-第五十四話:再光冠化の兆し-
翌朝。空にかかる雲の切れ間から、細く差し込む陽が大地を斜めに撫でていた。
俺たちは、死花平原の中心、太陽の冠花の根元に広がる儀式場跡地に立っていた。かつて巫女たちが舞い、花が咲き誇ったという場所。だが今は、瘴気に焼かれ、土すら黒ずんでいる。
「……ここが、“祝花舞”が奉納されていた場所だと記録されています。」
クッカが言い、手にしていた巻物を開く。古びた筆跡の中に、舞の構えや立ち位置が描かれていた。
「これは……魔力を効率よく消費する構成だ。舞そのものが、魔素生成器として機能していたんだな。」
俺はしゃがみ込み、足元の地面に魔法分子構造の想定図を描いた。MaCO₂とGic₂の生成反応を高めるには、舞の振動と熱量をどのタイミングで集中させるかが鍵になる。
「まるで……歌うように動くんだな。」
そう呟いたのはシェルだった。彼もまた、舞に参加する意志を示していた。身体強化魔法を舞に組み込むには、シェルの経験が欠かせない。
「ただ……私には、“祝詞”が読めません。母から聞いた旋律も、途切れ途切れで……」
クッカが巻物を胸元で抱えたまま、瞳を伏せる。
「……母は、私が巫女として舞うことを望んではいませんでした。瘴気に呑まれた巫女たちの記憶が、あまりにも深く、重かったから。」
彼女の声に、俺は返す言葉を一瞬ためらった。だが、すぐに口を開く。
「クッカ。君が“信仰”に迷うなら、俺が“理”で補う。舞の足運びも、声の抑揚も、構造的に解き明かして、再現可能なものに落とし込めるかもしれない。だから一緒に考えよう。」
その言葉に、クッカの瞳がわずかに揺れた。
「……はい。でも、どうか……儀式を“作業”にはしないでください。これは、私たちの“記憶”でもあるから。」
俺は頷いた。それが、科学者としての俺と、巫女としての彼女の境界線──だが、交わることを拒む壁ではない。
「まずは舞の構造を分解しよう。モーションを水魔法で視覚化して、魔力分布の変化を可視化できる。」
俺はクッカの持っていた巻物の動きを水魔法で表現して彼女に見せた。
「……では、始めます。」
クッカが静かに立ち上がると、白毛が風に揺れた。小さく、慎ましい一歩。その足取りに応じて、俺は水魔法で宙に舞の軌跡が浮かび上がらせる。魔素の粒が渦を巻き、やがてゆっくりと、地を這うように根へと導かれていく。
「すごい……この動き、魔素がたくさん生まれて地中に吸い込まれていくよ。魔力合成が……始まっている。」
側で見ていたラウウルが興奮気味に言う。
魔素が、ほんのわずかに揺れ動く。たった一人の舞でも、確かに作用が生まれている。
「これが……“祝花舞”。でも、まだ足りない。数も、熱量も、流れも。」
ザリクが頷き、背後で控えていた若い猫人族たちに合図を送る。数十人の若者たちが、戸惑いながらも前へ出てきた。
「古き舞を完全に知らぬ者ばかりですが、志はあります。共に練習させてやってはもらえませんか、クッカ様。」
クッカは短く息を吸い、そして──ゆっくりと頷いた。
「……はい。皆で、思い出しましょう。“花”が咲いていたあの頃の空気を」
風が吹いた。黒い地表をなぞるように、淡く揺れる小さな魔素の光。かつて絶えた命の痕に、微かな再生の兆しが宿り始めていた。




