-第五話:緊張と連行-
弓矢を構えた十人ほどの集団が、川の岸辺からこちらの様子をじっと窺っている。誰一人として無駄な動きを見せず、矢先は明確にこちらへ向けられていた。これはどう見ても歓迎の態度ではない。明らかに警戒されている。
どうやら、この場所では見知らぬ人間との遭遇が日常的にあるわけではないのだろう。あるいは――いや、可能性としてはこちらの方が高い気もする――全裸で川に浸かっている私が、単純に不審者として扱われているのかもしれない。水浴びの最中だった、という言い訳は通じないだろうか。
「Mai neʻe! No wai ʻoe ka ʻohana?」
耳に届いた言葉は、やはり意味を成さない音の連なりでしかなかった。歌のような抑揚があることから、彼らが発する声がただの怒号ではないことは分かるが、それ以上は何も理解できない。地球でさえ、無数の言語が入り乱れているのだ。ましてや異なる惑星で、日本語や英語が通じると期待する方がよほど不自然で、ある意味では恐ろしい発想かもしれない。これは、コミュニケーションを取るだけでも相当な困難が予想される。
取り敢えず、私はゆっくりと両手を上げた。指先まで意識して力を抜き、武器も敵意も持っていないという意思を示す。これで伝わるかは分からないが、何もしないよりは遥かにましだろう。
「Mai neʻe!! No wai ʻoe ka ʻohana??」
先ほどよりも明らかに語気が強まった。声に含まれる緊張と苛立ちが、こちらにも伝わってくる。すみません、本当に何を言っているのか分からないんです――そう心の中で謝りながら、この場で日本語や英語を口にするのは、やはり愚策だと判断した。余計な混乱や誤解を招くだけだろう。ここは「話せない存在」で通すしかない。
そのまま何も言わず、身動きせずにいると、彼らは弓を構えたまま慎重に川へと足を踏み入れた。水をかき分けながら距離を詰め、やがて円を描くように私を取り囲む。逃げ道は完全に塞がれた。次の瞬間、背後から腕を取られ、私は後ろ手に縄で拘束された。思った以上に手際が良く、抵抗する隙はまるでなかった。そのまま半ば押されるようにして、どこかへ連れて行かれ始める。
流石に、このまま殺されたりはしないよな?
そう自分に言い聞かせながらも、内心ではめちゃくちゃ焦っていた。心臓の鼓動が早まり、喉がひりつく。道中、できるだけ無害そうな笑顔を作って彼らに向けてみたが、その反応は予想外だった。彼らは互いに何か言葉を交わした後、一斉に声を上げて笑い出したのだ。悪意のない笑いなのかもしれないが、少なくとも私には、何かを嘲笑われているように感じられた。
近くで顔を見て、ようやく彼らの容姿をはっきりと観察する余裕が生まれた。地球の常識に照らし合わせるなら、彼らは全員が男性に見える。肌の色は白いが、顔立ちはどこか歴史の教科書で見た縄文人を思わせる、彫りの深いアジア系の顔つきだ。
髪は長く伸ばされ、頭の上で団子状にまとめられている。服装や装飾を除けば、見た目の大枠では私と大きな違いはないだろう。
だが、ひとつだけ決定的に異なる点があった。
――瞳の色だ。
彼らの瞳は、墨を流し込んだかのような、完全な黒色をしていた。
この星の夜の時間はわずか六時間程度で、昼間の光量も非常に強い。そう考えれば、強い日差しから眼を守るために瞳が黒いこと自体は不自然ではない。
しかし、そうであるならば、メラニン色素を生成できる生理機構は確実に存在するはずだ。だとすると、紫外線の影響をもろに受けそうな、この白い肌や体毛の説明がつかない。進化的にも、生理学的にも、どうにも腑に落ちない。
そんな取り留めのない考察を巡らせる私をよそに、彼らは相変わらず上機嫌そうに歌を口ずさんでいた。その歌声は、拘束された私を連行する光景と不釣り合いなほど、どこか陽気で軽やかだった。




