-第四十三話: 遺されたものたち-
次に俺が目を覚ましたのは、木の香りに満ちた、静かな空間だった。
外の喧騒も、霧の揺らぎも、魔力の流れすら遠い。ここはきっと、あの神殿ではない。もっと深く、静謐な場所――。
「……蒼?」
聞き慣れた声に振り返ると、そこにはラウウルがいた。包帯のような布で巻かれた肩、青ざめた顔……でも、その瞳にはまだ、光が残っていた。
「ラウウル…良かった…、生きていたんだな……。」
声に出した瞬間、胸の奥が痛んだ。俺たちは生き延びた。だが――。
「……守れなかったね。あの集落も、みんなも……」
ラウウルは小さく、でもはっきりと呟いた。
俺は言葉が出なかった。ただ、うなずくことしかできなかった。
あの夜、ヴォルガの力は圧倒的だった。いくら共闘しても、俺たちはただ追い詰められていくだけだった。ジルが盾になり、時間を稼いでくれなければ――今ここにいることさえ、叶わなかった。
ヴォルガの怒りは竜人族がしてきた行為の当然の結果だった。彼らが報いを受けるのは時間の問題だっただろう。むしろ、遅すぎたぐらいだ。それでも――
「……俺がもっと、何かできていれば……」
自分の拳が震えているのが分かった。後悔と無力感が、喉の奥を締めつける。
「……同じことを、ジルも言うかもね」
静かに足音がした。声の主は――ヘレスだった。
黒い外套を脱ぎ、どこか幼さの残る顔に疲れが滲んでいる。けれど、その瞳は曇っていなかった。彼女は俺たちの前に来て、ゆっくりと腰を下ろす。
「ここは私の隠れ家。昔、……ジルと喧嘩したときに逃げ込んでいた場所。まさか、こうしてまた使う日が来るなんてね。」
冗談めかした口調だったが、その声にはかすかな震えがあった。
「……ジルが、盾になってくれた。俺たちを逃がすために、」
俺の声に、ヘレスは目を閉じた。
「……知っている。空から見て、全て分かったわ。」
沈黙が落ちる。誰も、言葉を継げない。
「ジル=エグニスは……私の、父親だ。」
その言葉が落ちた瞬間、俺とラウウルは息を呑んだ。
「……え?」
「血のつながりは、ある。でも……父と娘、って感じじゃなかった。あの人はずっと“守る者”としての責務に囚われていて、私はただ、そこから逃げたかっただけ。」
ヘレスは苦笑するように目を細める。
「でも、嫌いだったわけじゃない。分かり合えなかっただけ。最後まで、私は“ただの娘”じゃいられなかった。……それでも、」
彼女の目に涙が浮かぶ。
「……もう一度会って、言いたかった。“生きて”って。たとえ理解できなくても、一緒にいてほしかったって。」
静かだった隠れ家の空間に、彼女の涙が落ちる音が響いた。
「……ヘレスの父さんは、俺たちを救ってくれた。」
俺はようやく言えた。
「敵として現れて、憎しみにも近い思いを抱いた。でも……今、違う。あんたの父さんは、俺たちに希望を託してくれた」
ラウウルが、静かにヘレスの手を取った。
「僕たちも、必ず応えるよ。ジルさんが繋いだ未来に。」
ヘレスはうつむいたまま、ただ頷いた。
風が、隠れ家の小窓を抜ける。どこか懐かしい、森の匂いがした。死をもって繋がれた想いが、まだこの世界に残っている。
「……まだ終わってない。」
俺は立ち上がった。体中が痛んでも、動かなくちゃいけない。
「まだ……やるべきことがある。ジルが、みんなが守った未来を、無駄にしないために」
ラウウルも、ヘレスも、立ち上がる。
過去は戻らない。だがその上に、選べる未来があるのなら――
歩こう。誰かの“願い”の上に、俺たちの答えを刻むために。




