-第五十三話:花冠の末裔-
地平線を昇る陽が、平原を黄金に染めていた。
太陽の冠花が眠る地を見つめながら、俺は一冊の手帳に何度も線を引いては消していた。分子構造、魔力の流れ、そして過去の観察記録。「母なる巨木」を再生させたように「太陽の冠花」を復活させる術を探していた。
「お待たせしました、蒼殿。紹介したい方がおりましてな。」
ザリクが重い足音を立てて現れた。その背後、猫人族の少女がひとり、怯えるように姿を現す。白毛にオレンジ色の瞳をして草花の冠を被ったその少女は、周囲の空気とは異なる静謐をまとっていた。
「この子が……?」シェルが尋ねる。
「ああ。名はクッカ。最後の《花冠の守人》の血を引く者だ。」
その言葉に、俺は手を止めた。守人──鼠群との戦いで命を落とした巫女たち。記録では、最後の守人は瘴気に呑まれ姿を消したとあった。
クッカは一歩、俺の前に進み出た。
「……花は、まだ生きている。私はそう信じてここに来ました。」
その声には、震えも混じっていたが、確かな意志があった。
「よければ、聞かせてくれないか。太陽の冠花を、どうすればもう一度咲かせられるのか。」
俺の問いに、クッカは静かに頷いた。
「《再光冠化》。それが、古くから伝わる再生の儀です」
彼女が語る言葉は、断片的ではあったが核心を突いていた。まず、地中の核──光冠核に、魔力を注ぎ、再び命を灯すこと。次に、猫人族たちによる魔力の舞をもって、大気中に魔素を充満させる。そして最後に、《大開花期》を迎えた日、巫女が祝詞を奏上し、神への舞を奉納すること。
「理に適っている……。“母なる巨木”を再生させた時と同じような工程だ。植物生理学と魔力動態を融合すれば、説明できるかもしれない。」
俺は頷き、持っていた手帳に数式を書き足した。
「核の再点火には、純度の高いマナ糖(Ma₆Gic₁₂)が要る。幸い、“母なる巨木”の樹液から採取しいていたものが少量手元にある。でも……」
「舞によって魔素を生成するっていうのは……理屈よりも信仰に近い。再現できるのか?…そうか、シェルのやったように身体強化魔法を使いながら舞を踊ることで魔素を生成するのか。」
その呟きに、ザリクが重く口を開く。
「我ら猫人族は、かつて舞をもってこの地を守リマした。ですが……今の若者たちに、古き舞を再現できる者はほとんどおりません。」
クッカがそっと懐から布に包まれた何かを取り出す。干からびた黒い花弁──かつての太陽の冠花の欠片だった。
「これに、私たちの声を重ねれば……きっと思い出す。花も、私たちも。だからお願い。あなたの知識で、私の信仰を導いてほしい。」
俺はしばらく黙り込んだ。そして、ゆっくりと微笑む。
「なら、俺の知識も、魔法も、ぜんぶ使う。太陽の冠花を──もう一度、この地に咲かせよう」
その瞬間、風が吹いた。かすかに、枯れた大地の底から、命の気配がふたたび揺れたような気がした。




