-第四十七話:巣-
俺たちは感染が確認された村のひとつ──カウパ東方の小村「イタン」に向かうことになった。被害がまだ局所的にとどまっているうちに、発生源を見つけなければならない。
村は街道沿いにある、川辺の静かな集落だった。しかし空気は重く、子どもの声一つ聞こえない。窓も扉も閉ざされ、どの家も沈黙していた。俺たちは念の為濡れた布で鼻と口を覆った。
「……ここがイタン村か」ラウウルが呟く。
「案内してくれる者は?」とヘレスが問うと、シェル=ナウが頷いた。
「村の祠守──エンニという老女が残っている。彼女が、感染者の最初の発見者でもある。」
祠の裏手にある小屋に案内されると、干し薬草の匂いが鼻をついた。中には細身の猫人族の老女が、祈るように両手を組んで座っていた。
「……再生者さま方。ようこそおいでくださいました。イタンは……もう、神の加護を失いました。」
エンニは猫人語しか喋れないので、シェル=ナウが通訳してくれた。エンニの語るには、最初の感染者は井戸のそばで倒れていた。皮膚が黒く変色し、口からは黒い粘液を吐いていたという。しばらくして村の家畜小屋の下で、異様な鼠の死骸が見つかった。全身が膨れ、目と鼻から黒い液を垂らしていた。
「……それが死んだ鼠の死体だと、どうしてわかったのですか?」
俺が問うと、エンニは祠の奥から布に包まれた小さな籠を取り出してきた。
「これが、数日前に私が焼き損ねた死骸の一つです」
俺は手袋をはめ、布をめくった。
──そこには、鼠とは思えない膨張した肉塊が、黒い結晶状の斑点を浮かべながら横たわっていた。皮膚の一部には、明らかに魔力の痕跡と思われる紋様が浮かび、わずかに燐光を放っている。
「……これはもう、“獣”じゃない。魔力で変質している。」ヘレスが険しい顔で言った。
「しかも……地下から来ている。」俺は鼠の爪に残った泥を見つめながらつぶやいた。
「この泥、地表のものじゃない。腐植質が多すぎる。おそらく……地下に広がる何らかの“巣”から来ている。」
「鼠の巣……? それってまさか……」ラウウルが嫌な予感を含んだ声で呟く。
俺たちは村の外れにある、崩れた納屋の下に導かれた。地面にぽっかりと穴が空いていた。獣道のような臭い。そして、かすかに漂う腐敗と瘴気の混ざった風。
「ここから、何度も鼠が出入りしていたと……」シェル=ナウが警戒を強めながら言う。
俺は火魔法で小さな火を手のひらに浮かべ、その穴にかざした。
──その奥には、無数の黒く光る眼が、こちらを見上げていた。
「……これはもう、“自然”じゃないな」
魔力に侵された鼠たちの巣。瘴気の根源。そして……おそらく、枯れた“太陽の冠花”の根系に繋がっている地下網。
俺たちは、視線を交わし、一つ頷いた。
「この巣を調べる。何が起きているのか確かめて、止める方法を見つけるために。」
俺たちは地の底から這い上がる異変の気配に包まれていた。




