第2話:剣の道は槍に通ず? 初めてのリアル戦闘!
第2話:剣の道は槍に通ず? 初めてのリアル戦闘!
自分が本当に三国志の時代、しかも趙雲子龍として存在しているらしい。その途方もない事実に、的斗はしばらく呆然としていた。しかし、いつまでもそうしているわけにはいかない。
(とにかく、もっと情報を集めないと…それに、この身体のことだって…)
的斗は、趙雲としての自分に何ができるのか、何をすべきなのか、何も分からなかった。ただ一つ確かなのは、ここは現代日本ではなく、いつ何が起こるか分からない乱世だということだけだ。
少しの荷物を持って村の中をあてもなく歩き回る。すれ違う村人たちは、やはり的斗を「子龍様」と呼び、どこか敬意と心配が入り混じったような視線を向けてくる。どうやら自分は、この村ではそれなりに知られた存在らしい。
的斗は、自分が話す言葉が村人たちに通じ、彼らの言葉も理解できることに、まだ戸惑いを覚えていた。まるで、自身の思考に、この時代の言葉や常識が自然と流れ込んでいるかのようだ。
ふと、ある家の軒先に、一本の木製の槍が立てかけてあるのが目に入った。それは、部屋にあった槍と同じ、粗末な木製の槍だった。持ち主は近くにいない。的斗は、趙雲としての身体の感覚を試すため、その槍を手に取った。
(重い…けど、なんだろう、この感覚…)
剣道で竹刀を握るのとは全く違う重厚感。しかし、不思議としっくりと手に馴染む。まるで、ずっと昔から使い慣れているかのように。身体の奥から、言い知れぬ熱が湧き上がってくるような感覚があった。まるで筋肉の一つ一つが、この槍のためにあるかのように、最適化されている。
的斗は無意識に槍を構え、軽く振ってみた。剣道の素振りとは全く異なる動きのはずなのに、身体が自然に、流れるように動く。突き、払い、薙ぎ。その一つ一つの動作が、まるで水が流れるように淀みない。
(あれ…? 俺、なんでこんな動きが…? 剣道しかやってないはずなのに…!?)
趙雲としての記憶や経験が、無意識のレベルでこの身体に刻み込まれているのかもしれない。だが、まだそれは的斗自身の意志で制御できるものではなく、どこか他人事のような感覚だった。
その後、村の外れまで来た時だった。道の脇の草むらで、小さなうずくまる影を見つけた。
近づいてみると、それは五、六歳くらいの女の子だった。擦り切れた麻の服を着て、痩せた頬には土がつき、大きな瞳には怯えの色が浮かんでいる。どうやらお腹を空かせているらしく、地面に落ちている木の実を必死に拾おうとしていた。
的斗は思わず足を止め、声をかけた。
「おい、大丈夫か…?」
慣れない不器用な言葉だったが、少女はびくりと顔を上げた。的斗の姿を見ると、さらに怯えたように後ずさる。
(まずい、怖がらせちまったか…)
的斗は慌てて腰に下げていた革袋から、わずかな食料――少しだけの干し肉を取り出し、少女に差し出した。
「これ…食うか?」
少女はしばらく的斗の顔と干し肉を交互に見ていたが、やがれておずおずと手を伸ばし、小さな声で「ありがとう…」と呟いた。そして、夢中で干し肉にかじりつく。
その姿に、的斗はふと現代にいる幼い妹の顔を思い出し、胸が小さく痛んだ。少女が少し落ち着いたのを見計らい、的斗はにこりと笑いかける。すると、少女もはにかむように微笑み返し、足元に咲いていた小さな黄色い花を摘んで、的斗に差し出した。
「お兄ちゃん…これ、あげる」
その純粋な行為に、的斗の心は温かいもので満たされた。この殺伐とした世界にも、こんなささやかな優しさがあるのだと。
その時だった。
「おい、そこのガキ! 何か良いモン持ってんじゃねえか!」
野太い声と共に、三人の男たちが現れた。地元のならず者といった風体で、下卑た笑みを浮かべている。そのうちの一人が、少女が持っていた花に気づき、乱暴に奪い取ろうとした。
