-第五十一話: 光冠核と帰還-
地底の巣穴の奥深く、俺たちはついにそれを見つけた。
「……これは…、“太陽の冠花”……?」
ラウウルが思わず息を呑む。暗く崩れかけた洞窟の中心に、「太陽の冠花」の核らしきものが静かに横たわっていた。花の根底にあるべきそれは、今や褐色に干からび、周囲の岩壁すらも黒く煤けている。
地上に咲き誇った冠花の、最後の名残──その中心であったもの。今はただ、瘴気に侵され抜け殻のように力を失っていた。
「まるで、焼けた種子みたいだな……。」
ヘレスがそっと囁くように言った。鱗の指先が慎重に触れたその瞬間、微かに魔力の残滓が脈打つように感じられたが、それもすぐに消えた。
「完全に枯れてはいない……けど、再生は難しそうだな。」
ラウウルに核の魔力を見てもらう。
「かすかに光っているけど…、普通の植物の光よりだいぶ弱いよ。」
「やっぱり、……鼠群に中枢が破壊されたせいで、循環機能も断たれているんだ……。」
俺は視線を巡らせた。洞窟の壁に沿って、無数の小さな穴が空いている。あれが、鼠群が通った跡だろう。集団で根茎部に食らいついたのだ。
「ここに長居するのは危険だな。瘴気が微かに残っている。」
ヘレスが鋭く空気の流れを嗅ぎ取って言った。彼女の竜族の感覚は俺たちよりもずっと敏感だ。
「……サンプルだけ採って、戻ろう。ここには、何か残された痕跡がある。後で改めて解析しよう。」
俺は光冠核からかろうじて剥がれ落ちずに残っていた、変質した花弁の繊維片をいくつか採取した。もしかしたら、この変質した細胞構造の中に、再生への鍵があるかもしれない。
「……帰ろう、カウパへ。」
俺たちは重い空気を背に、地上への道を引き返した。
***
カウパに戻るまでの空の旅路、俺たちはほとんど口を開かなかった。
地上に昇る太陽は二つとも穏やかだったが、俺たちの心の中には陰った光冠核の残影が居座り続けていた。
──もしも、あれが再生できなかったら。
──この星の魔力循環は、本当に元に戻せるのだろうか。
カウパに戻ってから、俺たちはまずシェル=ナウに現地調査の報告を伝えた。彼は深くうなずき、商会の奥に案内してくれた。
再び向かったのはザリク商会の応接室。静かに香が焚かれた部屋で、老猫の商会長が俺たちを迎える。
「……これが、かつての光冠核の一部だ。」
俺は丁寧に包んでいた繊維と土壌のサンプルを机の上に広げた。ザリクは慎重にそれを観察し、しばし沈黙したあとに静かに言葉を発した。
「……本当に、これが“太陽の花冠”の核であったものですか……。」
「俺たちは、再生の可能性を探るつもりだ。“母なる巨木”のときのように。」
俺の言葉に、ザリクは小さくうなずいた。
「ならば、協力を惜しみません。……」
彼の視線が鋭くなった。
「……冠花の再生。それは私たち猫人族にとって、かつての祈りそのものです。」
「“再生者”の皆さん。どうかよろしくお願いいたします。」
カウパの民の意志が、俺たちの旅に新たな力を与える。
「太陽の花は、再び咲かせてみせる。」
俺はそう、静かに誓った。
その翌日。シェル=ナウが死黒病を発症した。




