-第三十九話:星読みの揺らぎ-
夜明け前、まだ星の灯火が森を照らす時間帯。俺は違和感に目を覚ました。
光が――揺れていた。
周囲の森を緩やかに満たしていた青白い光。それは普段、一定のリズムで脈動していたはずだった。しかし今、まるで何かを見失ったように、灯火はふと弱まり、次いで過剰に明滅する。森が呼吸を乱しているかのようだった。
「ラウウル、起きろ。何かおかしい。」
俺の声に、寝ぼけた様子のラウウルが体を起こす。
「……光が、変だね。」
二人は集落の中心――中心核へ向かった。そこで待っていたのは、ジル=エグニスだった。
「“星読みの灯火”が乱れている。……森と星の“声”が、うまく届かなくなっているようだ。」
ジルは疲れた目で語った。
「こうして光が乱れるのは、二百年ぶりだ。」
沈黙が落ちる。
竜人族にとって、星読みの灯火とは“時間”であり“方角”であり、“存在の証”そのものだ。それが揺らぐというのは、彼らの生活基盤すら危うくなることを意味していた。
「原因の心当たりは……?」
俺の問いに、ジルは首を横に振る。
「それが分かれば苦労はない。だが、“魔力の流れ”が狂っているらしい。風が止まり、木々の葉が言葉を失った。」
そのとき、ラウウルがぽつりと言った。
「星の灯火って……魔力の反応でしょ? だったら、何かが“遮っている”んじゃないかな。」
ヴァース・ノガ=カリユの位置は、濃い魔力によって形成される魔力の霧によって隠されている。それが何らかの形で過剰に発生し、灯火の光を妨げているのかもしれない。
俺とラウウルは、竜人たちの許可を得て、集落の外縁部――霧がもっとも濃く漂う境界へと向かった。
道中、俺たちは異変の兆候をいくつも目にした。
花の咲くはずの蔓が枯れ、普段なら聞こえる動物の気配が消えていた。魔力の流れに影響を受ける植物たちの成長が鈍り、まるで森が“息を止めている”ようだった。
俺は地面に膝をつき、周囲の植物に触れる。周囲の魔力を注ぎ込むようにして、反応を探る。
「やっぱり。地中の“鉄分”が偏っている。……灰鉄を生成する過程で、地中の一部の鉄分を使いすぎたんだ。」
竜人族は自然から“借りる”技術を持つが、何らかの形でバランスが崩れたのだ。巣殻を増やしすぎたのだろう。
「ラウウル。鉄の周りって他の所より魔力が集まったりする?」俺はある仮説を確かめるためにラウウルに尋ねた。
「うん。鉄の周りは光が強いよ。」
やはり、どういう理屈かは分からないが鉄は魔力を周囲に集める性質を持つようだ。
「たぶん、魔力の流れが鉄の偏在によって歪んでいる。それで霧の濃度が乱れて、星読みの灯火が遮られているんだ。」
ラウウルが地面に手を当て、優しく言った。
「蒼。直すには?」
「鉄分の偏在を正すのが一番良い。だけど、いきなり巣殻を崩す訳にもいかない。……代わりに、魔力の流れを導く“枝”をつくる。」
俺たちは、ラウウルの目で視てもらいながら周辺の植物の中から魔力の伝導率が高い“導木”を選び出し、集落を囲うようにして再配置する作業を始めた。霧の分布を調整する簡易な魔力導管のような仕組みだった。
竜人たちが驚きながら見守る中、ラウウルは楽しげに笑った。
「森の声が聞こえなくても、視て調べれば“どこが痛いか”はわかるよ。」
夜明け間際。再び森に灯が灯る。
今度は、乱れず、脈打つように――まるで、集落全体が深呼吸を取り戻したかのように。
「……戻った。」
ジルがそう呟いたとき、中心核に集まった竜人たちの目が、静かに俺とラウウルを見つめた。
「お前たちの名は、星々に記された。」
それが彼らなりの“感謝”だった。
俺は答えるように、先ほどジルから受け取った木片を胸元に収めた。
『共に在りて、道を刻め。』
――ならば俺たちは、まだ見ぬ道を、共に探せるのだろうか。




