第29話:北海の救援要請! 孔融の苦境と管亥の脅威
第29話:北海の救援要請! 孔融の苦境と管亥の脅威
曹操との外交交渉が一段落し、的斗たちが陳留の統治と軍備の増強に力を注いでいた矢先、一人の使者が、息も絶え絶えの様子で白龍軍の陣営に駆け込んできた。
その男は、北海太守・孔融の家臣だと名乗り、泥と汗にまみれたボロボロの姿で、的斗の前に深々と額ずいた。その手には、血で汚れた一通の書状が握られている。その書状からは、まだ生々しい血の匂いが漂っていた。
「趙子龍将軍…!どうか、我が主、孔文挙(孔融の字)様と、北海の民をお救いください!」
使者は、涙ながらに訴え始めた。孔融が治める北海は、黄巾の残党・管亥率いる数万の大軍に包囲され、落城寸前の危機にあるという。管亥軍は城下で略奪の限りを尽くし、城内は兵糧も尽きかけ、兵士たちの士気も低下の一途を辿っている。孔融自身も、心労で倒れそうになりながら、必死に抵抗を続けているとのことだった。
「このままでは、北海は数日のうちに陥落し、民は皆殺しにされてしまいます…!どうか、どうかお力をお貸しください!」
使者の悲痛な訴えと、血染めの嘆願書は、的斗の心を強く揺さぶった。
(孔融…孔子の子孫か…そして、管亥は黄巾の残党…これは、歴史の大きな転換点になるかもしれない…!民を救う『義』と、勢力拡大のための『利』…)
的斗は、すぐに徐庶をはじめとする主な仲間たちを集め、軍議を開いた。
「皆も聞いた通りだ。北海の孔融殿が、管亥の賊軍に攻められ、危機に瀕している。俺は、救援に向かいたいと思うが、皆の意見を聞かせてほしい」
的斗の言葉に、最初に反応したのは周倉だった。
「趙雲様!何を迷うことがありましょう!困っている者を見捨てるなど、武士の道に反します!すぐにでも助けに行くべきですぜ!俺たちが掲げる『仁義』の旗が、ここで揺らいでたまるか!」
裴元紹も「そうだそうだ!俺たちの力を見せてやるチャンスだ!黄巾の残党なんて、俺たちが昔いた頃よりひどいぞ!」と勇み立つ。
しかし、廖化は慎重な表情を崩さなかった。
「趙雲様、お気持ちは分かりますが、北海は我々の拠点である陳留からあまりにも遠い。救援に向かうとなれば、多くの兵と兵糧が必要となります。その間に、曹操や、あるいは北の袁紹が、手薄になった我々の本拠地を狙ってくる危険性も考慮せねばなりません。ここは、冷静な判断が必要かと。我々がこれまで築き上げてきた拠点を失うことになれば、それこそ民の信頼を失いかねません」
徐庶もまた、冷静に分析を加えた。
「廖化殿の言う通り、リスクは大きいと言わざるを得ません。孔融殿を救うは確かに『義』に適う行為であり、成功すれば我々の名声も高まりましょう。しかし、失敗すれば、白龍軍は大きな痛手を被ることになります。救援に向かうのであれば、短期決戦で、かつ最小限の兵力で最大限の効果を上げる策が必要となります。そして、北海の民を救うことと、我々の大義を両立させる方策を練らねばなりません」
軍議の場は、救援賛成派と慎重派の意見で二分した。互いの声が激しく飛び交い、卓は熱気を帯びた。
的斗は、仲間たちの意見を黙って聞いていたが、やがて静かに口を開いた。彼の瞳には、深い思慮と、揺るぎない決意の光が宿っていた。その光は、王允から託された「天命」、そして貂蝉と共に誓った「平和な世」への確信から来るものだった。
「皆の意見、よく分かった。どちらも道理はある。しかし、俺が選択すべきは、白龍軍が掲げる『仁義』の道だ。そして、この乱世を一日も早く終わらせるための最善策だ」
その言葉には、揺るぎない決意が込められていた。
「俺たちが掲げる白龍の旗は、仁義の旗だ。目の前で助けを求めている者を見捨てて、どうしてその旗を掲げ続けられる?もしここで孔融殿を見捨てれば、俺たちは民の信頼を失い、いずれ誰からも見向きもされなくなるだろう。それは、目先の領土や兵力を失うよりも、遥かに大きな損失だ。俺は、そう信じている。それに、この戦いは、俺たちの『仁義』が本物かどうか、天下に問う絶好の機会だ!」
的斗の言葉は、単なる感情論ではなかった。それは、リーダーとして、白龍軍の理念を守り抜き、天下泰平の道を歩むという、強い覚悟の表れだった。
その覚悟は、慎重派だった廖化や徐庶の心をも動かした。
「…趙子龍様のそのお覚悟、しかと受け止めました。貴殿のその決断こそが、真の『王の道』。ならば、我々も全力で作戦を練り、必ずや救援を成功させましょう。必ず、貴殿の『義』を天下に示してみせましょう!」
徐庶がそう言うと、他の者たちも「御意!」と力強く応えた。軍議室に、再び強い一体感が生まれた。
方針が決まると、行動は早かった。的斗は、周倉、廖化、裴元紹に、騎兵を中心とした選りすぐりの精鋭五千を与え、先行部隊として直ちに北海へ急行するよう命じた。
「お前たちの任務は、まず孔融殿に我らの援軍が向かっていることを伝え、城内の士気を鼓舞すること。そして、可能であれば、管亥軍の包囲の一角を崩し、本隊が到着するまでの時間を稼いでほしい。くれぐれも無理はするな。お前たちは、白龍軍にとってかけがえのない仲間だ。生きて帰ってこい!」
「「「ははっ!!御意!」」」
三人は、的斗の信頼に力強く応え、風のように北へと駆けていった。
一方、北海の城内では、絶望的な状況が続いていた。兵糧は底を突きかけ、城壁には連日のように管亥軍の攻撃が加えられ、兵士たちの疲労はピークに達していた。管亥からは、降伏を勧告する使者が何度も送られてきており、城内には降伏論を口にする者も出始めていた。
「もはや…これまでか…」
孔融は、やつれた顔で天を仰いだ。彼の顔には、疲労と絶望の影が色濃く刻まれていたが、それでも彼の瞳の奥には、漢室への最後の忠義が微かに燃えていた。彼は高名な学者であり、孔子の末裔としての誇りも高かったが、武人としての才覚には乏しかった。この絶望的な状況を打開する術など、彼には思いつかなかった。
(趙子龍殿…本当に、援軍は来てくれるのだろうか?呂布を討ち、義の旗を掲げたというあの若き英雄ならば、あるいはこの窮状を救ってくれるやもしれぬが…)
孔融は、僅かな希望を胸に、ただひたすら援軍の到着を待ち続けるしかなかった。
北の空に、一筋の光明は差すのだろうか。白龍軍の「義」の戦いが、今、試されようとしていた。