-第五十五話:再光冠化の儀-
──風が止み、時が澄んだ。
真上に輝く二つ太陽が、黒く焦げた死花平原を黄金色に染める中、俺たちは儀式の中心に立っていた。かつて、花が咲き誇ったと言われる“光冠核”の地。今はただ、瘴気の跡と静寂が支配する土地。
「Aloita rituaali.」―再光冠化の儀を開始します。
クッカの声が、かすかに震えていた。だが、それでも確かに、空へと届く強さを持っていた。
広場の周囲には、猫人族の若者たちが数十人、魔力の流れを整えるための“舞環”に配置されている。その中央、俺とクッカ、シェル、ラウウル、ヘレス、ザリクが立ち、核を覆う黒土の中心に視線を注ぐ。
「《大開花期》のこの夜に、“太陽の冠花”を再生させる。」
俺は大地に膝をつき、光冠核に触れた。
触媒となるMa₆Gic₁₂(マナ糖)の結晶体を、光冠核の上に慎重に配置する。結晶は微かに脈動を始め、根へと何かを伝えようとしている。
「蒼さん、始めて。」
クッカが頷き、舞の初動に入る。その足取りは、すでに“祈り”を超えていた。正確で、流れるようで、そして──美しかった。
俺はすぐに水魔法で舞の軌跡を可視化し、魔素の動きと共鳴する周囲の反応を読み取る。
「ラウウル、魔素濃度の変化を観察しながら、風導笛で魔素を光冠核に導いてくれ!」
「了解!」
ラウウルの綺麗な笛の音と共に周囲に優しい風が吹く。
「うん、今、もう空間密度が……すごい!魔力が、溢れかえりそう!」
魔素が舞と共に旋回し、風となって渦を描く。祝詞の旋律がクッカの唇から放たれた瞬間、地面が音もなく震えた。
「きた……!」
地の奥から、かすかな光が漏れた。大地を貫くように、一本の若芽が、土を割って現れる。
だが──それだけでは終わらなかった。
「芽吹きの反応が……。これは……!」
「核全体が応答している……!太陽の冠花、完全復活への動きだ!」
俺は水魔法の目的を光冠核に水を与えるように切り替え、《魔力合成》を促進させる。
舞環の外周から内側へ、舞と詠唱の波が折り重なり、魔素が臨界に達する寸前まで高まっていく。
「クッカ、祝詞の第二節へ!」
「はい……!」
再びクッカの声が高く響き渡る。彼女の周囲に、かつての冠花の花弁の残滓が浮かび上がり、それが周囲の舞い手たちの舞と融合していく。
──そのとき。
ドウゥン……!
地の底から、低く深い共鳴音が広がった。
全員が息を飲んだ。
まるで、大地そのものが、呼吸を取り戻したかのような──生命の鼓動。
そして──
ブワァアアアア……ッ!
地面が割れ、光が溢れ出す。
花だった。
巨大な橙色の花弁が、大地から一斉に咲き誇る。瘴気の跡は消え、浄化の風が平原を洗い流す。
「これが……太陽の冠花……!」
ラウウルの声は、涙で滲んでいた。
「完全再光冠化、成功──!」
俺の言葉と同時に、空が裂けた。
いや──雲が開け、二つの太陽の光が降るように冠花に注がれた。
その光が、咲き誇る冠花を照らし、まるで太陽が祝福を贈っているかのようだった。
「……Kiitos kaikille.」−ありがとう、みんな。
クッカが静かに両手を合わせた。
「Tämä kukka on toivon kukka, joka on kukoistanut tulevaisuutta varten, ylittäen kadonneen ajan.」−この花は、失われた時を越えて、未来へ咲いた希望です。
冠花が、地中に根を張り、光を放ち続ける。それは儀式でも再現でもない──“生命”そのものの復活だった。
太陽の冠花は、完全に蘇った。




