第20話:臥龍岡の説得! 熱意、未来を語る
第20話:臥龍岡の説得! 熱意、未来を語る
木剣を交えた手合わせは、互いの力量を探り合うに留まった。だが、的斗は徐庶の剣筋に潜む確かな実力と、その澄み切った「気」を感じ取っていた。そして徐庶もまた、的斗の荒削りながらも底知れない武才と、その内に秘めた尋常ならざる「龍の気」の片鱗に気づいていた。それは、これまでに出会ったどの武将とも異なる、不可思議な、しかし力強い「気」だった。
「…見事な太刀筋でした、趙子龍殿。噂に違わぬご武勇、確かに拝見いたしました」
徐庶は静かに木剣を納め、的斗に一礼した。その表情は、先ほどまでの探るような視線とは異なり、どこか思慮深いものに変わっていた。
「いえ、先生こそ…その剣には、確かな覚悟が感じられました。先生のような武人には、きっと世を正す強い想いが宿っているはず。どうか、その知恵と武勇を、この趙雲子龍に貸していただきたい!」
的斗もまた、木剣を置き、深々と頭を下げた。そして、改めて徐庶に向き直る。
「単福先生…いや、徐庶先生。どうか、俺の軍師になっていただけませんか!」
的斗は、単刀直入に、そして心の底からの熱意を込めて頼み込んだ。彼の瞳は、かつてないほど真剣な光を宿していた。
しかし、徐庶の表情は厳しいままだった。
「趙子龍殿。貴殿が董卓打倒に関わった英雄であることは認めましょう。しかし,董卓を倒した貴殿が、次に何を成そうとしているのですか?新たな董卓となり、覇を唱えるおつもりか。それとも、真に民を救う道を示すおつもりか。貴殿の掲げる『大義』とは、一体何です?」
鋭い問いだった。それは、的斗の心の奥底を見透かすような、容赦ない問いかけだった。的斗は一瞬言葉に詰まったが、真っ直ぐに徐庶の目を見返した。
「俺の掲げる大義は、ただ一つ。この乱世を終わらせ、民が安心して暮らせる平和な世を作ることです。そのために、俺は天下を取るつもりです。ですが、それは私利私欲のためではありません。真に民のための国を作るためです!子供たちが笑顔で遊び、老人が安心して暮らせる世を作るために、この命を使いたいのです!」その言葉は、的斗の心の奥底から絞り出された、偽りのない本心だった。彼の瞳には、偽りなき「仁義」の光が宿っていた。
その日、徐庶は的斗の申し出を明確には受け入れなかった。「少し考えさせてほしい」とだけ告げられ、的斗は一旦臥龍岡を後にした。
しかし、的斗は諦めなかった。劉備が諸葛亮に三顧の礼を尽くしたように、彼もまた、徐庶の才がこの乱世に必要だと信じていたからだ。翌日も、その次の日も、彼は臥龍岡の徐庶の庵を訪れた。時には近くで獲れた新鮮な山菜や魚を持参し、庵の前にそっと置いて立ち去った。時には何も言わずにただ庵の前で徐庶が出てくるのを待ち、言葉を交わす機会を待った。
その度に、的斗は自分の想いを語り続けた。旅の途中で見てきた民の苦しみ、董卓や呂布の暴虐、そして、この乱世を終わらせたいという切実な願い。
「俺は、ただの若造かもしれません。ですが、この国を良くするためのアイデアが、俺にはいくつかあるんです。衛生、経済、教育…これらを根本から変えれば、この時代の人々の暮らしはもっと豊かになるはずなんです。(例えば、公衆衛生の概念を導入すれば疫病の蔓延を抑えられる。土地の生産性を上げ、商業を活性化させれば、民は飢えることなく暮らせるはずだ。教育を広めれば、誰もが知恵を得て、自分の力で未来を切り開けるようになる…そんな未来を、俺は知っている!)でも、それを実行するには、先生のような賢者の知恵と、この時代の常識を覆す大胆な発想がどうしても必要なんです!」
的斗は、自分が転生者であることは伏せつつも、現代知識からくる発想の断片を、熱意を込めて徐庶に語って聞かせた。最初は訝しんでいた徐庶も、的斗の粘り強さと、その言葉の端々に見える斬新な視点に、徐々に耳を傾けるようになっていった。
