-第九話:魔法-
数時間前に見た、炎を吐く恐竜。そして、今しがたラウウルの掌から湧き出した、あの澄み切った水。
――間違いない。
この世界には、私が知っている地球の物理法則とは異なる、あるいはその外側にある力が存在している。偶然でも、錯覚でもない。あの恐竜の咆哮と熱、そして今、喉を潤しているこの冷たい水の感触が、それをはっきりと告げていた。
私は、掌の水を飲み干し、ほっと息をつくラウウルの顔を見つめた。
「He aha kēlā?」
――それは何?
問いかけると、ラウウルは一瞬きょとんとした表情を浮かべ、首を小さく傾げた。その仕草は、まるで質問そのものが少し予想外だったかのようだ。
「No ke aha i ʻike ʻia ai ka wai?」
――どうして、水が出たの?
今度は、私の視線と声の調子から、質問の意図を察したのだろう。ラウウルは、少し考えるように視線を落とし、それから簡潔に答えた。
「He kilokilo kēia.」
――これは、“kilokilo”だよ。
聞き慣れない語。私は、その音の輪郭を頭の中でなぞりながら、すぐに問い返す。
「He aha ka mea kilokilo?」
――“kilokilo”って、何?
「ʻO ka kilokilo ka mana e hoʻokuʻu i ka wai a i ʻole ka lapalapa.」
――水や炎を出せる力のことだよ。
水や炎を出せる力。
その説明は、あまりにも直截で、そして私の中の連想を一気に引き起こした。地球で育った私にとって、それは物語の中の概念だ。剣と竜と並んで語られる、非現実の象徴。
――魔法。
この世界には、魔法が存在する。そう理解した瞬間、胸の奥がじわりと熱を帯びた。未知の力への高揚と、理解できないものへの警戒心。その両方が、同時に湧き上がってくる。
だが、次の疑問がすぐに頭をもたげた。
「No ke aha ʻoe i hoʻokokoke ai i ka bākeke?」
――どうして、バケツに近づいたの?
ラウウルは、当然のことを聞かれたような顔で答える。
「ʻAʻole hiki iā ʻoe ke loaʻa ka wai maʻemaʻe ke ʻole kokoke i ka wai.」
――水の近くじゃないと、綺麗な水は出せないよ。
なるほど。何もない虚空から水を“創り出している”わけではないのか。元の水があり、それを媒介にしている。出現というより、変換、あるいは浄化。
――いや、まだ言葉にするには早い。
「Pehea ʻoe e hana ai?」
――どうやってやるの?
「E lawe i kahi “mālamalama” mai kou lima a ninini i loko o kahi bākeke wai. A laila e noʻonoʻo i ka wai nani.」
――手から「光」を出して、バケツの水に注ぐんだ。それから、綺麗な水を想像する。
「He aha ka “mālamalama”?」
――その「光」って、何?
そう尋ねると、ラウウルは一瞬、言葉に詰まった。
そして、少しだけ視線を落とし、寂しそうに呟いた。
「ʻAʻole hiki iā Aoi ke ʻike……」
――蒼にも、見えないんだ……。
その声は、とても小さくて、どこか諦めを含んでいた。




