-第四話:知的生命体-
10分ほど必死で走った俺は疲れ切ってその場に大の字で寝転んだ。そしてそのまま空を見る。清々しいほどの青空だ。こうしてみると地球の空よりももっと青く見えるような気がする。気のせいだろうか…。太陽の位置からしてどうやら東の方に走ってきたようだ。
それにしても、さっきの光景は何だったんだ。恐竜のような生物がいること自体にはそれほど疑問はない。低重力で酸素濃度が高ければ爬虫類に近い生物が巨大化するのも自然と言えるだろう。問題はその生物が炎を吐いていたことだ。
炎、つまり燃焼とはあくまで化学反応だ。地球の物理常識からすれば、炎だけが突然現れるとは考えられない。仮にあの炎が化学反応によるのだとすると、そこら中にある酸素との化学反応だろうが燃料となっているのは何だろうか?地球ではミイデラゴミムシという虫が敵に襲われると高音のガスと液体を噴出し、それが一瞬炎を噴出しているように見えるという現象があったが、先ほどのそれとは全く違う。あの炎は確実に炎であったしそもそも一瞬ではなく10秒以上は噴出されていた。
「う〜ん、やっぱり地球にはなかった物理法則でもあるのかなぁ…。」
地面に寝転がりながらそんなことを考えていると、遠くで水の流れる音が聞こえることに気がついた。
「川か!?」
この星に来て以来そこら中にある果実を食べることで水分には困らなかったが、それでも川を探し求めていた。何故なら身体中が痒すぎるからだ。このクソ蒸し暑い環境の中で大量に汗をかいているにも関わらず、一度も水浴びができていなかった。日本で生活していた人間にはとても耐えられない苦行である。
俺は水浴びへの期待に胸を躍らせながら小走りで水の音のする方へ向かった。少し歩くと開けた場所に出た。そこには川が流れていた。幅は20mはありそうである。流れは日本の川よりは緩やかである。ただアマゾンのネグロ川のように茶色く染まっていて川底は見えない。川の中が見通せないのは不安ではあったが、それ以上に体中の汗を洗い流したかった俺は川へ飛び込んだ。水深は腰の高さほどまでであった。川の中で体をくねらせ、水に濡れた髪を掻き上げる。
「あぁ〜、気持ちいい!!」
ふと水面を見ると自分の顔が反射していることに気がついた。流れが緩やかなお陰で比較的くっきりと見ることができた。顔のつくりは前世の自分と大体同じであった。ただ、肌の色はやはり体と同じく真っ白で、眉毛とまつ毛、うっすら伸びた髭も真っ白だ。ひとつ驚いたのは目の色が青色であったことだ。メラニン色素を感じられない肌や毛の様子からして瞳の色も、アルビノの方のようにメラニンを持たない赤色なのではないかと予測していたからだ。
「瞳にはメラニンがあるのか…。」
そんなことを考えつつ力を抜き川に体を浮かせながら自然と川下の方を見た。そして驚いて立ち上がった。
「橋が架かっている!?」
呆然として立ち尽くしていると、アフリカの部族が狩に行くときに歌う民族歌謡のような歌が聞こえてきた。そして俺は出会った。雪みたいに白い肌と髪の毛をした、自分とほとんど同じ見た目の人らしき生物の集団に。彼らは簡素な作りながらも染色された半袖の服を身にまとい、その手には丈夫そうな弓を持ち、肩には矢の束の入った矢筒が掛かっている。その事実が彼らが知的生命体であることを如実に示していた。
彼らの黒い瞳がこちらを怪訝そうに見つめていた。