そして、的斗が熱く理想を語る中で、無意識にこんな言葉が漏れた。
「このままでは、漢王朝は滅び、曹操という男が中原の覇者となるでしょう。そして、やがては大きな戦があり、天下は三つに分かれる…いや、そんな未来は俺が変えてみせます!俺が天下を統一し、もっと良い国を作るんです!それが、俺に与えられた天命だと信じていますから!」
その言葉を聞いた徐庶は、目を見開き、顔色を変えた。彼の胸に、雷が落ちたかのような衝撃が走った。彼の洞察力をもってしても、的斗の言葉はあまりにも常軌を逸していたからだ。それは、歴史を予言する者、あるいは未来を知る者でなければ決して知りえない情報だったからだ。
「趙子龍殿…今、何と…?大きな戦?天下が三つに…?それは一体…?」
的斗はハッとして口をつぐんだ。「い、いや、今のは何でもありません!ただの、その…勢いで口走った戯言です!」と慌てて誤魔化すが、徐庶の鋭い視線は、的斗が何か重大な秘密を隠していることを見抜いていた。
(この男…やはりただ者ではない。まるで未来を知っているかのようだ。天から啓示を受けた者か、あるいは…何らかの秘術に通じているのか…?いや、あるいは…あの『龍の血脈』が、時を超えた知識をもたらしているのか…?)
徐庶の心は、驚愕と、そして計り知れない可能性への期待で大きく揺れ動いていた。的斗の内に秘めた「龍の血脈」の力を、彼はこの時、確かに感じ取っていた。
的斗が、もう何度目か、庵を訪れた日、徐庶の母が、庵の前に立つ的斗に気づき、静かに彼を庵の中に招き入れた。
「趙子龍様、毎日毎日ご足労をおかけして申し訳ありません。息子も、貴方様のような方にこれほど熱心に請われるとは、思いもよらなかったことでしょう」
老婆は、穏やかな笑みを浮かべて的斗にお茶を勧めた。その目は、的斗を深く見つめ、その人柄を測っているようだった。
「あのような朴念仁ですが、国の行く末を憂い、民の苦しみを思う心は、人一倍強い子なのです。ただ、世に出るきっかけを掴めずにいただけなのかもしれません。貴方様のお言葉には、嘘偽りがないように私には思えます。その瞳の奥には、単なる武人の覇気ではない、何か特別な光が宿っているように見えます。一度、息子の話を真剣に聞いてやってはいただけませんか?」
母の言葉は、隣室にいた徐庶の心を後押しするのに十分だった。彼は母の言葉に納得していた。すでに的斗の内に秘められた「龍の血脈」の存在と、それが持つ「天命」のようなものを感じ取っていたから。
そして、的斗が、徐庶を待っていると、徐庶が隣室から出てきて、的斗の前に立った。その表情は、以前のような険しさはどこにもなく、どこか吹っ切れたような清々しさを湛えていた。
「趙子龍殿。貴殿の熱意、そしてそのお言葉の裏にある計り知れない何か…この徐元直、見極めさせていただきました」
徐庶は、深々と的斗に一礼した。
「未熟者ではありますが、この徐元直、貴殿の軍師としてお仕えし、その大義の成就のため、微力を尽くさせていただきたく存じます」
「ほ、本当ですか、先生!?」
的斗は、思わず叫び声を上げていた。粘り強い説得が、ついに実を結んだ瞬間だった。的斗は、思わず徐庶の手を固く握りしめた。その温かい手の感触が、的斗の心臓の鼓動と共鳴し、目から熱いものが溢れ出した。それは、単なる嬉しさだけではない、長年の孤独な戦いへの、確かな協力者を得た安堵と感動の涙だった。
「ありがとうございます!先生がいれば、百人力です!いや、千人力、万人力です!」
こうして、後の白龍軍の礎となる、最初の軍師が誕生した。それは、的斗にとって、そしてこの乱世の行く末にとって、あまりにも大きな一歩であった。