-第七話:紅い瞳の少年-
この建物は、構造的に見て脱出できそうにはない。だが、角材同士の隙間が指二本分ほど、五センチ前後空いているうえ、簡素な柵付きの窓も設けられている。完全な密閉空間ではなく、風は常に流れ込んでくる。湿った木の匂いと、外の土と草の匂いが混じり合い、息苦しさはない。その隙間や窓越しに、外の様子もある程度伺える。昼夜の区別もつきそうだし、少なくともここで時間の感覚を失うことはなさそうだった。
室内にあるものは驚くほど少ない。私と少年以外には、川から汲んできたのだろう、濁った茶色の水が入ったバケツのような容器が一つ置かれているだけだ。飲用に適しているかは怪しいが、それでも水があるという事実だけで、胸の奥に溜まっていた不安がわずかに和らいだ。今すぐ熱中症や脱水症状で死ぬことはなさそうだ。その点だけは、正直ほっとした。
ただし――少年の体つきを見れば、ここで満足な食糧が与えられていないことは一目瞭然だった。骨ばった腕、浮き出た鎖骨、力なく縮こまる姿勢。それらすべてが、この場所の待遇を雄弁に物語っている。
ひとまず、蔵に入れられる際に一緒に投げ込まれた、古びた上下の服を身につけた。布はごわつき、汗と土の匂いが染みついている。それでも、肌を覆うものがあるだけで、心の落ち着きはまるで違った。望まぬ形ではあるが、これで全裸生活は卒業だ。そう考えて、苦笑いにも似た感情が込み上げる。
この少年の目を見た瞬間に、私はほとんど確信していた。
――この子は、忌子なのだろう。
自分たちとは異なる紅い瞳。その事実だけから、根拠のない迷信が生まれ、恐怖や嫌悪、そして差別の対象にされてきたに違いない。そして、私がこの蔵に放り込まれた理由も、きっと本質的には同じなのだろう。
もちろん、瞳の色以外にも、私には異質な点が山ほどある。言葉が通じないこと、出自が不明なこと、文化も常識も共有していないこと。だが、最初に突きつけられた烙印は、やはり「違う目」だったはずだ。
アフリカの一部地域で、アルビノとして生まれた子供たちが差別の対象になってきたという話を、以前どこかで聞いたことがある。薬の材料になるという迷信のせいで、四肢を奪われることすらあったという。
生まれ持った特徴や障害が、恐怖や無知と結びつき、差別や迫害の理由になる。それは、どの世界でも、どの時代でも変わらないのだろう。とはいえ、ここまで直接的で、ここまで露骨で、そして残酷な形の差別を、現代日本で目の当たりにすることはなかった。こうして実例を突きつけられると、言い知れぬ嫌悪感が、胃の奥からじわじわとせり上がってくる。
私は無性に、この少年とコミュニケーションを取ってみたくなった。
理由ははっきりしない。ただ、放っておけなかった。
しかし、どうすればいいのかが分からない。彼の言語を話せないのはもちろんだが、それ以上に、私は子供との接し方そのものを知らなかった。
いや、正確には――初対面の他人との対話自体が、昔から苦手だった。
どうしようもなくなって、私は少年の様子をそっと伺う。少年は蔵の隅で体育座りをし、体をこちらに向けないようにしている。視線も、意識的に合わせないようにしているようだった。拒絶というよりは、諦めに近い態度だった。
「あいつだったら、上手くできたんだろうな……。」
自分の無力さを噛みしめながら、私は小さく呟いた。
――私が植物に興味を持ち始めたのは、小学三年生の頃だった。
小学校に入学してから、私は同級生たちにどうしても馴染めずにいた。当時の私の目には、彼らがひどく幼稚に映っていた。無知で、下品で、粗野で、怠惰で、うるさい。勉強もせずに面白がっている話題が理解できなかったし、そもそも理解しようともしなかった。
私は彼らを、交流するに値しない存在だと決めつけ、見下していた。休み時間も一人で本を読み、誰とも言葉を交わさなかった。
八歳の誕生日に父からもらった植物図鑑を読むのが、何より好きだった。
植物は静かだ。騒がず、押し付けず、ただそこに在る。そして光合成によって、自分でエネルギーを生み出している。その姿が、まるで誰にも頼らず生きているように見えて、たまらなく好きだった。
小学三年生の五月、ある日の下校途中。私は植物図鑑を片手に、道端の植物を観察していた。
アヤメの花が咲いていた。紫色の、上品で凛とした花。その優雅な立ち姿に、私はすっかり釘付けになっていた。
突然、後方から小石が飛んできて、そのアヤメの花を無残に潰した。
「や~い!雑草博士!」
振り返ると、同じクラスの同級生が何人かいて、笑いながらそのまま走り去っていった。
「雑草という名の草はない……。」
私は力なく、独り言のように呟いた。
「何で怒らねぇの?」
いつの間にか富永祐が隣に立っていた。
「うわぁ!!」
驚いて、私は思わず尻もちをついた。
富永祐とは同じクラスではあったが、まともに話したことすらなかった。というより、彼は私が最も苦手とするタイプの人間だった。授業中は必ず居眠りしているのに、休み時間になると誰よりも早くグラウンドへ飛び出す。常に人に囲まれ、大きな声で、くだらない娯楽の話をしている。
「お前、植物好きなんだろ?」
富永が再び問いかけてくる。
「怒ったって仕方がないだろ。どうせ理解してもらえない……。」
拒絶の意図を語気に込めて、私は答えた。
「ふ~ん。」
富永はそれだけ言い残し、興味を失ったように去っていった。
翌日、教室に入ると、昨日小石を投げてきた連中が謝ってきた。私にとって植物が大切な存在だと知らなかったことを、素直に詫びてきたのだ。彼らの後ろで、富永がニヤニヤとこちらを見ているのに気づいた。
ムカつく奴だと思った。いつも遅刻ギリギリで来るくせに、その日に限って早く来ていることにも、腹が立った。
結局のところ、私も彼らを理解しようとしていなかったのだと、富永に気づかされた。他者を「愚かだ」と決めつけ、理解しようとしない自分自身の「愚かさ」に、初めて向き合わされた。
それから富永は何かと私に絡んできて、この星に来るまで、腐れ縁が続いていた。
――
富永だったら、言葉が通じなくても、この少年と打ち解けられるはずだ。私には富永のようにはできない。だが、それでも――。
理由はもう覚えていないが、四、五歳の頃、部屋の隅でいじけていた私を、母が慰めてくれたことがあった。手遊びで作ったカエルの顔を、パクパクと動かしながら。少年にやるには、さすがに子供っぽすぎる気もするが……他に思いつかなかった。
私は少年の方へ体を向け、指を組んでカエルの顔を作る。口をパクパクさせながら、カエルの鳴き真似をした。
「ゲロゲロ! ゲロゲーロ!」
無理をして、底抜けに明るい声を出す。
少年は一瞬きょとんとした後、少し遠慮がちに――それでも確かに――微笑んでくれた。