「やめて!」
少女は泣き叫び、花を庇おうとするが、男は無慈悲にも少女を突き飛ばした。少女は地面に倒れ込み、わっと泣き出す。抵抗する男を容赦なく棍棒で打ち据え、血を流している。
的斗の頭の中で、何かがプツンと切れた。彼の視界が赤く染まった。
「てめえら…ふざけるな!!」
気づいた時には、的斗は叫びながらならず者たちの前に立ちはだかっていた。恐怖はあった。足が鉛のように重く、逃げ出したい衝動に駆られた。だが、それ以上に、目の前で泣き叫ぶ少女を守らなければという強い怒りが、的斗の全身を貫いていた。あの無垢な少女の笑顔が、目の前の惨劇と重なった時、彼の心に宿った義侠心は、恐怖を打ち破るほどの熱量を帯びた。
「なんだあ? この兄ちゃん、邪魔する気か?」
ならず者の一人が、ニヤニヤしながら棍棒を振りかざし、的斗に襲いかかってくる。
「うわあああ!」
思わず目を瞑りそうになる的斗。しかし、次の瞬間、身体が勝手に反応した。子供を守りたいという一心と、この身体に宿る趙雲としての戦闘本能が、奇跡的な融合を果たしたのだ。
剣道で鍛えた反射神経で棍棒を紙一重でかわし、近くに落ちていた手頃な木の枝を拾い上げ、槍のように構える。的斗は竹刀で小手を打つように、木の枝の石突きで相手の手首を狙い、武器を弾き飛ばした。続けざまに鳩尾を強打し、賊を地面に転がす。その動きは、賊は比べ物にならないほど洗練され、力強い。
「な、なんだと!?」
仲間が一人やられたのを見て、他のならず者たちが色めき立つ。しかし、的斗は怯まない。次々と襲いかかってくる賊たちを、木の枝一本で捌いていく。時には剣道の体捌きで攻撃をかわし、時には趙雲の身体に染みついた槍術の型が無意識に繰り出される。
だが、やはり多勢に無勢。的斗の額には汗が滲み、呼吸も荒くなってくる。一人の攻撃を避けきれず、腕を浅く斬られてしまった。
「ぐっ…!」
痛みに顔を歪める的斗。その隙を逃さず、別のならず者が背後から襲いかかろうとする。
(やばい…!)
万事休すかと思われた瞬間、的斗の身体に、今まで感じたことのないような熱がこみ上げた。的斗自身、何が起こったのか理解できないまま、反射的に身体を捻り、背後の賊の攻撃を木の枝で受け止め、逆に突き飛ばし転がした。
「ひぃぃ!化け物だ!」「こいつは普通の人間じゃねえ!逃げろ!!」
これを見たリーダー格らしき男が叫び、ならず者たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
戦闘が終わり、辺りに静けさが戻る。的斗はぜえぜえと息を切らし、自分の手を見つめた。木の枝は折れかかっている。
(俺が…やったのか…?)
人を傷つけたことへの嫌悪感と、自分の内に秘められた力への畏怖。そして、何よりも、か弱い少女を守れたという確かな達成感が、的斗の胸を満たしていた。手のひらには、木の枝を握りしめた跡が赤く残り、鼓動が激しく打ち続けている。それでも、少女が自分に抱きついてきた小さな温もりが、すべての嫌悪感を洗い流すかのように心地よかった。
激しい疲労感が全身を襲い、一時的に軽い目眩と吐き気、身体の不調を覚えた。身体の奥から、骨が軋むような痛みが走り、熱に浮かされたように視界が歪んだ。まるで全身の血を絞り取られたかのような倦怠感に襲われた。得体の知れないこの力が、自分自身の身体に大きな負荷をかけたことを、的斗は知った。
そこに、少女を助けられた親御である商人が駆け寄り、深々と頭を下げた。
「若者!貴殿のおかげで娘が命拾いいたしました!誠に感謝いたします!」
的斗は、まだ混乱しつつも、彼ににこりと笑いかけた。
(俺は、もうただの山栗的斗じゃない。この力で、この子のような弱い人たちを守れるかもしれない…)
その思いは、的斗の心に、この乱世で生きていくことの、かすかな意義を与えた。