第25話:徐庶の神算鬼謀! 呂布軍を切り崩せ、情報戦と離間の計
第25話:徐庶の神算鬼謀! 呂布軍を切り崩せ、情報戦と離間の計
張遼を一時的に退かせたものの、的斗の消耗は激しかった。彼の身体は、まるで魂を抜き取られたかのように時折ぐらついて、馬上でふらつく彼を、周倉と裴元紹が支えなければならなかった。
「趙子龍様、ご無理なさらないでください!」
「少しお休みください。ここは我々にお任せを!」
的斗は悔しそうに唇を噛んだ。その奥歯が軋む音が、彼自身の心臓の音と混じり合った。
(くそっ…まだこの力は、こんなにも身体に負担がかかるのか…!これでは、肝心な時に足手まといになってしまう…)
徐庶は、的斗の様子を見て静かに言った。彼の目は、的斗の疲弊した顔と、まだ微かに輝く瞳を交互に見ていた。
「趙子龍様、やはり、しばしのご休息を。あの御力は、貴殿の命を削るものと思われます。今は無理に力を出すべきではございません。ここからの指揮は、この徐元直にお任せいただきたい。敵は、先ほどの貴殿の神威に動揺しているはず。この機を逃す手はありますまい」
的斗は、徐庶の冷静沈着な瞳に、確かな勝機を見出した。彼の言葉には、的斗への深い理解と、軍師としての揺るぎない自信が込められていた。
「…分かりました、先生。お願いします。この戦いの指揮、全てお任せいたします」
的斗は、一時的に軍の指揮権を徐庶に委ね、後方で体力の回復に努めることにした。徐庶は、的斗の持つ力が尋常ではなく、そして大きな代償を伴う諸刃の剣であることを改めて認識し、それを織り込んだ上で、次なる一手のための策を練り始めていた。
まず徐庶が仕掛けたのは、情報戦だった。彼の頭脳は、的斗の現代知識(情報操作の重要性)と結びつき、これまでの兵法にはない新しい「策」を生み出した。
彼は、張遼が的斗の武勇と特別な力に感銘を受け、白龍軍への内通を考えているかのような、巧妙な文面で書かれた偽の降伏勧告状を作成させた。その書状は、まるで張遼自身が筆を取ったかのような、偽りの筆跡と署名で書かれていた。さらに、張遼が呂布の短慮に不満を抱いているという噂を、白龍軍の斥候が意図的に流布させるよう指示した。そして、それをわざと呂布軍の斥候が見つけやすいように、しかし不自然ではない位置に、戦場の片隅に落とさせたのだ。
案の定、その書状は呂布の元へと届けられた。
「張文遠が…趙子龍に降ると申すのか!?裏切りおったな、あの男!」
呂布は、書状を一読するなり激怒し、元々猜疑心の強い彼は、完全にそれを信じ込んでしまった。張遼が先の戦いで的斗の「龍の咆哮」に怯み、一時撤退したことも、その疑いを深める決定打となった。(あの趙子龍の力に怯んだと?臆病風に吹かれたのか!?)
傍らにいた陳宮が、冷静に進言する。
「呂布様、お待ちください!これは敵の罠かもしれませんぞ!張遼殿がそのようなことをするとは到底思えませぬ!その書状も、筆跡が僅かに異なります!」
しかし、怒りに我を忘れた呂布は、陳宮の言葉など耳に入らなかった。彼の目に映るのは、自身の裏切りを正当化してくれる「都合の良い現実」だけだった。
「黙れ、陳宮!貴様も張遼の肩を持つのか!もはや誰も信じられんわ!」
呂布は陳宮を怒鳴りつけ、張遼を呼び出し厳しく詰問した。張遼は無実を訴えるが、呂布は聞く耳を持たず、張遼の兵権を一部取り上げ、監視をつけるという処置を取った。これにより、呂布軍の結束には大きな亀裂が生じ始めた。陳宮は、呂布の短慮と孤立に、深い絶望と諦観を抱くしかなかった。(この男に、もはや天下を任せることはできぬ…)
呂布軍の内部に不和の種をまいた徐庶は、次なる手を打った。
「敵の結束が乱れた今こそ、好機!高順の陥陣営を打ち破り、呂布の本陣に迫る!」
しかし、高順の率いる陥陣営の守りは、依然として鉄壁だった。
しばらくして、徐庶は次の策を練った。
「趙子龍殿、少しお身体は回復されましたかな?」徐庶が的斗に尋ねる。
「ええ、先生のおかげで、だいぶ…」
「よろしい。では、酷使させて申し訳ありませぬが、少数精鋭を率いて陥陣営の側面を陽動していただけませんか。陣形にわずかでも乱れが生じれば、そこを周倉殿の部隊が一点集中で突破します」
的斗は頷き、再び馬に跨った。まだ完全ではないが、戦えるだけの力は戻ってきているようだった。
的斗率いる騎兵隊が、陥陣営の側面に陽動作戦を仕掛けた。高順は冷静に的斗の動きに対応しようとするが、その神出鬼没な動きに、鉄壁を誇った陣形にも僅かな隙間が生じる。的斗が槍を振るうたびに、彼の全身から微かな「龍の威光」が発せられ、それが高順の兵士たちの士気をわずかに削ぐ。それが、鉄壁を誇った陣形にも僅かな隙間を生じさせる。
「今だ、周倉!行けええっ!」
徐庶の号令一下、周倉率いる突撃部隊が、その一点を目がけて猛然と突っ込んだ。大薙刀が唸りを上げ、陥陣営の盾を砕き、槍を薙ぎ払う。ついに、鉄壁の陥陣営の陣形が大きく崩れ始めた。
そして、徐庶の策はそれだけでは終わらなかった。
「廖化殿、例のものはどうなりましたかな?」
「へへっ、徐庶先生。お見込みの通り、呂布軍の兵糧庫、見つけやしたぜ。奴ら、油断しきってて、警備も手薄でしたわ」
廖化は、元賊の経験を活かし、隠密行動で呂布軍の後方にある主要な兵糧庫の位置を突き止めていたのだ。廖化の部隊は、兵糧庫の警備兵を音もなく排除し、油や硫黄を撒いて一斉に火を放った。炎は瞬く間に燃え広がり、夜空を焦がし、呂布軍の兵士たちに恐怖を植え付けた。
「よろしい。ただちに焼き払い、呂布軍の継戦能力を完全に奪うのです!」
廖化率いる別動隊が、夜陰に乗じて兵糧庫に火を放った。炎は瞬く間に燃え広がり、呂布軍の生命線である兵糧は、黒い煙と共に天へと昇っていった。
兵糧を焼かれ、諸将の間に不信感が広がり、そして高順の陥陣営までもが破られようとしている。呂布軍の士気は、見る見るうちに低下していった。
戦況は、完全に白龍軍に傾いていた。
徐庶の神算鬼謀が、天下無双の呂布軍を、確実に追い詰めていたのだ。
陽動を終え、再び後方で体力を回復させていた的斗も、この戦況の変化を目の当たりにし、徐庶の知略に改めて感服していた。
(すごい…これが、軍師の力なのか…!俺一人では、絶対にここまでできなかった…)
そして、的斗の胸には、決戦への覚悟が、静かに、しかし力強く宿り始めていた。
(待ってろ、呂布…!次こそ、お前を…!)