第11話:連環の計、始動! 歴史の渦中へ
第11話:連環の計、始動! 歴史の渦中へ
王允の壮大な謀略、「連環の計」がついに始動した。その中心にいるのは、絶世の美女・貂蝉。そして、彼女を影で支え、歴史の歯車を回す役割を担うのが、的斗こと趙雲子龍だった。
(いよいよ始まるのか…三国志演義で読んだ、あの有名なエピソードが…俺が、その中にいるなんて…)
的斗は、歴史の当事者となることへの興奮と、その先に待ち受けるであろう血なまぐさい未来への恐怖がないまぜになった、複雑な心境だった。
最初の標的は、天下無双の武勇を誇るが、短慮で女好きと噂される呂布だった。
王允の屋敷で催された宴の席。そこで初めて貂蝉の姿を見た呂布は、一瞬でその美貌の虜となった。子供のように目を輝かせ、貂蝉の一挙手一投足に心を奪われているのが、傍目にも明らかだった。
「司徒殿…あのような美しい女子が、この世にいたとは…」
呂布は、酒の勢いも手伝って、王允に何度も貂蝉を自分に娶らせてほしいと懇願した。王允は、したり顔で曖昧な返事を繰り返し、呂布の心を焦らし続ける。
的斗は、宴席の隅でその様子を冷静に観察していた。
(よしよし、食いついたな、呂布。ゲーム通りだ…)
しかし、貂蝉が呂布に酌をする際の、ほんの一瞬だけ見せる硬い表情や、僅かに震える指先に、的斗は胸を痛めた。彼女の瞳の奥に、まるで死を覚悟したかのような、深い悲しみが宿っているように見えた。その唇は無理に微笑みを形作っているが、血の気が失せているのが分かった。彼女は今、どれほどの恐怖と嫌悪感を押し殺しているのだろうか。
数日後、王允は今度は董卓を自邸に招き、盛大な宴を催した。そして、そこでもまた、貂蝉を董卓に引き合わせる。
董卓は、その権力と欲望に物を言わせ、貂蝉を一目見るなり自分のものにしようと露骨な態度を示した。呂布のような純粋な憧れとは異なり、そこにはただ、美しいものを手に入れようとする醜い独占欲だけが見え隠れしていた。
貂蝉は、内心の屈辱を押し殺し、巧みな言葉と仕草で董卓を魅了していく。その姿は、的斗の目には痛々しく映った。その夜、的斗は偶然、貂蝉の部屋の前を通りかかった。中から、すすり泣くような琴の音が聞こえ、やがて嗚咽に変わる。的斗は戸を叩こうとしたが、結局、何もできずにその場を立ち去った。あの美しい女性が、どれほどの涙を流しているのか…。
(貂蝉さん…辛いだろうな…でも、ここで俺が何かできるわけじゃ…くそっ、なんでだ!俺は趙雲のはずだろ!?こんな理不尽、ゲームだったら絶対許さねえのに…!)
的斗は、自分の無力さを噛み締めるしかなかった。
宴の後、王允は「貂蝉を養女とし、呂布に嫁がせる約束をした」と董卓に偽りを告げた上で、「しかし、太師(董卓)がこれほどお気に召したのなら、太師にお仕えさせるのが筋でございましょう」と、貂蝉を董卓に「献上」した。
この知らせを聞いた呂布は、激怒した。約束を反故にされたことへの怒り、そして何よりも、愛しい貂蝉を董卓に奪われたことへの激しい嫉妬。呂布は王允の屋敷に怒鳴り込み、王允は「太師の命令には逆らえなかった」と涙ながらに弁明する。
この一連の騒動の中で、的斗は王允の指示のもと、巧妙に立ち回っていた。
周倉は、そのいかつい風貌とは裏腹に、意外なほど人懐っこい性格を活かし、董卓軍の下級兵士たちに酒を振る舞いながら、敢えて酔ったふりをして兵士たちの宴に紛れ込み、呂布の癇窻ぶりや董卓の贅沢ぶりを大げさに語り、「呂布様が貂蝉様のことで相当お怒りだそうだ」「太師と呂布様の間が、最近どうもギクシャクしているらしい」といった噂を、それとなく流布させた。
廖化は、洛陽の市場に紛れ込み、商人や芸人たちから情報を集め、呂布や董卓の動向、そして彼らの側近たちの噂話などを的斗に報告した。
裴元紹は、その俊敏さを活かし、王允と貂蝉、そして時には呂布側の人間との間で、秘密の書状を届ける危険な任務をこなした。時には、敵の目をかいくぐり、屋敷の屋根裏を伝って忍び込み、情報の受け渡しを行った。その途中で何度か敵に見つかり、命の危険に晒されたが、彼の俊敏な動きがそれを救った。
そして的斗自身は、貂蝉の護衛という名目で董卓の屋敷に出入りし、貂蝉から呂布や董卓の様子を聞き出し、それを王允に伝えるという重要なパイプ役を担っていた。
ある夜、董卓の屋敷内で催された小宴の席で、太師に取り入ろうとするある武将が、酒の勢いを借りて執拗に貂蝉に酌をさせようとし、卑猥な言葉を囁きながらその手に触れようとした。 その時、的斗が機転を利かせて割って入り、その武将の前に立ちはだかった。
「貴殿、少々酔いが過ぎるのではないか。貂蝉様は太師のお気に入りであられる。無礼な振る舞いは慎まれよ!」
的斗の言葉は冷静だったが、その瞳の奥が、まるで内なる炎が燃え盛るかのように、一瞬、淡い金色に輝いた。その尋常ならざる光は、武将の心の奥底を見透かすかのように鋭く、彼の卑しい欲望を凍てつかせ、酒の酔いを一瞬で吹き飛ばした。武将は、まるで不可視の力に押さえつけられたかのように身動きが取れなくなり、顔面蒼白となってその場にへたり込んだ。的斗はそれ以上何も言わず、ただ冷徹な視線を向けるだけで、その武将を退散させた。
貂蝉だけが、的斗の瞳に宿ったその奇妙な輝きと、彼が放った圧倒的な気配に気づき、驚きと深い安堵、そして彼への揺るぎない信頼を新たにするのだった。
日々、歴史の歯車が確実に回り始めているのを、的斗は肌で感じていた。それは、ゲームをプレイしている時のような高揚感と同時に、一歩間違えれば全てが破綻するという、綱渡りのような恐怖感も伴っていた。
そして何よりも、貂蝉をこのような危険な状況に置き続けていることへの罪悪感が、常に的斗の心に重くのしかかっていた。(彼女は、この国の未来のために、自分の全てを犠牲にしようとしている。俺は、その犠牲を最小限に抑え、彼女を必ず守り抜かなければならない。それが、俺にできる唯一のことだ)
(早く…早くこの状況を終わらせないと…貂蝉さんが壊れてしまう前に…)
的斗は、夜空に浮かぶ月を見上げながら、固く拳を握りしめた。
連環の計は、確実に董卓と呂布の間に不和の種をまき、その亀裂は日増に深まっていく。決行の日は、もう間近に迫っていた。