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第1話:目覚めたら三国志!? 俺が趙雲!

第1話:目覚めたら三国志!? 俺が趙雲!


第1話:目覚めたら三国志!? 俺が趙雲!


体育館に響く竹刀の打ち合う鋭い音と、観客の息をのむ気配。山栗的斗やまぐりてきと、十八歳。高校剣道、県大会決勝。延長戦にもつれ込んだ試合は、一瞬の隙を突かれ、相手の小手が的斗の籠手を捉えたことで決着した。


「……そこまで!」


審判の凛とした声が、的斗の耳にはやけに遠く響いた。呆然と立ち尽くす。あと一歩だった。全国大会への切符も、三年間追い求めた栄光も、指の間から滑り落ちていった。


「(くそっ…なんでだよ…!)」


悔しさを噛み殺し、礼を終えて引き上げる。これで、終わりだった。


重い防具を脱ぎ捨てると、どっと疲労感が押し寄せた。帰宅して自室に戻ると、溜息と共に、愛用の三国志戦略ゲームを起動する。せめてゲームの中くらいは、思う存分無双してやろう。的斗のお気に入りは、もちろん趙雲子龍。その常勝無敗の武勇は、今の的斗にとって眩しいほどだった。


「やっぱ趙雲はカッケーな。俺が趙雲だったら、あの試合も勝てたかもな…」


そんな独り言を呟きながら、コントローラーを握りしめ、夜遅くまで画面の中の戦場を駆け巡った。いつしか意識は薄れ、的斗はコントローラーを握ったまま、深い眠りへと落ちていった。


―――どれくらい時間が経ったのだろうか。


ふと、的斗の意識が浮上した。だが、そこはいつもの自室ではなかった。


(…ん? ここ、どこだ…?)


辺りは薄暗く、湿った空気の重みが肌にまとわりつく。鼻をつくのは土と、どこか懐かしいような木の匂い。遠くで鶏の鳴き声が微かに聞こえる。寝ているのは硬い木の寝台で、身体には麻のようなゴワゴワした感触の布が掛けられている。


(夢…か? でも、やけにリアルだな…)


身体を起こそうとして、的斗は自分の身体に違和感を覚えた。いつもより胸板が厚く、腕の筋肉も隆起している。指先まで、まるで別の生き物のように繊細でありながら強靭な感覚があった。そして、寝間着代わりに着ていたはずのジャージが、見慣れない粗末な漢服のようなものに変わっている。


「は...?」


状況が全く飲み込めない。混乱しながら部屋を見渡すと、壁には質素ながらも手入れされた一振りの槍が立てかけてあった。その隣には、短い剣も見える。


「(槍…? なんでこんなところに…俺の竹刀はどこ行ったんだ?って、あれ?この部屋、趙雲の部屋だろ?なんでこんな粗末な槍しかないんだ?ゲームで見たあの銀色の槍はどこに…?)」


寝ぼけ眼をこすり、おそるおそる寝台から降りる。部屋の隅に置かれた水鏡――磨かれた銅の板のようなもの――に自分の姿が映った瞬間、的斗は息をのんだ。


そこにいたのは、見慣れた自分ではない。色素の薄い銀髪にも見える黒髪、涼やかで意志の強そうな切れ長の目、通った鼻筋と薄い唇。それは、先ほどまでゲーム画面で見ていた「趙雲」の姿そのものだった。


「はああああ!? これ、俺!? いや、趙雲じゃん! なんでだよ!?」


パニックになり、自分の頬をつねる。痛い。夢じゃない。何度も水鏡を見返し、自分の顔を触り、髪を引っ張る。間違いなく、自分はこの「趙雲」の顔をした青年の身体に入り込んでいる。


「(ドッキリか? 大掛かりすぎるだろ…!それとも、やっぱり夢の続き…?いや、そんなはずは…!)」


部屋の中を必死に自分の持ち物を探すが、スマホも財布も学生証も、そして愛用の竹刀袋も見当たらない。代わりに、部屋の隅には先ほど見た槍と剣、そして簡素な木の机と椅子があるだけだった。


(どうなってるんだ…一体…まさか…こんな状況、ゲームで経験したことないぞ…!)


頭が真っ白になりかける的斗。とにかく情報を集めようと、おそるおそる部屋の戸を開け、外の様子を窺った。


目に飛び込んできたのは、土壁の家々が立ち並び、鶏や豚が歩き回る、時代劇で見たような農村の風景だった。行き交う人々は、皆、古風な漢服を身にまとっている。


「……マジかよ」


的斗は呆然と呟いた。


近くを通りかかった農夫らしき男に、勇気を振り絞って話しかけてみる。


「あの、すみません…ここ、どこですか…?」


男は怪訝な顔をして的斗を見つめ、何かを早口で話したが、的斗にはその言葉の意味がほとんど理解できなかった。辛うじて聞き取れたのは、自分の名前らしい「子龍」という響きだけ。

しかし、的斗は驚くほど自分の言葉が通じ、相手の言葉も理解できることに気づいた。まるで、無意識のうちにこの時代の言葉が頭に流れ込んできたかのように。


「(やべえ、言葉も通じないのか…!って、あれ?通じてる?なんでだ…?この『趙雲』の身体に、言葉の知識まで宿ってるのか…!?)」


的斗の現代的な口調や、明らかに周囲から浮いた挙動に不審な様子に、村人たちは遠巻きに集まり、ヒソヒソと何かを囁き合っているのが分かった。


「子龍様、またおかしなことを…」

「最近、少し物思いに耽っておられるご様子だったが…」

「子龍様は、真定の趙家の誇りだというのに…」

「あの瞳は、祖先が特別な武人であった時のような輝きがあるが、何を悩んでおられるのか…」


断片的に聞こえてくる言葉。子龍。真定。趙家。


的斗の脳裏に、三国志の知識が頭を殴られたような衝撃で閃いた。


趙雲子龍、常山郡真定県の人。


「(嘘だろ…俺、本当に…三国志の時代に来ちまったのか…? しかも、あの趙雲に...?)」


信じられない現実に、的斗はただ立ち尽くすしかなかった。

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