力は出し切ってねえぜ!」
的斗もまた、槍を下ろし、荒い息を整えた。
「あんたこそ…その双戟、見事な腕前だ。俺も、あんたの力を、まだ全て見たわけじゃない」
手合わせの後、甘寧は腕を組み、改めて的斗を値踏みするように見つめた。
「趙子龍…あんたの武勇は認める。だがな、俺が仕えるのは、ただ強いだけの男じゃねえ。俺たちのような、世間からはみ出した荒くれ者どもを、本当に使いこなせるだけの『器』を持った男だ。あんたに、それがあるのか?」
甘寧の問いは、的斗の覚悟を試すものだった。その時、錦帆賊の一人が、慌てた様子で甘寧に報告に来た。
「頭領!大変です!近くの村が、役人の手先と名乗る連中に襲われ、略奪されています!奴ら、村の食料を根こそぎ奪い、女子供にも手をかけようと…!」
それを聞いた甘寧の表情が険しくなる。彼の胸の鈴が、怒りに震えるようにジャラリと鳴った。
「何だと!?俺の縄張りで、そんな狼藉を働く奴らがいるとは…!よし、野郎ども、出陣だ!」
甘寧が立ち上がろうとした時、的斗がそれを制した。
「待て、甘寧殿。その役目は、俺たちに任せてもらえないか?」
「何だと?趙子龍、あんたが?」甘寧は意外そうな顔をする。
「ああ。あんたは、ここで俺の器を見極めたいと言った。ならば、見せてやる。俺が、あんたの言う『荒くれ者』たちをどう使いこなし、そして、民をどう守るのかをな」
的斗は、周倉と裴元紹に目配せした。
「周倉、裴元紹!そして、錦帆賊の有志の者たち!俺に力を貸してくれ!この村を救い、悪党どもを懲らしめるぞ!ただし、無用な殺生は禁ずる!」
的斗の声には、単なる命令以上の、不思議な力と説得力が宿っていた。彼の内から発せられる「龍の威光」が、その場の錦帆賊の荒くれ者たちの心を揺さぶり、彼らの目を真っ直ぐに的斗へと向けさせた。彼らの顔には、動揺と、言い知れぬ期待が浮かんでいた。
甘寧は、的斗の言葉とその行動に、興味と戸惑いが入り混じった表情を浮かべたが、やがてニヤリと笑い、部下たちに命じた。
「面白いじゃねえか…!おい、お前ら!趙子龍の指揮に従って、ひと暴れしてこい!ただし、趙子龍のやり方を見習って、無用な殺生や略奪は禁ずる!もし破る奴がいれば、この俺が許さん!」
的斗は、周倉、裴元紹、そして甘寧が選んだ錦帆賊の精鋭たちを率い、見事な連携と奇襲で、村を襲っていた悪党どもを打ち破った。その際、的斗は錦帆賊の荒々しい力を巧みに誘導し、無駄な犠牲を出すことなく目的を達成してみせた。的斗が放つ「龍の威光」は、錦帆賊の兵士たちの士気を高め、悪党どもの戦意を喪失させ、彼らの力を最大限に引き出しつつも、暴走を許さなかった。そして、奪われた食料は村に返し、負傷した村人たちには手持ちの薬を与え、手厚く介抱した。
その様子を、甘寧は遠巻きに、しかし鋭い目で見守っていた。的斗の戦いぶり、民への接し方、そして何よりも、元は賊であった錦帆賊の者たちを、分け隔てなく信頼し、その力を引き出す手腕。それらは、甘寧の心を強く打った。
(こいつ…ただの武勇だけの男じゃねえ…本当に、俺たちのようなはぐれ者をも受け入れ、導くことができる器かもしれん…!こんな男には、これまで出会ったことがねえ…!)
全ての騒動が終わり、的斗たちが甘寧の根城に戻った時、甘寧は深く頭を下げた。
「趙子龍…あんたの器、確かに見させてもらった。俺は、今まで誰かに仕えようと思ったことは一度もねえ。だが、お前は違う。お前のその真っ直ぐな目と、底知れねえ力…そして何より、俺のような無法者や、その手下たちをも信じ、その力を正しく導こうとするその度量!完敗だ!この甘寧、あんたには勝てねえ!」
甘寧は、腰に付けていた鈴の一つを外し、的斗に差し出した。その鈴は、彼の魂を象徴するものだった。
「この鈴は、俺の魂みてえなもんだ。これをお前に預ける。これからは、この甘寧興覇、あんたのためにこの命、使うぜ!俺と共に、この腐った世の中をひっくり返そうじゃねえか!」
その言葉には、一点の曇りもなかった。
的斗は、その鈴を丁重に受け取った。彼の掌で、鈴がカランと小さな音を立てた。それは、二人の間に、新たな絆が結ばれたことを告げる音のようだった。
「その魂、確かに預かった、甘寧!これからは、白龍軍の水軍都督として、その力を存分に振るってくれ!共に、天下泰平の世を築こう!」
「おうよ!趙子龍様!」
こうして、長江の暴れ龍・甘寧は、白龍軍の新たな仲間となった。
その報を聞いた周倉は、「へっ、面白え奴が増えたじゃねえか!水軍の訓練も、あいつがいりゃあ、きっと上手くいくぜ!」と歓迎したが、徐盛は「軍規が守れるのか、あの男に…」と、少し心配そうな顔をしていた。徐庶は、的斗がまた一人、強力な、しかし扱いが難しい駒を手に入れ、そしてそれを使いこなす器量を示したことに、満足と確かな手応えを感じていた。
白龍軍は、また一つ大きな力を得て、中原の覇権争いへと、その歩みを進めていくのだった。




